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第38話 後日談③─そして未来へ─


    1


 景親の一党とその同志がどのような末路をたどったかについても話しておこう。

 景親と祐親は、親族預かりということになり、景親は兄景義、祐親は兄祐継のもとで蟄居生活をしている。

 浅草寺で出会った足利義康は、あのとき降伏したことにより謹慎。

 なお、甲斐の武田家、上野の新田義重ら周辺の源氏たち、武蔵の秩父重隆といった北関東の武士たちとは緊迫した関係がずっと続いている。佐竹義政は広常に追い詰められたあと、千葉家の監視下に置かれ、勝手な行動を起こせないようにしている。

 ここまで聞けば、

「まあよくやったじゃないか」

 と思うだろう。だが、懸念事項が一つあった。

 義広の居場所だ。

 戦いの後、大庭景親の一党の残党狩りが行われたのだが、お飾りの鎌倉殿であった義広の姿がどこにも無かったのだ。

 義広は弱いが、それでも俺と同じ河内源氏の血を引く貴種。放っておけば、景親のように力のある誰かが、朝廷への足掛かりとして利用する可能性が大いにある。そして、義広を盟主とした勢力が出来上がってしまえば、南関東を拠点とする俺たちにとって、非常に大きな脅威となってくる。

 このようなこともあり、俺たちは大規模な捜索隊を結成し、義広を探すことにした。

 捜索範囲は相模一国から始まり、お隣武蔵や伊豆、そして向こう側の下総、上総、安房にも捜査網を広げていった。だが、義広に関する情報はどこにも見当たらなかった。

 一体義広はどこにいるのだろうか。


   2


 景親一派の戦いに勝ったあと、関東やその近辺からたくさんの来客がやってきた。北は奥州平泉の藤原清衡、西は京都にいる母の実家や惣領からの使者といった具合で。

 特に印象に残っているのは、宇都宮宗綱だろうか。

 相模国の目代が挨拶を終え、帰っていったあと、二人の武士が俺の前にやってきた。一人は小柄でいかにも貧弱そうな立派な直垂を着た武士で、もう一人は筋骨隆々で、並みの侍数人をたやすく倒しそうな男であった。

「遠路はるばるよく来てくれた」

 正反対の二人に、俺はねぎらいの言葉をかけた。

 左にいた似合わない直垂を着たみすぼらしそうな男は、

「私は武蔵国比企郡の住人比企掃部允能宗と申します。この度は挙兵に駆けつけることに遅れ、申し訳ございませんでした」

 と頭を下げた。

 俺は景義を守ってくれたことについて、お礼を言った。

「ありがたきお言葉……」

 涙を流しながら、

 隣にいた豪傑感あふれる右側の武士は、

「俺は宇都宮宗綱。下野の宇都宮に住んでるモンだ」

 と名乗った。

「ほうほう。なかなか頼もしそうなお人だ」

「この前俺様は、足利と一緒に、新田の野郎がお前たちを攻めようとしたのを足止めしてきた。あと、お前の屋敷を亀ヶ谷の方に作ってるから、楽しみにしとけよ」

「わかった。楽しみにしてる」

 南関東の主を倒したという俺の活躍を聞きつけ、頼れる家臣という名の仲間が、また一人、また一人と増えていくのであった。


 仲間にはなっていないが、意外な人物も俺のところへあいさつに来た。

 紅葉が散り、本格的に冬の様相を呈してきた10月。

 日課である素振りを寺の敷地でやっていた。

 木刀を縁側に置き、休もうとしたときに晴れた穏やかな冬の日に合わない大風が突如吹いた。

 風は僧房の周りに植えられた木々が今にも吹き飛びそうな勢いで、立っているのもやっとだった。

 縁側に腰掛けようとすると、

「おい」

 と誰かに呼びかけられた。

 声のした方向を向くと、そこにはあの戦場で見た、清光の姿があった。俺を殺しにきたのだろうか。

 刀を構えた俺は、

「何しに来た」

 と聞いた。

 手を出した清光は、穏やかな口調で答える。

「そう刀を構えるな。お前に味方をしにあいさつへ来た」

「そう見せかけて、俺のことを殺すつもりなんだろう」

 黒い直垂姿の源氏の血を引く貴公子は、

「だとしたら、丸腰で、誰も供回りを連れずに一人で来ないと思うんだがね」

 微笑んだ。口元はしっかり笑っているが、目元は冷徹な

「ほう」

「貴様が院のお墨付きをもらっているから、仕方なく来てやっただけだ」

「認めないなら認めない。それでいい」

「貴様、経基王と同じ力を覚醒させたからといって調子に乗るなよ」

「今の俺に、そんな力はない」

「ふっ。あのとき源家に失われし力を無くすんじゃなかったと後悔するなよ」

 捨て台詞を残した清光は、庭に落ちていた葉っぱを吹き散らし、俺のいる屋敷を後にした。


   3


 北側から冷たい風が寂しい枝に吹きかかる11月。

 寺の僧房から、景義が手配した亀ヶ谷の土地に建てられた屋敷へ、俺たちは移ることになった。

 屋敷の目の前には、厚い築地と立派な門、そして物見櫓を兼ね備えた守りの堅い作りであった。

 中へ入ると、門前とは反対の、母屋を初めとし、北の対や東の対、そして釣殿や池がある優美な貴族の屋敷の建付けになっていた。

 武士の屋敷なので、ただ華美なだけではない。厩や馬場、武芸の練習に使う場所もしっかりと確保されている。

 きれいな橙色の床と柱、檜のいい香りが漂ってくる新築の屋敷の母屋で俺は、

「景義、そしてみんな、よくやった」

 家臣たち一同に、俺はねぎらいの言葉を投げかけた。

「ありがとうございます」

 一斉に礼をする家臣一同。

 ねぎらいの言葉をかけたあと、俺は景義に、

「景義、どうしてこの土地を選んだのか教えてくれ」

 と聞いた。

 景義は答える。

「それはですね、ここ亀ヶ谷は、四方を山に囲まれ、道も狭いので敵も攻めにくい仕様になっています。『君子南面す』という故事から、北の大蔵にしようということも考えましたが、ここは守りが少し脆いので、ここ亀ヶ谷にすることにしました」

「なるほど!」

 確かによく見ると、四方を山に囲まれ、守りに適している。出るときに急な坂を越えなければいけないのが少し面倒であはあるが。

「どうだ。俺様の作った屋敷は?」

「とてもいい! 最高だ」

「そうか。何かあったら、言ってくれよ。屋敷の管理以外にも力になってやるからよ」

「ありがとう」

 宗綱にお礼を言ったあと、鎌倉殿、と大きな声で言いながら、駆け足で常胤が入ってきた。

「どうした常胤、こんなに慌てて」

「義朝様、朗報です。上皇様から、文が届いています」

「なんだって!?」

 上皇様が俺宛に文を下された。俺をはじめ、この屋敷にいた家臣一同は突然の朗報に驚いた。まさか、俺たちの活躍が、上皇様の耳にも届いていたとは。

「常胤。読んでくれ」

「では」

 常胤は上皇様からの文を読んだ。

 内容はこうだ。

 義朝たちの活躍は東国の者たちからよく聞いている。その力をもって、東国の治安維持にあたるように、というものだった。

「おお、やるじゃねぇか」

 うれしそうな笑顔を浮かべながら、義明は言った。

「上皇様に認められたのは、まだ初めの一歩。肝心なのはこれからだ。というわけで、みんな、各々の領地へ帰り、この坂東を平和で豊かな国にするように」

「ははっ」

 家臣一同はそう言って頭を下げた。そして、正清を除いた家臣は本貫地へと戻っていった。

「なあ、正清」

 どうした? と正清は返す。

「あいつに会いに行こうかな。約束を果たしに」

「行くのか?」

「ああ」

 俺は1年前にした約束を思い出した。戦に勝って、上皇様から文を頂いたことだし、そろそろ由良に会いに行こう。約束を覚えてくれているかどうかは、わからないが。


   4


 年が明けて正月。俺は鎌倉から千騎の軍勢を率いて熱田へと向かった。使いの者に上皇様からもらった手紙の入った漆塗りの箱、そして東国から取り寄せた特産品を持たせて。

「おお、これは義朝殿ではないか!」

「お久しぶりです。そして、鎌倉での戦いの折はありがとうございます」

「いいんだよ。遅れてきたこっちが悪いんだからさ。それで──」

 義父殿は漆塗りの重厚な箱に目を向けて、

「何だね、それは?」

 と聞いた。

「上皇様直々にこの義朝に宛てて書かれた御文です」

「なんだって」

 義父殿やその周りにいた神官や巫女たちは、驚きの声を上げた。

「驚きましたか?」

「驚いたもなにも、あの治天の君から御文を頂くなど、とても名誉なこと。やったな」

「ありがとうございます」

 俺はお礼を言ったあと、あのとき由良と交わした約束を果たしに来た旨を話した。

 寝殿造りの屋敷中にピリッとした空気が漂う。

 険しい顔をした義父殿は、

「娘はやらーん!!」

 と大きな声で叫んだあと、

「なんて嘘で、俺はいいぞ。本人がどう言うかが問題だがな」

 と先ほどの権幕は嘘であったかのような穏やかな表情で言った。

「そうさせてください。俺や貴方の一存で決められるような問題ではありませんから」

「わかった」

 義父殿は下人に由良を呼ぶよう伝えた。

 しばらくしたあと、色鮮やかな袿に身を包んだ由良がやってきた。

「お久しぶりです、義朝さま」

「おう。2年前の約束を果たしに、お前のもとへやってきた。約束を果たすのに2年もかかって申し訳ない」

 関東から持ってきた特産品と上皇様からの御文、そして色とりどりのきれいな直垂を着た武者たちを見せつけたあと、俺は頭を下げた。そして、

「それでも、俺と結婚してくれますか?」

 と聞いた。

 緊迫した空気が、俺たちの中に漂う。

 由良は小さな唇を動かし、

「いいでしょう」

 と答えた。

「ありがとう!!」

「おお、これはめでたい!! みんな、式の準備をしろ!!」

 義父殿は周りにいた神人たちに結婚式の準備を指示した。

 そして正月が明けようとする1月21日に式が行われた。俺と由良は、こうして家族になったのだ。

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