第37話 後日談②─失われし源家の力と救世主─
1
傷が癒え、暑かった空気が少し和らぐ7月の終わり。戦勝祝いの宴が行われた。
体が冷えるとかそういうことは関係なく、酔っぱらった義明や広常は上半身裸になり、下手くそな踊りを楽しそうに踊っている。
踊りが終わったあと、義明は、
「義朝、お前もなんか踊ってくれよ」
と声をかけてきた。
「義朝様の踊り、私も見たいです」
「おお、面白れぇじゃねぇか。踊ってみろよ」
酔いで顔を真っ赤にしていた常胤と時兼は、大きな声で言った。
「突然、踊って、って言われてもな……」
舞踊とかそういうのは全くといって無知だから、急に振られてもどう踊ったらいいかわからないから困る。
戸惑っているところで、義明は半裸になっている広常の方を向いて、
「そうだ。広常。お前ドジョウすくい得意だろ? なら、義朝に教えてやってくれよ」
と言った。
「仕方ねぇな」
よっこらしょ、といって広常は立ち上がった。そして、近くにいた舞人に、蓑を持って来い、と命じた。
おそるおそる舞人は蓑を持ってきた。舞人に礼を言った広常は、借りてきた蓑を持って、
「いいか。ドジョウ掬いってのはな──」
腰をかがめ、腰を振っている感じにように見えるひょうきんな動きをしながら蓑を持ち、ドジョウを探す素振りをし始めた。
宴の一同から起こる笑いの渦。
見ていた義明は、空になった瓶子を転がし、
「あはははっ! 広常最高だな。もっとやれよ!!」
泣きながら笑い転げていた。
期待に応えるように、先ほどやった動きを先ほどの何倍もの速さでやる広常。見て覚えなければいけないこっちも、面白さでつい笑いが噴き出してしまう。
「やってみろよ」
「一応こんな感じか?」
なんとなくこんな感じの動きだったよな、ということのを思い出して、俺は踊ってみた。
「違う、そうじゃねぇ。腰にもっと力入れろ」
「難しいな」
「とにかく練習あるのみ。また踊るから、よく見てろよ」
広常はまた、先ほどの奇妙な動きの踊りを踊った。
正直俺は、面白すぎて、ドジョウすくいを覚えるどころではなかった。
楽しい時間はあっという間に過ぎ、気がつけば丑の刻になっていた。
先ほどまで飲めや踊れやでバカ騒ぎをしていた義明と広常は、大きないびきをかいて眠っている。上半身が裸だから、風邪を引いてしまわないか心配だ。
「こんなところで寝てると風邪ひいてしまうだろうに」
俺は住職から掻巻を借り、それを裸で寝ている家臣たちにかけてやった。
2
広常や義明に掻巻きをかけ、寝床へと行こうとしたとき、
「起きていたか、義朝」
正清に声をかけられた。
「おう」
「最近のお前、なんか楽しそうだな。」
「そうか?」
思い当たる節が、ないわけでもない。
大変なことばかりで参ってしまいそうだけど、いいこともたくさんあった。武芸も人間性も京都にいるときよりも成長した。そして何より、たくさんの仲間ができた。
「表情が、明るくなった」
「お前がそう言うなら、きっとそうなんだろうな」
ここで何か言っても正清には勝てない。
「そういえばお前、広常を見たとき、死んだはずなのに、と言っていたが、あれはどういうことなんだ?」
「それは──」
あのとき力に目覚めてから違和感を感じていることを俺は話した。
力に目覚める前までの世界では、義明も広常も死んでいた。義明が息の根を止めていたのも見たし、広常に至っては自分の目の前で死んでいる。なのに、俺が目覚めたときにはちゃっかり生きている。普通に考えてあり得ない。
「そうか……。って、なんだって!?」
目を見開いて、大きな声で言う正清。
そんな正清に、俺はあの時に起きた一部始終を全て話した。
正清はしばらく黙ったあと、
「ついに目覚めたか、別の世界と俺たちの生きる世界を結ぶ力が……」
とつぶやいた。
「別の世界? 何だそれは?」
「この世界は俺たちが生きている世界だけでなく、いくつもの世界がある。もしこうだったら。そんなことをお前も考えたことがあるだろう?」
「ああ」
「『もしもこうだったら』という世界と俺たちが生きている世界。それをつなぐことができるのが、お前の力だ」
「なるほど」
全てが繋がった気がした。違う世界と繋がれたと考えると、このおかしな事態も少しは受け入れられそうだ。
「かつて時を止める力を持った平将門との戦いで、お前のご先祖様である経基王がこの力を使い、将門を倒すことに大きな影響を与えた。だが、二代目満仲、三代目頼光もこの力を継承することはなかった。そしてその力の存在そのものが歴史の闇へと葬られた」
「なるほど……」
将門がどうだ。経基王がどうだ。歴史の勉強についてほとんど無知な俺にとっては、よくわからない。けれども、感覚でわかったことが一つあった。それは、
「力の使い方次第で全てを塗り替えることができる。そしてその力を欲する誰かに利用されるのを恐れたが故に、経基王はその力を隠した」
ということだ。使い方によっては、この世界を思い通りにできる。自分の思った世界につなぎ、融合できるのだ。権力者にとって、これほどに都合のいい能力はない。
同時に、末法元年から百年後に現れる救世主は一体誰なんだ? という疑問が湧いてきた。
あと十数年で末法の世が始まって100年になる。災害、人心の乱れ。末法に入ってからこれらが増えたと方々の人たちは言う。災害ならわからなくもないが、人心の乱れは悪政によるものであることは確実だ。でも、もし、人の穏やかな心を少しでも取り戻させることができたなら……。ほんの少しでも、この世界が良くなるはずだ。
救世主のことについて、俺は正清に聞いた。
正清は、
「末法の世を救う救世主は、まだ誕生していない。ただ言えるのは、世界と世界をつなぐ力を持った誰かであること。そして、源氏の血を引く誰かであること。これだけは言える」
と答えた。
「源氏の血を引く誰か、か」
誰なのだろうか。俺の子どもや孫の世代の誰かなのだろうか。それとも惣領の息子や孫の世代の誰かか? 武田や足利の誰かか? または清和源氏じゃない村上源氏や嵯峨源氏の誰かであることだって考えられる。もっと捻った答えだと、源氏の姓をもらって臣籍降下した親王や王であることもあり得る。
「正清に頼みがある」
「なんだ?」
俺は、
「その力を、俺の体から取り出してくれ」
と頼んだ。俺にはこの力は必要ない。自分が救世主なんて器ではないのは、俺が一番よく知っている。
「いいのか? お前はその力でみんなを守れたのだろう?」
「ああ。そんな力を使ってまででもして、俺は強くなろうとは思わない」
「本当に、いいのか?」
念押しで聞く正清の問いに、俺は、おう、と答えた。
「それでいい。もしも、この力の持ち主が現れたら、奴らが黙っていないだろうからな。そして、お前の力は使い方次第では神にも魔縁にもなりうる。もし道を違えたら、取り返しのつかないことになる。気の短いお前のことだから、そうでもした方がいい」
「おう。頼むぞ」
「わかった」
俺は突然目覚めた力を正清から取り出してもらい、再び歴史の闇の奥へと葬り去った。




