第44話 偽源氏軍の六波羅襲撃事件②─清盛死す!?─
1
「派手にやりあってるねぇ」
水晶玉越しに師仲は、清盛の慌てふためく様子を覗き見ていた。
「どう? 派手に殺り合ってる?」
「ああ、やってるよ。頼盛は逃してしまったが、バカの清盛の方は義朝の方へ行こうとしてるところだよ」
「いい気味ね」
燭の薄暗い明りの中でもハッキリわかる白く大きい顔に、信頼は喜びの笑みを浮かべながら、狼狽える清盛たちの様子を水晶玉越しに眺めている。
「ここで清盛が信じればやったものだよ。源氏も平家も共倒れしてくれるならもっといい。争え、もっと争え」
「でも、源氏には平家より精強な兵士が何人もいるわ。そこのところの対策はできているんでしょうね!?」
一番の懸念事項について信頼は聞いた。
鎧を着た武者ごと貫く射手。岩をも斬る薙刀の使い手。人間離れした身体能力を持った質の高い兵士が、源氏軍団の中には多くいる。
だが、一番の脅威は、正清や金王丸のような超能力者であろう。
正清は鉄を吸い付けたり浮かせたりする力を持っている。また、金王丸に関しては、自身の姿を消し、密かに敵を殺害することができるので、厄介であることこの上ない。
「安心したまえ」
と師仲は言ったあとに、幸運なことに、厄介な八咫烏どもでもある鎌田正清や渋谷金王丸も出払っていること、そして新田や佐竹といった源氏の庶流に反乱を起こすように促してあるから、戦力はいつもより手薄になっていることについて説明した。
「それはよかったわ。あと、八咫烏とは一体何のことかしら?」
信頼は八咫烏の存在について聞いた。
「一言で言うなれば、天皇を守る超能力者とか陰陽師、僧侶、巫女、神官の集団さ。賀茂の斎院を頂点として、天台座主や高野山の法主、陰陽道の安倍家や賀茂家がいる。あいつらの庇護下に入っていない私たちのような異能の者たちを監視したり、場合によっては社会的物理的に抹殺してる連中ですよ」
「なるほど」
「我々のやる悪事は、検非違使や弾正台、滝口、北面の武士では検挙ができませんからね。犯行に及んだとしても、そもそも証拠がない場合が多い。そして、仮に力を持つ犯人を特定しても勝てませんから。義朝、上総介広常、平教盛、伊東忠清。源平の武の最高峰の四人が為朝と戦ったときには、ほとんどが半殺しにされたと聞いていますからね。だから、普通の侍100人を異能の者に当てたところで、勝敗は見え透いてるもんなんです。こういうことから、朝廷も異能の者を雇い、そして監視させる。この方が社会保全にもなりますからね」
「さすがは朝廷。1000年以上の歴史はただ事ではないわね」
少し怖くなった。もし、自分が藤原鎌足不比等がかつて使っていたこの力を持っているということが八咫烏に知られたら、きっと自分の身も無事では済まない。どうにかして自分が力を持っていることを上手に隠して生きていかないといけない。
「信頼、くれぐれも気をつけてくださいね。奴らはいつ、どこで監視しているかわかりませんから」
ふと師仲は庭の前に視線を向けて、
「ほら、こんなところに奴らの式神がいた」
と言った。
「式神ってどこにいるの!?」
式神という物語の中でしか聞いたことのない言葉に戸惑う信頼。
「ある程度の術者が作り出せる自分の分身みたいなものさ。形は自由で、蝶や蛾といった虫、朱鷺やカラスといった鳥、猫や犬といった獣といった感じでね。もちろん人の形にだってできる」
「すごい術なのね」
今まで虚構の中でしか聞いたり読んだり見たりしたことがなかったことが今、目の前に起きている。
師仲は紙人形を懐から取り出し、呪文を唱え、自身の式神を顕現させた。彼の式神は、大きな蝮だった。
「ぎゃっ!」
突然蛇が現れたことに驚いた信頼は、自身の見た目とは裏腹の女々しい叫び声を上げ、蛇の目の前で飛び退いた。
「これが、私の式神さ。私のように同じ蛇の式神を使う人間を何人か知っているが、術者が誰かを区別しやすいように区別するため、色や種が違う」
「そうなのね」
「まあ人の形はよほど徳を積んだものか、もしくは神仏と誓約をして力を手に入れた者でないとできないけどね。だから、形は術者の好みによって変わってくるかな」
「へぇ」
話に聞き入る信頼。
師仲は護衛をしている武者から矢を借り、木から飛んで行ったカラスを射殺した。
大きな鳴き声を上げて落ちたカラスは、そのまま庭の白州へと落ちた。
師仲と信頼がカラスに化けていた式神の落ちた場所へ向かうと、そこには矢の刺さった人形が1枚、焼け焦げた跡のある人形が4枚ほど落ちていた。
「な、何なの、怖い!!」
「大丈夫さ。ここは私が強力な結界を張っているからね。きっと残りの4匹は私の結界に阻まれて落ちて言ったのでしょう」
「アタシも気をつけないとだわ」
小刻みに体を震わせながら、信頼は寝殿へと戻る。
2
源氏軍が堀川の屋敷から軍を動かし、六波羅へと向かっていたのと同じころ。清盛と盛国は迫りくる偽源氏軍団と戦い続けていた。
「なあ」
「どうした?」
「みんなやけに弱くないか?」
「同じことを思っていた。だが、一般人にしてはそこそこだ」
清盛と盛国は先ほどから戦っていて、ある種の物足りなさを感じていた。訓練を受けている武士相手にしては、やたら弱すぎる。かといって、民間から寄せ集めた兵士にしては強い。
「もしかしたら、俺たちは嵌められたのではないか」
「あり得なくも無さそうだな」
だとしたら、裏で糸を引いているのは誰なのだろうか? もし犯人がいるのならきっと、平家や源氏のことをよく思っていない第三者であること、源氏と平家が手を取り合うことに危機感を覚えている誰かなのは間違いない。
「大将の首、もらった!」
鎧を着た者数人が、母屋の中から刃こぼれの激しい打ち物を手に襲い掛かってきた。
「倒しても倒しても増えて来るな」
「うっとうしいやつらだ」
息を切らしながら清盛と盛国は、得物を手に、相手の間合いへと入り次々と敵を殺したり戦闘不能にしていく。
殺した人数は二人合わせて50人ほどだろうか。戦闘不能にした人数を合わせればざっと100人は超えるであろう。
戦っている中、大急ぎで郎党たちがこちらへやってきた。
戦っている清盛に向かい、
「お忙しいところですが殿、報告です」
重苦しい表情で声をかけた。
「どうした!?」
敵の攻撃を避けたり受けたりしながら、清盛は郎党の報告を聞こうとする。
郎党は重苦しい表情になり、
「時子様が、捕らえられました」
と言った。
「な、なんだって……」
──どうして、どうしてだよ……。
結局、誰も守れなかった。
絶望している清盛のもとへ、
「平清盛、覚悟!」
薙刀の穂や太刀の切っ先をきらめかせた武者3人に手足を斬り付けられ、とどめとして腹部を突かれて清盛は倒れた。
一斉にダメージを受け、動けなくなったところを武者3人は首を取るべく、最後の一撃を首に放とうとしている。
「清盛!!」
清盛を目の前で斬られた盛国は慟哭した。
長い間苦楽を共にした主従であり、仲間であった。臆病者で、不器用で、バカで。ダメなところだらけだけど、放っておくことができない。
「この野郎!!」
盛国は持っていた薙刀を八双に構え、
「清盛の首は、お前らなんかに絶対渡すか」
盛国は持っていた薙刀を八双に構え、清盛の首品を取ろうとしている武者たちに立ち向かった。
敵の脛や腕、首を藁を斬るがごとく真っ二つにしていく。中には胴そのものを真っ二つにされた偽源氏軍の兵士もいた。
「なんてでたらめな強さだ」
ある一人の兵士は、両手に刃こぼれのひどい太刀を持ちながら、主君を討たれた怒りで修羅と化している盛国の姿を見ていた。
今行っても絶対勝てない。あまりの凄みで、ここで立っているのがやっとだ。
「何を恐れることがあるか。清盛とその家臣の首を取れば、も──」
師仲様が貴族にしてやるって言ってたじゃないか! たじろいていた一般兵にそう言おうとすると、口が強引にふさがり、言うことができなかった。顔色も青白くなっている。
「だ、大丈夫かよ」
隣にいた一般兵は、
「気にするな。お前ら、行くぞ!!」
「お、おう!」
覚悟を一般兵二人は、修羅と化した盛国めがけ、得物を持って立ち向かった。
近くにいた兵士たちも、二人の士気に触発され、わらわらと孤独な戦いをする盛国に攻めかかる。
「しつこいなあ」
再び迫りくる偽源氏軍の兵士を、盛国は薙刀で薙いでいく。
脆く斬られゆく敵の人体。そこから飛び散る血粉末の舞い。偽源氏軍の兵士が斬られゆく様子は、地獄で鬼たちになます斬りにされる罪人そのものであった。
その間合いをうまく縫って、一人の兵士が背後から近寄り、短刀で彼の腹部を思い切り突き刺した。
「う、ぐっ……」
一般兵の凶刃が、鎧で覆われていない盛国の腹部を突いた。
──俺も、もうここまでか……。
主君と逝けるなら本望。もうやり残すことはない。待ってろよ、清盛。
刃が腹部を離れたあと、盛国は倒れた。真っ赤な血粉末は倒れている亡骸の顔を真っ赤に染め上げていく。
「や、やったぞ! 今だ、清盛と盛国を討ち取れ!!」
盛国に決定的な一撃を与えた一般兵は、血刀を持ち、向こうにいた痛みで苦しんでいる清盛の首を取ろうとした。だが、倒れたことを知った兵士たちが、手柄を取るのは俺だ、と言わんばかりに虫の息となっていた二人のところへ押しかけてきた。
そのうちの二人が、虫の息となっていた清盛と盛国の髻をつかみ、首を取ろうとしたそのとき、清盛の首を取ろうとした兵士の一人が泡を吹いて倒れた。
「誰だ!?」
あと少しで完全勝利しようとしていた偽源氏軍の中に、戦慄が走る。
倒れた兵士の方を見ると。そこには白い唐服を着た大柄の青年が立っていた。
「貴様、何者!?」
あと少しで平家の総領とその腹心を討ち取れそうなところで乱入してきた、変わった風体の青年に、偽源氏軍の兵士たちの視線は釘付けになった。
唐服の青年は大陸風の動物の動きを模した構えをし、
「俺か。清盛の義弟さ。文句があるならかかって来い」
と大音声で名乗った。




