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第50話 終末の足音


   1


 灯明のともった薄暗い賀茂斎院の開かずの間では、新しい斎院式子内親王と上西門院を中心に、天台座主、高野山 大阿闍梨だいあじゃりの式神、藤原俊成、源頼政の姿があった。陰陽頭安倍泰親の席は、空席である。

 天台座主、高野山大僧侶の式神はいずれも童水干を着た童形であった。垂髪にしている桜色の童水干の方が天台座主の、目刺髪にしている若草色の方が高野山大僧侶の方である。

「そうであったか」

 偽源氏軍が六波羅を襲撃したことについての報告を正清から聞いた天台座主の式神は、背格好とは不釣り合いなしわがれた老爺の声で言った。

 続いて向かい合っていた高野山の大阿闍梨の式神は、口を開いて言う。

「とうとう始まったな。400年続く混沌の時代が。全ては聖徳太子の『未来記』の予言の通りに進んでいるのう。赤き龍と白き龍の400年にも及ぶ争いはともかく、三種の神器の一つ剣璽の喪失、一つの天下に二人の主上みかどが立つことだけは、どんな手を使ってでも避けなければならぬ」

「はい」

 そう正清が言ったあと、天台座主の式神は、

「『未来記』の予言で思い出したが、正清、あの力はどこへやった? まさかだが、無くしましたなんてことはなかろうな?」

 と聞いてきた。

「そんなことはございません。ここに、しっかりとあります」

 正清は水干の懐から人形を取り出した。人形には、弥勒菩薩を表す梵字が頭部に書かれている。

「ならば良かった。だが、誰にこの力を与えるというのかね? 弥勒菩薩は、末法の世から100年経った後、源氏の中から現れると伊勢神宮の神託にはあったが?」

「それは……」

 誰にしたらいいかなんて、正直わからない。末法元年から100年後に生まれた今若や乙若にそんな運命を託したくない。そんなことをさせようものならば、義朝が黙っていない。

 黙り込んだ正清を見かねた頼政は手を上げ、

「源氏ならば、ここにもいます」

 と言った。

「ほう。そう言えばお前にも、末法以後に生まれた孫が何人かいたな。まあ、源氏と言っているだけで、何も頼信の系統だけとも限らないか。同じ清和源氏でも、頼政、お前の頼光の系統と没落している頼親の系統がいるからな。いや、むしろ義朝のような清和源氏の末よりも、総本家である君の孫の誰かから出る方が恰好がつくよ」

「ありがたきお言葉」

 頼政はそう言って深々と頭を下げた。所作とは裏腹に、目には強い怒りをたたえている。

 苦々しい表情で天台座主の式神は言う。

「いや、でも、清和源氏から出た系統にこだわる必要は無い。源氏にも嵯峨帝や宇多帝、村上帝から出た系統もたくさんあるではないか。それに最悪適格者が誰もいなかったならば、皇位継承順から遠い親王や王に源氏の姓を与え、その者を贄とするほかあるまい。とにかく、清和帝から出た系統の源氏には無縁の話だと思ってくれたまえ」

 

   2


 清和源氏の総本家である頼政の家でも、歴史を大きく動かすことになるであろう小さな事件が起きようとしていた。

 六波羅平家屋敷の一件が起きて三日が経った日の夕方、遠藤盛遠は同僚の渡辺渡に呼び出された。

 夕日は沈み、西の空にはまだ太陽の残りである夕焼けが、月の出ている藍色に染まった東の空に浸食されていく。

「約束通り来たで」

 直垂姿の盛遠は、待っていた渡のもとへとやってきた

「お疲れさん。じゃあ、話そうか。実は──」

 渡は一瞬嬉しそうな顔をしたが、それを修正するような申し訳のなさそうな表情に変え、

「今度、結婚することになったんだ」

 と言った。

「おお、めでたいことやな。で、相手は誰や?」

 幼馴染の喜ばしい出来事に盛遠は

 渡は黙った。

 額には脂汗が出ている。

 しばらく沈黙が続いたあと、渡は、強ばらせた口を少し開け、

「袈裟だよ」

 と答えた。

「なんだって!? もう一度言ってみろ」

「袈裟だ」

「そんな、バカな……」

 盛遠はショックを受けた。子どもの時から仲の良かった袈裟が、弱虫の渡ると結婚するなんて。

 頭の中が、真っ白になった。言葉が出ない。

 放心状態の盛遠に渡は、

「ごめんな。家の都合でそうすることになったんだ。3月の初めに式を上げることになったんだ。盛遠、お前も来てくれよ。袈裟も──」

 きっと喜んでくれると思う、そう言おうとしたときに、

「嫌や!」

 と盛遠は叫んだ。

「盛遠、お前が袈裟を、袈裟がお前を好きでいることは、俺もよく知っている。けれども、これは家の事情だから、仕方ないんだ。許してくれ」

「貴様、ワイはお前を許せん」

 盛遠は腰に帯びていた刀に手をかけた。

「落ち着けよ」

 自分を殺そうとする友人を必死でなだめようとする渡。

 だが、憤りで心がいっぱいになっている盛遠には、彼の訴えは届かない。太刀を大上段に構え、

「死ね!」

 と斬りかかった。

「怒るまでのことはないだろ。俺が袈裟を殺したわけじゃないんだしよ」

 盛遠の太刀筋を避けながら、渡はなだめ続ける。

「辞めろ、盛遠!」

 騒動をたまたま目撃した工藤茂光は、渡に斬りかる盛遠を羽交い絞めにした。

「離せ、茂光! ワイは今、渡を殺さないと気が済まんのや。な、頼む、頼朝見てないで、ワイを解放してくれ!!」

 茂光の強い腕力で羽交い絞めにされ、動けない盛遠。たまたま通りかかった頼朝に助けを求めた。

 だが、茂光は盛遠よりもさらに大きな声で、

「頼朝、早く力を使って眠らせてくれ」

 と叫んだ。

「わかった」

 頼朝は懐から種のようなものを取り出したあと、それを地面に撒いた。そして刀印を結び、呪を唱えた。

 種のようなものからは芽が生え、普通ではあり得ないほどのスピードで芽は子葉から双葉、そして蔓へと成長していく。

 成長した蔓は、暴れる盛遠の体へまとわりつき、締め付けていく。動きを封じた蔓は首元へと動いていき、強く盛遠の首を絞めつけた、

「クソ」

 そう言い残し、盛遠は気を失った。

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