第35話 鎌倉奪還戦争⑪─終焉─
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「疲れた」
義明を倒したあと、ため息をついたあとに五郎はつぶやいた。
土の巨人になったり、土の兵士を百数体も作ったりしていれば、疲れてくるのも道理だ。
「力が尽きるんだったら、最初からあんな馬鹿げた力なんて使わないで、こうして素手で戦いやがれ」
土の兵を斬りながら俺は、右手に刀、左手には正清からもらった護符を取り出し、五郎に立ち向かおうとした。海に引き付けるのもダメで、体内に入るのもダメ。なら、これしかない。それも幸運なことに、相手があちらから出てきてくれて、体内に入るという手間が省けた。こんな好都合なことはない。
雄たけびを上げ、五郎の肩を目がけて斬りかかる。相手は小具足姿。土の鎧を自分で解くようなことは想定していない。
攻め込む俺を目の前に、五郎は景親にも似た不気味な笑みを浮かべて言う。
「わたしの力で一度死にかけた猪武者がまた偉そうに。五行の力は自然の力。人間が敵うものではない」
「んなもん、やらなきゃわかんねぇだろうが。人間の可能性なめんじゃねぇ!!」
俺は構えていた刀を振りかざし、五郎を斬ろうとした。
五郎は手を上にあげた。今度は何をするつもりだろうか。
「さっきから当たらない攻撃ばかりをしているじゃないか」
「当たらない? 土を操れる俺を目の前にして、まだそれを言うか」
呆れた口調で五郎はそういうと、地鳴りとともに俺の足元の傾斜がいきなり急になり始めた。
地形をも変える五郎の一撃を受け、俺は転がっていった。そして浜に植えられた松に激突した。
頭を強く打ち、少しの間気を失った。
痛い。頭がガンガンする。だが、それでもここでくたばるわけにはいかない。
俺は、立ち上がった。
「いい加減あきらめろ。これで終わらせてやるから、大人しく土に還れ。いや、もっと深い熱した鉄の流れている地獄へと送ってやろうか」
五郎は腕を開いた。
「今度は何をするつもりだ!?」
「あのときお前を地面の底へ沈める攻撃さ。だが、お前は存在自体を抹消したいから、地中にある岩や金属をも溶かす地獄へ送ってやるのさ」
そう言って五郎はにこりと笑った。
ひとまず俺は、五郎の攻撃の効果が薄くなる水中へと向かうべく、海を目指して走った。
波の音が近くなってきた。このまま進めば攻撃の効果は少しは弱まる。
だが、時は遅かった。地面が割れるような不気味な音が聞こえる。
音はどんどん大きくなっていく。気がついたら、足元には深い闇が広がっていた。
闇はどんどん大きくなっていく。
走って遠ざかるごとに、地割れの幅は大きくなっていく。
浜を目の前にしたときには、股を大きく開けて支えるのがやっとなくらいになっていた。
(落ちる)
死を覚悟しようとしたとき、後ろから誰かに突き飛ばされた。
振り向くと、そこには広常の姿があった。
落ちていく広常の手を俺は掴もうとした。だが、落ちていく速さの方が早く、広常は真っ暗闇の中へと落ちていった。
「畜生!!」
やけっぱちになった俺は、叫んだ。
義明、広常、時兼。俺はみんなを救えなかった。誰かを守ると口にしておきながら、誰かに守られてばかりだ。みんなを救えなかったのは、もちろん五郎が俺が弱いからだ。
2
「大自然の力はすなわち神の力。それに人間が敵うわけがない。いい加減諦めろ、義朝。源家に失われしあの力に賭けでもしない限り、お前には勝算はない。大人しく兄を返してもらおう。お前もあの人相の悪いオッサンのように、体が溶けて無くなってしまうのだ」
五郎はまた腕を広げた。先ほどよりも早く。
先ほどよりも早い調子で、地割れは進んでいく。
もう、俺は死ぬのか。
そう思ったとき、頭の中でいろいろ思い出が思い出されては消えていった。
5歳のとき親父を超えたこと。清盛の家に保護されたこと。母方の祖父の勧めで源氏の宗家に修行へ行ったこと。インチキ聖をしめたこと。そして、家を出てたくさんの仲間に出会えたこと。
──俺は、まだ一人じゃない。
たくさんの人たちの力があって、ここまでやって来れた。みんなからもらったものは、絶対無駄にはしない。生きろ、俺。絶対に生きて帰るんだ。
義明、時兼、広常。お前たちは付き合いは短かった。けれども、一緒にいられた時間は、楽しかった。お前たちの仇は絶対に取ってやるからな。そして正清、祐継と一緒に鎌倉を立派なところにしてやる。
棟梁、清盛。そして由良。絶対に生きて帰って来るからな。情けないなんて言われるのは、ゴメンだ。
「五郎、貴様は絶対に殺す」
「やれるものならやってみろ。まあやったところで、無様に終わるのが関の山だろうがな」
「んなこた承知だ」
南無八幡大菩薩。源氏の氏神よ、俺に力を貸せ。目をつぶって心の中で俺は祈った。
祈った後、目を見開いた俺は、
「貴様のその厄介な力無くなれ!」
ダメもとで俺は叫んだ。
叫び終わったあと、五郎の周りに透明な壁がで現れた。
「畜生、覚醒しやがったか」
突然の出来事に動揺する五郎。
透明な壁は、五郎をすり抜け、消えていった。
先ほどまで五郎を守っていた土が消えていく。土の兵隊がただの土に戻っていく。
地面に手をついた五郎は、
「土たち、この俺に力を貸せ」
と叫んだ。
だが、先ほどのように体全体にまとうことや不死身の土の兵士を作って俺を止めることもできない。ましてや、先ほどのように地割れを起こして俺を奈落の底へ落とすこともできない。
「くそ、力が使えない。源家に失われし力。もしや、お前が末法の世の終焉を告げる救世主か? いや、違うか。末法の世を終わらせる救世主は、末法元年から100年後に現れるはず……」
力が使えなくなって、慌てる五郎。末法元年、救世主。一体何のことだ?
「んなこと知るか」
腰に帯びていた刀を抜いた俺は、五郎をへと向かった。
慌てて刀を抜き、俺の一撃を防ごうとする五郎。
だが、五郎の一撃よりも俺の一撃の方が少し早かった。月光に光る白刃は黒い血しぶきとともに首を刎ね飛ばした。五郎の首は鈍い音を立てて地面へと落ちた。
「やっと、勝てた……」
喜ぶ暇もなく、刀を手にしたまま俺は倒れた。
【解説】
末法……仏教において、釈迦の正しい教えが失われ、混沌とした世の中になること。正しい教えが伝わる正法、形だけの教えが残る像法を経て末法に至るとされている。日本では永承3(1052)年を末法元年とした。




