第42話 行方不明
1
賀茂神社の斎院では、御簾の向こうにいる斎院と上西門院を筆頭に、天台座主、高野山座主、藤原俊成、源頼政らが官位の席次に従って座っている。
賀茂神社の斎院は、後白河院の妹上西門院から、後白河院の娘でわずか10歳の式子内親王に変わった。だが、まだ式子内親王は10歳と幼いので、叔母の上西門院が力の使い方などを指南している。
層々たる宗教界のメンツと異能の者たちの前で、正清は跪き、申し上げる。
「申し上げます。昨日渋谷金王丸より、藤原摂関家から、藤原鎌足・不比等が継承していた力が紛失してしまったという報が入りました」
「なんだって。鎌足や不比等の力が散逸しただと!?」
天台座主は正清の報を聞いて、大音声を上げた。
「これは由々しき事態。藤原鎌足・不比等が使っていた力は、人間の記憶を自分の思い通りに書き換える力。いくら摂関家の御堂流が衰退したとはいえ、そんなものを放出するとは、基実は何をやっているのかね。そして正月明け早々、あの泰親は東国で何をしているんだね」
蘇莫者の面を被った俊成は、
「この国の成り立ちがハッキリわかっていないのは、太安万侶や稗田阿礼を使って虚実ないまぜの歴史をでっち上げ、鎌足や不比等が日本人の記憶を改ざんしたせい。ただ、歴代の竹内宿禰や皇室の面々、熊襲や蝦夷の一部のまつろわぬ民といった者たちは、その改ざんによる影響を受けなかったようだが。末法の世にこんなものが出回ったとなれば、混乱も避けられん。犯人は誰だ?」
と聞いた。
「それが、わかっていません。摂関家の前当主忠通殿に話をうかがっても、知らない様子でしたし。むしろ、そんなものがこの屋敷にあったのかと驚いてさえいました」
「なるほど。となると、3年前に亡くなった忠通の弟の悪左府が持ち出して、保元の乱での火攻めのとき、崇徳院方に着いた残党がドサクサに紛れて持って行った感じでしょう」
そう言って前の斎院である上西門院は、正清に、保元の乱の際に崇徳院に着いた者たちを徹底的に調べ上るよう命令を下した。
「はい」
正清はひざまずき、前の斎院の命令を受諾した。
会議が終わったあと、正清は義朝に許可をもらい、流罪となった頼長の子息がいる場所へと旅立った。
2
教盛が中国大陸から老師の仙術で日本へ帰国したときと同じころ。京都六条堀川の源氏屋敷では、集会が行われていた。
集会に顔を出したのは、
三浦義明
上総広常
足利義兼
比企能宗 能員親子
山内首藤経清
佐々木秀義
大庭景親
伊東祐親
渋谷重国
八田知家
畠山重能
斎藤実盛
だった。
かつての敵大庭景親と伊東祐親が義朝の幕下にいるのは、あのときの戦いで義朝に降り、いち家臣として従っている。同じく義朝たちと敵対していた秩父平氏の畠山重能も同様である。
「千葉常胤、北条時兼、鎌田正清は自領に帰省中と」
帰省中の者たちが誰なのか俺は確認した。
「みんな無事だといいんだけどな」
「今ごろ、近江辺りにいるんじゃないか?」
「だな。後であいつらの無事を神仏祈っておく」
そう義朝が言ったあと、直垂を着た武者たちの中にいた中で、袖をめくり、前髪を上げたいかにも屈強そうな青年は、
「実は俺も常陸へ帰ろうと思っているんだ」
と言ってきた。
「おう、知家か」
「ああ、最近佐竹の野郎がまた妙な動きをし出しているからな」
「またあいつらか」
ため息を一つついた。
あの戦い以来、常陸の佐竹家は広常や知家なんかの不在を狙っては、度々義朝の勢力圏に攻撃を仕掛けている。いざ広常や知家らが来ると、逃げ出してしまう。被害を出すだけ出して逃げるものだから、タチが悪い。
「そうか。なら、お前も行って来い」
「おう」
覇気が満ちた声で返事をして、知家は常陸へと帰る準備を進めた。
3
土佐の某所では、紺色の直垂を着た正清と白い束帯姿の青年藤原師長が対談をしていた。
「貴方が、左大臣藤原頼長のご子息にあらせられます師長さまでしょうか?」
「いかにも」
正清は、藤原摂関家が保有していた『記憶を改竄する力』が紛失したことについて聞いた。
「あったな、強大な力が。鎌足以来、代々の藤原家当主がその力を引き継ぎ、百済王朝の復興の好機を狙っていた。だが、『病を与える力』を生まれつき持っていた御堂関白道長公が力を使い、病死という形で兄の道隆や甥の伊周を葬っていきました。以来中臣氏の氏神を祀る春日大社に封印しておいていたのですが、私の父が『百済王家復興のため』ということで持ち出し、有事のときに使おうということで、持仏堂に大事に保管していました」
「ほう」
正清はうなずきながら、師長の話を聞く。
師長は話を続ける。
「前の大乱のときに父はその力を使って上皇様の軍勢を仲間割れさせようとしていましたが、使おうとしていたときには、その力を封じ込めた依り代が紛失していました。本来であれば探すべきところでありますが、状況が状況。父は力の捜索よりも讃岐院のもとへお逃げにになられることを優先しました」
「そうか」
さすがは悪左府。判断が速い。
「話を整理すると、荷物を整理していたら、依り代が気づかぬうちに無くなっているということに気付いたと」
「そういうことだ」
師長はこくりとうなずいて答えた。
正清の頭の中には、ある仮説が頭に浮かんだ。それは、ドサクサに紛れて力を欲していた第三者の間者が紛れ込み、ドサクサに紛れてそれを入手したということであった。混乱しているときほど、大事なものを手に入れるチャンスは無い。
同時に二つの疑問も浮かんできた。一つ目は力を欲している人間が何者だったのかということ、二つ目は御堂関白が使っていた『病を与える力』は誰が継承したのかということだ。
正清は湧いてきた二つの疑問について、悪左府の忘れ形見に聞いた。
正清の疑問についての師長の回答は「わかりません」の一言だった。
4
「ここは、どこだよ!?」
時兼は目を覚ました。
目の前には、真っ暗闇が広がっている。自分の体の一部すらも見えない真っ暗闇が。
(俺、死んでしまったのかな)
そう考えると、怖くなった。時兼には元服したばかりの嫡男時政がいる。まだ若い時政を遺して、このまま逝くわけにはいかない。
「落ち着け、落ち着け、落ち着け」
パニックになっている自分に、時兼は必死で言い聞かせた。
手を動かしているとき、冷たい感覚がした。同時に金属と金属がぶつかり合って起こる甲高い音も聞こえる。
(いや、待てよ、もしかして死んでいないんじゃないか)
そう考えると、無明長夜の闇の中でも、少しは安心できるようになった。運が良ければ、義朝たちが助けに来てくれるかもしれない。
扉の開く音がした。
開いた扉からは、松明の橙色の光が漏れている。
漏れた橙色の光の向こう側からは、黒い覆面を被ったでっぷり太った男が目の前に立っていた。周りには胴丸を着、薙刀や弓を持った武者たちが守りを固めている。
男は、
「おはよう、時兼くん。よく眠れたかしら?」
と聞いてきた。
「な、何なんだ、お前たちは」
「少し貴方の頭の中をいじらせてもらうわ」
男は時兼の額を左手で触り、右手に印を組んで真言のようなものを唱えた。
頭の中が真っ白になっていく。気持ちいい気分になる。同時に白い直垂を着た義朝の姿が浮かんできた。義朝は、
「平家を討て!」
と言っていた。
「そうだ、義朝様が平家を討つように言っていたんだ!」
忘れ物を思い出したかのように時兼は叫んだ。
「それでいいわ」
覆面を被った太った男は、束帯の袖から小刀を取り出し、時兼を縛っていた縄を切った。




