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第41話 平家一門に迫る危機


   1


 平家が熊野詣の準備に追われていた1月下旬。源師仲邸では、主人の師仲が同志らを集め、計画の進捗について話し合っていた。

 師仲は平家と縁戚関係のある成親に、平家内部の様子を聞いた。

「たるみきっています。何でも、2月4日に熊野詣へ行くとかで忙しいようです」

「なるほど。好都合ですねぇ。こちらも計画が進みやすい。あとは、源氏のいち将卒の誰かを拉致すればやりやすいのにな」

 そう言って師仲は、信頼の方を向いて、

「この前与えた力は使いこなせるようになったか?」

 と聞いた。

「短時間ならば、相手の記憶を改竄できるようになったわ」

「どれくらい持つ?」

「そうね。大体半時かしら」

「半時かぁ......」

「まあいい。あの力は、保元の乱のドサクサに紛れてかつての悪左府頼長の土蔵からくすねてきたもの。信頼、お前に見せたいものがある。少し付き合ってくれないか?」

「ええ」

 火のついた松明を持って、師仲は自宅の土蔵へと案内した。

 鍵を開けて、土蔵の中へと入る。

 土蔵の中には村上源氏の宗家に代々伝わる財宝やら何やらが入った箱が、真っ暗闇の中で鎮座している。

 師仲はその中から鉄の扉を見つけ出した。懐から鍵を取り出し、扉を開ける。

 鉄の扉の先には、階段があった。

 階段を一段一段降りるごとに冷たくなっていく。同時に、どんどん強くなっていく死体が発する腐乱臭。

「死体の臭い。何がいるの!? 怖い。まさか、物の怪なんて飼っていないでしょうね?」

 涙目になり、体を震わせながら、信頼は階段を一段一段降りていく。

「それはどうでしょうね」

 持っていた松明を近づけ、師仲は明かりをつけた。

 明るくなった地下室。死臭のする部屋。一体そこには何があるのか?

 答えは、

「無数の死体の山」

 だった。中には蛆が湧いているものもある。


「ぎゃあぁぁぁっ! 何よ、これ」

 甲高い声で叫んだ信頼は、目の前にある死体が何なのかを尋ねた。

 師仲は、

「六波羅邸襲撃に必要な兵士たちさ」

 と答えた。

「死体!? そんなものをどうやって動かすの。使えないでしょ?」

「いや、使えますよ。このことを教えに、君にここへ案内したのではないですか」

「死んだ人間は蘇らない。わかるわよね?」

「さて、それはどうでしょう。ここにある死体には二重の意味での『術』を施してありますからね」

 そう言うと師仲は刀印を組み、呪文を唱えた。

 呪文を唱え終えたあと、死体は意識を取り戻した。

 困惑する者、復活に喜ぶ者、蘇った者たちの反応は三者三様であった。

 死体探しのときに師仲に殺された男は、立ち上がった。そして、

「師仲様、これは一体どういうことでしょうか? 私はあのとき殺されたはずでは!?」

 と聞いた。

 蘇った従者の質問を無視し、師仲は息を吸って、

「お前たちは悪因悪果のために死に、本来であれば閻魔大王の裁きに遭って地獄へ落ちるところであった。だが、なんの因果か、幸運なことにお前たちはこうして再び生を享けることができた。そんなお前たちに協力してほしいことがある。信西入道を武力で支持している仲間の一人、平清盛を討ち取ってもらいたい。平家の将曹もしくは一族を討ち取ったら仕官、清盛の首を取ったら従五位の貴族に列してやる。どうだ?」

 蘇った他の者たちに問いかけた。

「おもしれーじゃねーか! やってやるぜ」

「今の言葉、嘘じゃねぇだろうな!?」

 やる気を出す者。あまりに出来過ぎた話なので疑ってかかる者。黄泉の国から帰ってきたならず者たちは、各々声を上げて意志を表明した。

 蘇った兵士の威勢がいいことを見て、白い顔に薄い笑みを浮かべた師仲は、

「本当さ」

 と答えて続ける。

「決行は2月4日。各々準備を怠ることが無いように」

「おおーっ!」

 暗い空間の中で、蘇った盗賊たちは、鬨の声を上げた。


   2


 徐々に暖かくなりはじめる2月3日。平家屋敷では、明日に行われる熊野詣の準備が行われていた。

 下人たちは忙しなく着るものやら食べるものやらを用意し、明日行われる一大行事に備えていた。

 勤めから帰ってきた清盛は、

「そういえば、熊野詣に行くのは久しぶりだな」

 ため息をついてつぶやいた。

 休憩をしていた盛国は、

「そうですな。殿が平家の当主となってからは、忙しくてなかなか行くことができませんでしたからな」

 と返した。

「教盛いつになったら帰ってくるんだろうな」

「さて、それはわかりませんな。なんにせよ、2年前に『宋国へ行ってくる』と言ったきり何も音沙汰がありませんですからな」

 為朝戦の傷が癒えたあと、教盛は突如として、

「宋国へ渡ってくる」

 と言い残し、六波羅の町から突如として消えた。一体彼は海外で何をしているのか、ずっと気になっていた。

「宋国へ行ってくると言ってたが、一体何をしているのだろうか」

「きっと、宋にいる師の元で修行を積んでいるのでしょう」

「師? 誰だそれは?」

「まあ詳しく申し上げますと、教盛殿は宋国の武術を使います。それゆえに老師を訪ねる際には、どうしても海を超えねばならぬのです」

「なるほど」

 清盛は納得した。

 何年か前に清盛は、一門全員で武芸の練習をしたことがある。

 教盛は徒手空拳で戦っていた。

 戦っていたときの動きは、日本の柔術や相撲にはないしなやかなものであった。そして、蟷螂かまきりの鎌を構える動きに似た構えや、指を器用に折り曲げたり突いたりする。

 攻撃が当たった相手は、一発攻撃が当たっただけでも顔には苦悶の表情、目には涙を浮かべながらのたうち回る始末であった。弱い者に至っては、白目をむき出しにし、泡を吹いて倒れているという有り様であった。

「確かに日本人離れした動きだと思ったら、そういうことだったのか」

「左様」

「教盛殿が強くなって帰ってくるの、楽しみだな」


   3


 時を遡ること数日前。中国大陸の奥地、もっと具体的に言うなら、現在のブータンと中国の国境付近の山脈の近くと言うべきであろうか。

 白い中華服を着た教盛は、岩の目の前にいた。

 目を閉じて掌底を作り、深い息を吸う。

 全神経を掌底に集中させたあと、目を見開いて、

「はああっ!」

 と叫び、突き出した。

 すると、触れてもいないのに岩は大きな音を立てて割れた。

(まだまだだ。こんなんじゃ為朝と同格の奴には勝てない)

 岩を割った教盛は、心の中でつぶやいた。

 2年半前の保元の乱で、大炊御門の東門で為朝と戦った。義朝、広常、忠清の三人と一緒に。

 拳打を食らわせることぐらいはできた。だが、為朝の常人離れした動きの速さと力には、宋国に住まう老師から伝授してもらった自慢の拳法は通じず、足を斬られて戦闘不能になってしまった。戦いの中で何の役にも立つことなく退場してしまったのだ。

 このことが悔しくて、教盛は宋にいる老師を尋ね、奥義の会得のため二年間西域にも近い山中で修行をしていたのだ。

 次に破壊する岩を探しに場所を移動しようとしていたとき、

「教盛よ、修行は捗っておるか?」

 と後ろからしわがれた声が聞こえた。声の持ち主の日本語は、かなり流ちょうなものであった。

 振り返ると、そこには冠を被った寿老人のような髭を生やした腰の曲がったおじいちゃんがいた。歳のほどは、80歳をゆうに超えているだろうか。いや、それ以上に長生きであるかもしれないが。

「ええ。ついに異能の者達に対抗できる力を身につけました」

 手拭いで汗を拭きながら、教盛は言った。

「そうかい。では、師であるこのワシにも見せてくれんかのう」

「わかりました」

 呼吸を整えた教盛は、先ほど岩を砕いた技を近くにあった大木の前で再現した。

 ぐらりと揺れた大木は、きしむような音を立てて倒れていった。

「概略は掴んでるが、まだまだじゃな」

「はい」

「あとは経験を積んで、自分に合った使い方を模索していくとよい」

「ご教授ありがとうございます」

「そうじゃ、教盛よ、そなたに伝えたいことがあるのじゃよ」

「伝えたいこと?」

「うむ。先日占いをしておったら、お主の一族に近々危機が訪れると出たのじゃ。それで、お主には日本へ帰ってもらおうかと思っての」

「老師、でも、西域に近いここから日本までかなり遠いのはわかりますよね?」

「そんなの承知の上じゃよ」

 老師は持っていた竹丈に跨って、

「乗れ」

 と命じた。

「これにですか?」

「何を言っておる。ワシが仙術を使えることを忘れたか?」

「そうでした」

「とりあえず、これで博多までひとっ飛びするぞ」

「お、おう」

 教盛は老師が乗っている竹杖に跨った。

 老師が呪文を唱えると、竹は宙に浮かび、気がつけば先ほどいた森、そして杭州の街並みや広州の港町が見える空の上を越え、一気に日本の博多へと移動していった。

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