第46話 偽源氏軍の六波羅襲撃事件④─義朝到着─
1
「清盛、待ってろよ」
夜明けの空に笹竜胆の家紋を染めた白旗をはためかせ、義朝は軍勢を率いて、六波羅にある清盛の屋敷へと向かっていた。
途中、
「平頼盛とその母池禅尼を探せ!」
「ついでに時兼様を気絶させた唐人もどきもだ」
と大音声で言いながら人探しをする集団と出くわした。
この集団の一人で、薙刀を持った男に、誰から命令されたのか聞いた。
薙刀を持った男は、さも当然のように、
「それは義朝様ではありませんか? 昨日、平清盛とその郎党の屋敷を急襲する、と申し上げていたはずですが?」
と答えた。
(清盛を殺せ? そんなことは言っていない)
薙刀を持った男の回答に違和感を持った義朝は、
「違う。そんな命令は出していない」
と答えた。
昨日の自分は、集まりの時に帰省しようとしていた知家に言葉をかけたりしていた。あとは、日課の木刀の素振りと居合の練習をし、夕食を食べて寝た。決して自分の友を殺せなんて、命令していない。
出しもしていない命令に従い、行動している下人と思しき男の行動を見ているときに、
「おお、これは義朝様ではありませんか!」
大鎧姿で馬に乗った常胤がやってきた。
常胤は下馬し、現在六波羅の平家屋敷を壊滅に追い込んだこと、清盛と同じく標的にしていた平頼盛と池禅尼が行方不明であることを報告しようとした。
淡々とした口調で、義朝は、
「帰省の方はどうしたんだ?」
と聞いた。
「帰省? 何のことでしょうか? 私にはさっぱりわかりません。義朝様は、昨日平家を討てと命令したのではなかったのですか?」
義朝は馬から降り、常胤を殴り飛ばした。
築地に激突し、昏倒する常胤。
常胤の襟裾をつかんで義朝は、
「俺はそんなことを命令していない」
目を覚ました町一帯に聞こえそうなほどの強い語気で言った。
「そんなはずはありません。あのとき、命じたはずですよ。はっきり『平清盛とその一門を討て』と」
「は、何言ってんだよ。さっきから『俺はそんなこと言ってない』って言ってるだろ?」
ポカンとした表情で、常胤は義朝の怒鳴り声を聞いている。
「もう辞めろよ! これ以上やったら、死んじまうよ」
痛そうにしている常胤を見ていられなくなったのか、義明と広常は常胤に殴りかかる義朝を制止した。
「こいつは」
「常胤にだって、何か事情があるかもしれないだろ? な。こんなところで仲間同士傷つけ合ってもいいことなんてねぇよ」
仲間内でのいがみ合いを見ていて、辛くなった義明は言った。
「常胤は時兼と組んで平家を討ち取ろうとした。これは紛れもない事実だが?」
「そういう可能性もあるのはわかる。けれども、今の目的は友を助けに行くことだろ? 仲間を責めるのは後でもいい」
「わかってる。でも、ここで罰を与えなければ、示しがつかないだろ?」
義朝は義明の手を振り切り。常胤の頬を殴ろうとした。だが、そのとき、
「どうした、みんなそんな物々しい格好をして?」
聞きなれた低く、落ち着いた声が聞こえた。
声のする方を見てみると、黒い直垂を着、笠を被った正清の姿があった。
「正清。お前、帰省は?」
突然の正清の登場に、義朝は我に返った。
正清はいつもの淡々とした口調で、
「ああ、もう済ませてきた。それより......」
殴られて顔に青あざができ、口から血を流している常胤の方を見て、
「常胤のやつ、操られてるな。これ以上いじめないでやってくれ」
と言った。次に常胤の率いていた兵隊を見て、
「率いている軍団、みんな黄泉の国より甦った者だろう?」
と言い出した。
「操られている? 黄泉の国? どういうことだそれは?」
突然の正清の操られている発言と黄泉の国発言に、義朝は首を傾げた。常胤の目は本気の目だった。常胤の率いている兵士たちは皆、死人だというのか? そんなことはあり得ない。げんにこうして動いてるではないか。
疑問に思っていることを俺は聞こうとした。
だが、疑問を聞く暇もなく正清は、
「ただちに還れ。お前らのいる場所はここではない」
腰に差していたいた太刀を抜き、常胤の率いていた兵隊を斬った。
刎ねた兵隊の首は、血しぶきとともに鈍い音を立てて落ちていった。
「このまま平家屋敷へ直行しろ。話は常胤と時兼の率いていた兵隊を片付けてからだ」
2
義朝たちは平家屋敷へと向かった。
門前には、傷だらけになりながらも戦う平家軍の一般兵たちの姿があった。
「清盛、来たぞ!! 今行くから待ってろ!!」
義朝はそう叫びながら、門へと向かった。
「ついに出たな、源氏の総大将」
「覚悟しろ」
門を守っていた胴丸を着た平家の一般兵は、大鎧姿の打ち物で義朝に斬りかかった。
義朝は腰に佩いた鬼切丸を抜き、
「悪いな。俺は清盛の友達なんだ。お前らの敵じゃないぜ」
向かってきた平家の一般兵を峰で気絶させ、屋敷の中へと入った。
屋敷の中は、傷を負った兵士、勇敢に戦って敗れた者たちの亡骸であふれかえっていた。もちろん、力の限り残った敵と戦っている者もいる。
「清盛、助けに来てやったぞ!」
義朝は清盛を探した。が、清盛の姿はどこにも無かった。
誰よりも弱い清盛のことだから、きっと誰かにやられたんじゃないか。そんな不安が義朝の胸の中にまとわりつく。
一か所だけ、やたら警備が厳重にされている場所があった。あそこに清盛がいるに違いない。
警備が厳重にされている場所へ、俺は向かおうとした。
そのとき、両手に一本ずつ刀を持った傷がいくつもある青年の武者が、義朝の目の前にに立ちはだかった。平家の侍大将伊藤忠清だ。
「総大将のお出ましか!?」
忠清は持っていた二本の刀を構えた。
「お前は為朝戦ったときの二刀流の剣士」
「覚えていてくれたのはうれしいぜ。だが、清盛のところへは、絶対に行かせん」
二本の刀を構え、忠清は義朝に斬りかかった。
「俺は戦いに来たんじゃないんだがな。まあ、仕方ないか」
悪く思われるのも無理はない。げんに、敵の旗と同じ旗をひらめかせた集団の主君なのだから。諦観した義朝は、持っていた鬼切丸で、忠清の一撃を受けた。
一の太刀を受けられた忠清は、すかさず攻撃を受けたときにできた一瞬の隙をついて右手に持っていた刀で胸元に刺突を入れようとした。
(やっぱり二刀流は厄介だな)
攻撃をしてもまたすぐに次の攻撃が来る。次はどこから攻撃が来るかを考えながら戦うことになるので、どうしても防御だけで精一杯になる。
義朝は二の刺突を避け、切っ先で足を斬ろうとした。
忠清は引き下がり、再び攻撃を入れようとする。
この刃のやり取りが、10回ぐらい続いた。
12合目辺りで家貞が駆けつけてきて、
「忠清、辞めてくだされ!」
戦いに夢中になる忠清を止めようとした。
「おい、家貞、こいつはお前のことを殺そうとしてた奴らの総大将なんだぞ! 今殺らないで、いつ殺れ、って言うんだ!?」
「なりませぬ。義朝様は、殿のご友人です。ここで義朝様と争われても、いいことはありません」
「生ぬるい」
家貞の手をほどき、忠清は再び刀を強く握り、義朝に向かっていった。
義朝は刀を抜こうとした。が、太刀を抜いた正清により、一の太刀は受け止められた。
「誰だ、お前? 戦いにふさわしくない格好をしているが」
忠清は、戦いに乱入してきた左腕の無い謎の人物の素性について聞いた。
「俺は駿河国からやってきた鎌田正清。義朝の友さ」
「ほーう」
「友の願いを叶えるために、恨みはないがお前と戦う」
正清は力を使い、左腕のあったところに刀をくっつけた。
「神通力か。そんなもの、通用すると思うな」
左手に持っていた刀で、忠清は唯一の腕である右腕を斬ろうとした。
正清は左腕のあったところにくっつけた刀で、攻撃を受け止めた。
数分の間に、互いの斬撃や打撃をうけたり避けたりするのを繰り返す。
戦いながら正清は、
「この脳が筋肉でできているような二刀流の剣士は俺が足止めしておく。お前は友の言葉を聞いてやってくれ」
と立ち止まっている義朝に言った。
「わかった」
義朝は清盛がいるであろう警備が堅い場所目がけて駆けていく。




