第39話 そして時は現在に至る
1
「波乱万丈な関東時代だったんだな」
感慨深そうに清盛は、義朝の回想を聞いた感想を述べた。
笑いながら、義朝は返す。
「毎日のように戦いがあったからな」
「俺なんて、京都でのんびり暮らしてばかりだったから、思い返してみれば、武士らしいことは何にもしてないや。しいて言うなら、海賊退治くらいか」
「それでも、お前にしちゃ頑張ってるじゃないか」
「そう言ってくれるとうれしいな」
照れ臭そうに、義朝は言った。
「それと、五郎との戦いはヒヤリとしたよ」
「俺もそう。でも、違う世界と世界をつなぐ力のおかげで助かった。何で俺にそんな力が目覚めたんだろうな、って今でも疑問に思うことがある」
「それは、義朝が誰よりも家族や郎党を大事にしているからじゃないか? 誰かを守りたい、という心に感銘を受けた神様や仏さまが、力を貸してくれたんだよ」
「そうなのかもしれないな」
──あのとき、どうして世界を変え得る力が俺に目覚めたのだろうか。
15年以上経った今でも、義朝はそのことについて考えることがあった。
自分は世界を救おうとも思っていない。目の前にいる家族や仲間、友達を守れるならそれでいい。自分にとって、それがかけがえのない宝物なのだから。
「もう春だって言うのに、寒いな。日が暮れようとするころは冬に戻ってやがる」
震えながら、清盛はつぶやいた。
義朝が語っていたころには春らしい陽気が縁側に降り注ぎ、暖かかった。だが、一刻ほど経った今では、西の空が赤らみ、東の空からは藍色の闇が迫り、体感的にも少し肌寒く感じるようになっている。
「あ、そうだ」
清盛は何かを思い出したようにつぶやき、
「今日は遅くなるから、家に泊まっていけよ」
と提案した。
「でも、俺には家族がいるし」
「使いを出しておくから、気にするな」
「たまには、そういうのも悪くないか」
「積もる話もたくさんあるからな。続きは部屋で話そう」
「おう」
義朝と清盛は、赤と黒に彩られた肌寒い縁側を出て、部屋へと入った。
2
義朝が清盛の家でおもてなしを受けていたころ。師仲の邸宅に信頼、宿禰、成親、惟方、経宗らが集まり、密議を開いていた。
「よく集まってくれた」
遅れて部屋に現れた師仲は、宿禰の言う計画とやらの内容を教えてほしい、と話した。
「そうだった。じゃあ話そうか──」
宿禰は打倒信西の秘策を集まった味方に話した。
「そんなこと、できるのか?」
驚愕の秘策に、師仲を初め、ここにいた一同は驚いた。失敗すれば、ここにいる全員の首が吹き飛ぶ可能性がある。
「できなくはないさ。俺と師仲、この2人が出れば、簡単なことなんだがな」
自信満々の笑みを浮かべながら、竹内は言った。
「竹内殿。そんなことをしては、あの信西が先手を打ってくることだってあります」
弱々しい口調で、成親は懸念事項を話した。
もしこの計画がバレたなら、国家転覆の罪でここにいる全員は首を刎ねられなければいけなくなる。
「確かにな。だからこそ、自分からは手を下さずに、相手を上手く誘導させ、自滅へと追い込む」
「義朝は結構情に厚い男として知られていますよ。そんなことをして、もし感づかれたら」
世にも恐ろしいほど強い東国武士を引き連れて、自分たちを殺しに来る。だから、自分たちが動員できる最大限の兵力を用いて防御をしたとしても、マンパワーや兵士の士気や質の問題で絶対に負ける。
だが、師仲はどこ吹く風と感じで笑みを浮かべ、
「その心配はないさ」
懐から梵字の書かれた紙製の人型を取り出し、
「こちらには、裏から仕入れた藤原鎌足・不比等が使った伝説の力という切り札があります。だから、感づかれても、これでどうにかできるでしょう」
と見せつけた。
「そううまく来ますかね……」
「行く。よかったら、君がなるかい、成親?」
「僕は結構かな……」
面倒くさそうに成親は言った。
師仲は信頼の方を向いて、
「なら、信頼、君ならどうする?」
と聞いた。
「欲しいわ。頂戴」
「いいでしょう。藤原道隆の末裔である君には、この力が一番ふさわしい」
「ありがとう」
「でも、条件があります」
「条件って、何よ?」
「義朝がどうしても私たちに力を貸さないということがあったときにだけ、この力を使っていいということかな。そして、この力を使いこなせるように日々修行を積むこと。いいかい?」
「わかったわ」
「かわいいな」
師仲は信頼に異能の宿った人型を渡した。
うれしそうに受け取る信頼。
竹内は師仲の方を向いて、
「おい」
と呼び止めた。
「どうしましたか?」
「準備をしておけよ。兵士を作る」
「わかってますよ。まあ、今日は忙しくなりそうなので、ここら辺でお開きにしますか。最初の計画決行は2月4日。各々準備は怠らないように」
「ははっ」
5人の同志たちは、計画の準備を進めるため、自宅へと帰っていった。
3
同志たちが帰ったあと、師仲は従者を数人を連れ、六波羅の鳥辺野へとやってきた。
鳥辺野は風葬をする場所として名高い。そのため、蛆が湧いて人としての原型を失っている死体の発する腐乱臭が、月明かりの照らす中で漂っている。
「師仲様、一体何をするんですか?」
師仲に付き従っていた従者は、夜中に昼でも気味の悪い鳥辺野に来たことについて聞いた。
従者の質問に師仲は、
「兵力を作るんですよ。平家を攻めるための」
と答えた。
「兵力?」
「ええ」
突拍子もない主君の回答に、従者は疑問を抱いた。死体を集めて何ができるというのだろう。仮に集めたとしても、何も起きることは無い。そんな死体で、どうやって兵力を作るというのだろうか。まさか、何かしらの秘法でも使わない限り、そんなことはできるわけがない。
不審に思った従者はいぶかしそうに聞いた。
「でも、みんな死体ですよ? どうやって兵力を作るのですか?」
「知りたいですか?」
「気になります」
「お前らが今さらそんなことを知ってどうする?」
そう答えた師仲は、従者の首をつかんだ。
「辞めてください!」
必死で抵抗する従者。
師仲は従者の恐怖心と痛みを意に介さず、首をつかむ力を強くしていく。
苦悶の表情を浮かべている従者に師仲は、
「まあいい。冥途の土産に教えてやるよ。その代わり、お前も兵士として働いてもらおうか」
と言って変化をした。白目は人間の目から冷たい蛇のように鋭く、冷徹な目つきに変わっててゆく。そして生えてきた爪を突き刺した。
「う、うわああああっ!!」
従者は、血しぶきとともに、突然変化をした師仲に殺されてしまった。
人間の姿に戻った師仲は、返り血で真っ赤に染まった狩衣の袖から人形を取り出した。人形に呪文を唱え、蝮の形をした式神を呼び出した。
蝮の姿をした式神に師仲は、
「式神たち、死体を持っていくのを手伝ってくれ。そこにある従者の死体の分も頼むよ」
と命じた。
『承知した』
蝮の姿をした式神はそう答え、胴丸を着用した鎧武者の姿に形を変え、ある程度形の保った死体を選んで伏見にある師仲邸へ持って行った。




