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第43話 源氏軍の六波羅襲撃事件①─濡れ衣─


   1


「外が騒がしいな……」

 2月4日未明。外の騒がしさで清盛は目をさました。 

 きっと、近くで盗賊と検非違使がやりあっているのだろう。そう思って再び寝床に着こうとしたとき、

「殿、大変です」

 鎧を身にまとい、片手に薙刀を持った盛国が、慌てた様子で入ってきた。

「どうした、盛国? まだ朝になってないぞ」

 あくびをしながら、清盛は物々しく武装した自身の家臣に何が起こっているのかを訊ねた。

 盛国はひざまずき、

「源氏の軍勢が、六波羅に攻めかかっています」

 と答えた。

「なんだって!?」

 ──そんなこと、絶対にあり得ない。

 義朝はそんなことをする男ではない。ましてや何十年も付き合いのある友を襲ったりするような。

「何を寝ぼけてやがる」

 盛国に叩き起こされた清盛は、小具足姿になり急きょ指揮を執ることになった。

 戸を開けて外の様子を見てみる。

 戸の向こう側には、松明の灯で照らされた大量の「南無八幡大菩薩」と書かれた白旗がたなびいていた。声もどんどん大きくなっていっている。

「軍勢はいくらだ」

「この屋敷に向けられている兵力はおよそ500人」

「500人か……」

 平家屋敷の警備に回している人数は50人。10分の1となると、籠城するにしてもかなり分が悪い。

「どうしたらいいんだ──」

 包囲されている。自分の運命もここまでか。

 同居人である重盛、基盛、宗盛ら清盛の息子たちは、今戦っている。まだ幼い平四と平五、そして時子は忠清に守られ、戦場となっている自邸から脱出する経路を確保しようとしているところだろう。こういうとき一番頼りになる教盛は宋国にいるので、援軍を頼もうとすることはまずできない。

 だが、希望が無いわけでもない。他のところに暮らしている頼盛や家貞、家長がいる。援軍を頼めば、きっと来てくれるだろう。

 そう考えた清盛は、盛国に彼らに援軍を頼めないかどうかを聞いた。

「頼盛や家貞たちとは──」

 連絡が取れない、そう言おうとしたとき、清盛のもとに、胴丸を着た下人が入ってきた。下人は、池の屋敷に仕えている下人だということを明かして続ける。

「池の屋敷も壊滅。現在禅尼様や頼盛様は逃亡中。そして家貞殿と家長様は自邸で戦闘中と思われます」

「畜生」

 兵力不足。頼盛たちは行方不明。援軍は頼めない。絶望的な状況だ。

 きっと義朝のことだから、使者を立てずに自分から出向いて話をすれば、わかってくれるだろう。そんな希望も胸の中にある。だが、今は平家の棟梁として、屋敷にいる家族や仲間たちのためにも、迫りくる源氏軍と戦わねばならない。

「どうしたらいいんだ……」

 葛藤しているときに、清盛のたちのいるところへ粗末な胴丸を着た兵士たちが薙刀の穂や鏃、刀の切っ先をきらめかせて乱入してきた。

「クソ、門が破られたか」

 清盛は寝巻の上に籠手をつけた簡易的な武装のまま、枕元に置いていた小烏丸で応戦した。

 日本刀と従来の剣の形状を合わせたような特殊な太刀の切っ先は、取り囲む兵士たちの手足や首を次々と斬っていた。

 盛国も薙刀を持って迫りくる兵士たちを次々に斬り倒していく。

 だが、襲ってきた兵士たちは、手足を斬られもなお、清盛の命を狙い、腰に差していた小刀を投げたり片手での攻撃を繰り出したりして、執拗に狙ってくる。

「しつこい奴らだ」

 清盛は執拗に狙ってくる源氏の兵士の首を刎ね、息の根を止めた。

 敵を倒す、執拗に狙ってくる敵を倒す。それを繰り返しているうちに、東の空は漆黒から朝日の光を帯びた藍色へと変わっていた。だが、清盛の命を狙う刺客たちは、休む暇を与えることなく、清盛や盛国たちに襲い掛かってくる。


   2


「義朝様、起きてください! 大変です!!」

 清盛が六波羅の自邸で源氏軍団と思しき集団と戦っていたとき、ぐっすり眠っていた義朝は郎党に揺り起こされた。

「どうした?」

 不機嫌そうに目をこすりながら、義朝は郎党に聞き返した。

 下人は慌てて、

「北条時兼と千葉常胤が、六波羅と池にある平家屋敷を襲撃しています」

「なに!?」

 突然の一報に、義朝は目が覚めた。

 時兼と常胤は帰省していたはず。なぜ京都にいるのだろうか? それもよりによって、軍勢を率いて清盛とその身内の屋敷を攻撃しているとは。そして、あの二人は、源氏軍の中で1、2を争う最弱ぶりと根性の無さで知られている。

「どうしたんだよ、お前ら!?」

 そう叫びながら、義朝は寝床から飛び上がり、戦闘の準備をして集まれということを侍所にいる兵士たちに伝えよ、と命じ、大鎧に着替えた。

「何だよ、こんな夜中に」

「いい夢見てたのにな……」

 突然召集をかけられた義明や広常は、寝間着姿で目をこすり、あくびをしながら愚痴を言い合っている。

「一体何があったのでしょうか?」

 夜中の突然の召集の目的について、能宗は聞いた。

「みんなよく聞いて欲しい。実は──」

 大鎧姿の義朝は、先ほど下人から聞いた時兼と常胤が軍兵を率いて平家の屋敷に攻め込んでいるという事実を伝えた。

「嘘だろ、おい!」

「あの二人にあんな度胸があったとは考えられん」

 寝起きに急遽集められた坂東武者たちの間に動揺が広がる。まさか、臆病者の二人が平家の屋敷を襲うとは、どういう事情でそうなったのか。

 郎党たちがどよめいている中、義朝は、静まれ、と一喝しあとに、

「今からあの二人を止めに行こうと思う」

 と言った。

 一同、おう、といって清盛救援と時兼と常胤の暴走を止めに行こうとしたそのとき。

「ちょっと待った!」

 と呼び止める声がした。

 作戦へと向かおうとしていた一同は、声のする方を向いた。

 声の主は。景義の弟景親であった。

「どうした、景親?」

 義朝はそう聞いた。

 景親は跪いて、

「今行ったとしても、我々に濡れ衣を着せられるだけなんじゃないか?」

 と答えた。

 眉間にシワを寄せ、握りこぶしを作った義朝は、景親の頬を思いっきり殴った。

 殴られた景親は吹き飛び、倒れる。

 倒れた景親の襟裾を持ち上げた義朝は、

「俺たちが行かずして、いつ行けって言うんだ。時兼や常胤、そして清盛だって、俺にとっては大事な仲間なんだよ。助けに行かなきゃ、悔いが残る。たとえそれが、罠だったのだとしても」

 怒鳴りつけて、築地に向かって景親を突き飛ばした。

「みんな、行くぞ」

 そう言って義朝は立ち上がった。

 おう、と叫び、一同は戦いの支度を済ませに行った。

 血を流した景親は、殴られた場所を抑えながら、

「バカめ。勝手にするがいい。後のことは知らん」

 と捨て台詞を吐いて、気を失った。

 怨嗟の言葉に構うことなく、景親の同胞らは準備を進める。

 白んだ空が茜色を帯びはじめたころ、義朝は300騎の軍勢を率い、六波羅の清盛の救援へと向かった。

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