第51話 友との約束
1
「ここは、どこや?」
盛遠は目を覚ました。
目を覚まして最初に見えたのは、摂津にある家や京都にあてがわれた住まいとは違う天井。そして、壁や蔀戸の代わりにはめられていた格子だった。
「あ、牢屋か」
盛遠は全てを悟った。
天井を見つめていると、静かな牢屋の向こう側から足音が聞こえてきた。
足音は次第に大きくなっていく。
戸を開ける音がした。
足音の主は、主君頼政と警護の武者たちだった。
牢の中にいる盛遠に頼政は、優し気な口調で、
「目を覚ましたようだね。盛遠君」
と語りかけた。
「棟梁」
「さあ、話をしましょう」
頼政は護衛に牢の閂を開けるよう命じた。
牢から出された盛遠は、頼政と護衛数人に連れられ、取り調べをするための部屋へと連れて行かれた。
2
「どうして、そのようなことをしたのですか?」
頼政は手足を縄で縛られ、身動きが取れなくなった盛遠に聞いた。
盛遠は小さな声で、
「悔しかったから」
と答えた。
「どうして悔しかったのか?」
そう聞かれるだろうと盛遠は身構えていた。が、意外にもうらやましそうな口調で、
「若いって、いいですね」
と答えて、続ける。
「ここまで長生きしてしまうと、感性や感情が鈍ってきて、何事もつまらなく、味気ないものに感じてしまうから、とてもうらやましく感じます」
「ははぁ……」
頼政は先ほどのフランクな感じから一転、真剣な目つきになって、
「けれども、盛遠君、君がやったことは、武者としてとても恥ずべきことです。帰ってよく反省するように」
と言った。そのときの頼政の声色は、いつもの穏やかな感じとは違っていた。
「はい……」
しゅん、とした感じで盛遠は答えた。
その後盛遠は、謹慎のため摂津渡辺の里にある実家へと戻された。
「何もわかんくせに」
牢から釈放され、摂津の渡辺の里にある家に帰ったあと、盛遠は悪態をついた。
澄ました顔で、そう言われても、ムカつく。長生きしているから
それに、袈裟と自分との関係は、今日昨日の関係ではない。十数年も一緒にいた仲間の一人であり、そして自分にとっては大事な人であるのだ。だから、おいそれと諦めるわけにはいかないし、思いは
「お前のことは、ワイが絶対守ったる。泣くな」
子どものころ、泣いている袈裟を慰めるときにこんなことを言ったことがあった。当時は子どもだったから、軽い気持ちで言ったのだろう。けれども、袈裟に対する思いも少しはあったことは間違いない。
だから、弱虫の渡が袈裟をもらうことが、どうしても納得できなかったのだ。
「絶対にワイが守る。そうあの時言うたんや」
盛遠は立ち上がった。そして筆を持って、墨をすり、白い紙に文を書いた。
渡へ
袈裟はワイがもらい受ける。決闘や。場所は、賀茂川の河原。待ってるで。もし来なかったら、こちから向かう。約束や。
文にはこう書いた。宛て名を書いた包み紙には、謝罪の手紙と書いてある。正々堂々と決闘状などと書いたら、どんなことになるかわからないから。
手紙の墨が乾いたあと、下人にそれを渡し、京都にいる渡に渡すように命じた。
3
「あのバカ!」
盛遠から届いた決闘状を読んだ渡は、即座に破いた。
一度決めたら絶対に止まらない盛遠。放っておいたら、何をしでかすかわからない。
「渡、ただいま」
宮仕えから、袈裟が帰ってきた。勤めが無い日はいつも
「どうしたの?」
渡は刀を持って、
「盛遠を殺さなきゃいけなくなる」
と立ち上がった。
「ダメ!」
強い語気で、袈裟は止めた。
「袈裟。お前もあのバカの性格を知ってるだろう? あのままだと、あいつは、お前を奪いに来る」
「盛遠と殺し合うなんて嫌だよ」
渡はしばらく黙り込んだあと、
「そうか」
と言って、淡々とした声で続ける。
「でも、僕はあのときの弱虫のままではないんだ。体も大きくなったし、心も強くなった。君を守る強さはもう、既に兼ね備えている。それに、僕は和歌や漢詩も詠めるし、琴や琵琶、笛の演奏だってできるんだ。だが、あいつはどうだ? 頭も悪いし、」
「もうあのときとは違うんだ。」
「どうしても、行く?」
袈裟の問いに渡は、ああ、とうなずく。
「なら、これだけは約束して。盛遠を殺さないって」
「どうだろうな。たとえ友と友といえども、敵対すれば殺し合うのが武士の運命」
「そんなの嫌」
袈裟は泣いた。
悲しそうな表情で渡は、号泣する袈裟の手を握り、
「それでいい。俺だって、本当のことを言えば、盛遠を殺すのは嫌さ。だけど、あいつは一度言い出したら聞かない。そんなあいつをなだめるのが、俺たちの役目だろ?」
と声をかけた。
「約束して。殺さない、って」
「ああ、約束する。袈裟、今日もお疲れ」
夜袈裟が眠ったのを見届けたあと、渡は、
「君は僕が絶対に守る」
と言い残し、密かに家を出た。
「ごめんな、袈裟」
独り言のようにつぶやき、一人闇夜の京の街を駆けていく。
あのとき守れなくて、仕返しできなかった。心の奥底では、一人で仕返しに行った盛遠の勇気をすごいと思った。仲綱という自分の親の主君の息子相手にも、忖度することなく物を言い、自らの拳で制裁を加えに行ったのだから。
でも、しなくてよかったとも思っている。あのときの悔しさがあったから、こうして武芸だけでなく学問にも打ち込み、一人でも袈裟を守れる強さと賢さを手に入れたのだから。
「待ってろよ、盛遠」
闇夜の中を一人、渡は駆けた。全ては愛する婚約者であり昔からの仲間を守るために。
3
「来たぞ。盛遠」
籠手と脛当てを両手両足につけ、太刀を佩いた渡は、消えかけの焚火の前で眠っていた盛遠を起こした。
不機嫌そうに目を開ける盛遠。腕を伸ばし、大きなあくびをし、
「おう、来たか。お前のことやさかい、来ない思てたんやがな」
とうれしそうな声で言った。
「お前のやることなんて、お見通しさ」
そう言って渡は微笑んだ。
盛遠は刀を抜き、構えた。
白刃は夜明け前の少し白んだ闇の中で白く、輝いている。
「ほな、約束通り、お前の命頂戴するで」
一の太刀に全てをかけ、渡に斬りかかった。
咄嗟に太刀を抜いた渡は、とてつもない力で振りかざしてきた盛遠の一撃を受ける。刀身ごと自分が斬られそうになったが、根性で何とか持ちこたえる。刀の柄を利用し、盛遠の喉元に押し当て、気絶させようと考えた。
思考を実行に移そうとした刹那、盛遠のかかと落としが手にさく裂した。
「くそっ」
渡は持っていた刀を落とした。
攻勢から防御に転じる渡。先ほどまで持っていた太刀をおさめた盛遠の繰り出す蹴りや拳を防御したり避けたりしながら、次の一手を考える。
次々と拳や蹴り技を繰り出す盛遠は、
「たとえ生涯のほとんどを共にしてきたお前であっても、あいつは譲れへん。守るって決めたんだからな」
と言った。
喉元を狙った蹴りを左手でうけ、渡は、
「その思いは俺だって同じさ」
と言って、右足で金的蹴りを喰らわせようとした。
金的を狙った蹴りが入ることを察した盛遠は、攻撃を横に避け、渡の喉元を狙って手刀を入れようとした。
だが、渡は持っていた太刀で喉元に伸びていた盛遠の手を斬った。
「うっ……」
痛みをこらえながら、盛遠は渡の方を睨みつけ、こう言い放った。
「あの日から約束してた。あいつを絶対に守るって」
淡々とした口調で渡は、
「そのために、お前は何をしてきた?」
と聞いて、かつての友だからというだけで温情をかけることなく、渡は容赦なく左の肩を狙って斬りかかった。
「……」
黙り込む盛遠。
「俺はあの日から袈裟を守るために、武芸も磨いた。それだけじゃない。何かあったときに直接手をだすことなく穏便に済ませられるように、みんなから認めてもらえるように、学問も磨いた。そして、心を慰められるようにと舞や笛、琵琶、琴の練習だってした。思いだけじゃ、人は守れない。それに見合った実力が無ければな」
「黙れ!」
盛遠は自由の効く右手で、渡の顔に正拳突きを喰らわせようとした。
渡は盛遠の拳打を横に避けたあと、すぐにその腕をつかみ、投げ飛ばした。
盛遠は受け身を取り、体にかかる衝撃を分散させる。河原ということもあり、手を打った時に土の地面で受けるそれよりも強い痛みを感じる。
痛がっている盛遠の右腕の関節を渡は外した。そして、
「貴様は理想だけを口にし、何も行動には移さない凡百の奴らと同じなんだよ」
と言い捨て、峰で首元を打った。
盛遠は気を失い、倒れた。
「ふぅ、これで、決着は着いたな」
吐息をついて、渡は血払いをして太刀を鞘におさめた。
家に帰ろうとしたときに、かすかな息切れが聞こえた。まだ、盛遠には意識があった。そうだ、盛遠の生命力は、ゴキブリ並みにしぶとかった。
立ち上がった盛遠は
「渡、管弦や学問とかはお前には叶わへん。けどな、ワイがなんもしてないように言うてるけどな、これでも毎日頑張ってきたんや」
盛遠は外れ腕を無理やりに戻し、手を突き出した。そして目を見開き、
「ワイのとっておきの力や。喰らえ!」
念力を放った。
河原の石が浮かび、渡めがけてものすごい早さで打ちかかてくる。
「何だ、これは!?」
突然の出来事に呆気にとられる渡。体に丸みを帯びた河原の石が物凄い早さで打ちかかってくる。




