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第48話 襲撃後


   1


 朝の光が、下人により開かれた蔀戸から入り込み、寝ている師仲と信頼の顔に直撃する。

「朝か」

 師仲はゆったりと起き上がった。

 信頼は気持ちよさそうな顔でゆったりと眠っている。

 着替えを終えて歯を磨いたあと、下女の悲鳴が聞こえた。

 何だろうと思った師仲は、悲鳴のした方向へと向かった。

 悲鳴のした方には、若い下女がひきつけを起こしていた。

 目の前には二匹の蛇がいる。

 師仲は下女の目の前にいる蛇をつかみ、狩衣の袖にそっと入れ、

「これで大丈夫だよ」

 と声をかけた。

「あ、ありがとうございます、師仲様」

「逃がしてくるから、次の仕事に行っておいで」

「ほ、本当に申し訳ございません」

 下女は走って詰所へと向かった。

「さてと、人払いはできたし、話を聞かせてもらおうか」

 師仲は懐から取り出した蛇に、平家邸襲撃が成功したかどうかを聞いた。

 右側のシマヘビは、

『平家邸の襲撃は失敗しました』

 と師仲に聞こえる声で答えた。

「ほう。で、時兼と常胤はどうなった?」

 左手に掴んでいる蛇は、二人とも義朝に引き渡されたと答えた。

「なるほど──」

 式神の報告を聞いた師仲は、

「ちっ、失敗したか」

 舌打ちをし、式神の蛇の首を強くつかみ、もとの人型の姿へと戻した。


   2


 検非違使の尋問の後、平家は軍備増強をはじめた。

 屋敷の修理をするついでに、築地や土塁の工事、知行している領地から兵士を徴発して警備に当てる人数を増員するといった有事の備えを進めていた。

 軍備増強と比例するように、平家方の中に源氏への不信感を持つ者たちがちらほらと現れはじめた。

 筆頭は、伊藤忠清と平教盛。

 桜が咲き始める2月下旬の初め。忠清と教盛は、胴丸に身を包み、それぞれ30人の軍勢を率いて補修工事中の六波羅の泉殿へとやってきた。屋敷の補修工事で材木や壁土、瓦などを運んだり、材料を加工したり組み立てたりしている人たちは、一斉に工事現場に不似合いな胴丸姿の集団を眺めている。

 指揮をしていた清盛のところへ、顔を真っ青にした家貞がやってきて、

「殿、大変です」

「どうした?」

「武装した忠清と教盛様が、60人を率いて陳情に来ております」

「なんだって!?」

 念のため、直垂の下に鎧を着、家貞や盛国ら護衛の近習数人を引き連れて、庭へとやってきた。

 庭には鎧を身にまとった男たちが、整然と並んでいた。

 その筆頭にいた教盛は、

「兄上、源氏への仕返しをなぜしないのです?」

 と聞いた。

 続いて隣にいた忠清は、源氏が攻めてきたのを口実にして、院に源義朝追討の院宣を出してもらい、源氏を滅ぼそうと提案してきた。

「どうか、お願いします」

 教盛と忠清は頭を下げた。

 過激派の陳情に清盛は、しばらく黙り込んだあと、

「源氏が平家がっていがみ合っても、いいことなんてないよ」

 と返した。

 ぽかんとした表情で、教盛は清盛の回答を聞いた。これが、武家の棟梁を夢見る男の言う言葉なのだろうか? 本気でなろうとするならば、源氏との戦いも覚悟の上でやらねばならない。

「兄上、貴方は武家の棟梁となる夢があるではないですか。その夢を達成するうえで、義朝との戦いもいずれはしなければいけません」

「ダメだ。世の中の平和を保つためにいる武士が、争いを作ってどうするんだ」

 毅然とした口調で、清盛は返した。

 教盛は大きなため息をついて立ち上がって言う。

「いいよ。お前がやらないなら、腑抜けの兄上に代わって俺たちがやる。行くぞ、忠清」

「おう」

 忠清は立ち上がり、引き連れてきたそれぞれ30人ずつ率いていた兵隊を率いて庭を出た。

「あいつら、殿のご真意もわからず好き勝手言いやがって」

 握りこぶしを作り、盛国はつぶやいた。

「殿、あいつらに処罰を」

 家貞は清盛に二人の処罰を求めた。

 清盛は低い声で、

「いや、いい。みんな、ちょっと一人にしてくれないか?」

 と答えた。

 そして早足で屋敷にある誰もいないと向かい、

「どうすりゃいいんだよ……」

 とつぶやいた。

 清盛の頬には透明で暖かいものが、一粒、また一粒とこぼれ落ちていった。


   3


 春の初めで少し暖かくなり始めているが、まだ冬の冷たさをわずかに残した六条堀川の源氏屋敷の薄暗い牢屋には、常胤と時兼の姿があった。

 元気をなくし、しゅんとした二人には脱獄を防ぐために手枷足枷がはめられ、動きを封じられている。

 檻の前に藍色の直垂を着た正清が護衛の武者数人と一緒にやってきた。右手には檻と手錠、足枷の鍵を持っている。

 牢屋の鍵を開けた正清は、中へ入り、二人を拘束していた足枷の鍵を開け、縄を短刀で切った。そして、

「お前たち、少し話を聞かせてくれないか?」

 と問いかけた。

「なぜ、六波羅の清盛邸を襲ったんだ? 誰に命じられた?」

 縄で縛られた時兼と常胤に、正清は聞いた。

 時兼は申し訳なさそうに、

「記憶にございません」

 と答えた。

「記憶にない、だと!?」

 時兼は困った表情で、

「覚えてないんだよ。本当によ」

 と言った。

「実を言うと僕もです」

「困ったなぁ……」

 これでは誰がやったか、見当がつかない。同時に正清は、正月に聞いた藤原鎌足・不比等の力が摂関家から紛失したことを思い出した。

 念のために二人の体に術がかけられていないか見てみたことがあった。そのとき二人の体からは、強い神通力で頭をいじられた痕跡があった。頭をいじるのは、ヒトの心に何かしらの影響を与える力の持ち主によるものと相場は決まっている。

 誰が犯人か考えてみる。おそらく、一番怪しいのが、義朝と清盛を使って、為義と忠正を殺した竹内宿禰だろう。相手の精神に繋がって操れるのなら、記憶を改竄することぐらい造作もないはずだ。そして、もう一人怪しい人物がいるとすれば、藤原鎌足・不比等の力を摂関家から奪い、継承した人物だろう。

「ならば、捕らえられるまでのことなら話せるか?」

「ああ、それなら覚えてる」

 時兼は語り始めた。

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