第33話 鎌倉奪還戦争⑨─景義VS景親─
1
睨み合いが少し続いたあと、八双に構えていた景親は左袈裟に斬りかかった。
信眼の構えの融通の利きやすさを利用し、一の太刀を景義は防いだ。
斬ったり避けたりを10回ほど繰り返したあと、鍔迫り合いとなった。
「助けに行かないと」
俺は刀の柄に手をかけ、助太刀をしようとした。
殺気走る俺の肩を、広常は強くつかんで言う。
「その必要はねえ。見届けてやろうぜ。男同士の戦いをよ」
「なぜ、父の遺言を破った」
攻撃を防ぎながら景義は問いかけた。
微笑を浮かべた景親は、景義の問いに
「何を言っている。守ったではないか。その証拠に、義朝が本陣に来た時、弟の義広を見せた」
と答えた。
「あいつは、鎌倉殿でも何でもないだろ。ましてやただの三男のごく潰し」
「でも、源氏の血はしっかり引いている。棟梁じゃなくても、貴種は貴種。利用価値はあるさ。お前もそれをわかっていたから、流浪の源氏の長男を祀り上げたんだろう」
「ううっ……」
景義は言葉に詰まった。
自信に満ちた口調で景親は、
「俺はお前が義朝と出会う前から、工作をしていた。父が死ぬと悟ってから、今の源氏の棟梁と密かに連絡を取り合っていた。大庭家の次期当主になるためにな。その際、同じ日同じ母から生まれた兄弟であるお前が邪魔になった。お前だって、俺のことが内心邪魔で邪魔で仕方なかっただろう。俺だって、お前が俺のことを邪魔だと思うのと同じくらいにな。そして俺は、今の源氏の棟梁を通じて太閤殿下に取り成しをしてもらい、お前を倒す大義名分を得た。もしものことがあることも考え、武田や佐竹、足利や新田といった源氏の庶流と同盟を結び、しっかり準備をしておいたというわけだ。そして、あの日、お前を鎌倉から懐島へと放逐し、都から迎えた帯刀先生 義広を盟主に俺は実質的な鎌倉の主へと成りあがったというわけだ」
と語って高らかに笑った。
(親父め、ろくでもないことを)
やっぱり親父が絡むとろくなことがない。
「まあ、あの男はいずれ捨てるつもりでいたがな。鎌倉の主は、鎌倉権五郎景正の一人で十分!」
「それだったら、捨てているも同じだ」
景親の攻撃を防いだあと、景義は空いている胸元に刺突を入れようとした。
景親は攻撃をかわし、胴に一撃を入れようとした。
胴に入ろうとしていた一撃を、景義は防いだ。だが、防いだところへ、蹴りが顔面に飛んだ。2、3間ほど景義は吹き飛ぶ。
痛みで攻撃できないところへ、追い打ちをかける景親。景義の顔面や首元に拳打や蹴り、斬撃を入れてゆく。
青痣だらけ傷だらけ血まみれになった景義は倒れた。
倒れた景義に景親は、
「相変わらずバカだな。忘れたか。生まれた順はお前の方が先だが、頭と戦闘力は俺の方が上だということを忘れたか?」
と言い残し、
「次はお前らだ。源義朝、三浦義明、上総広常」
景義の血で真っ赤に濡れた刀を構え、俺たちの方へ向かっていった。
2
「望むところだ」
景親の放った一撃を俺は受けた。子どもにしてはなかなかやる。殺すには惜しい逸材だ。
五合ほど太刀を交わした。
景親の太刀は、確実に急所を狙ってくる。
俺は一度体勢を立て直して、力業で景親を追い詰めた。
さすがに景親もまだ子供だったということもあってか、15歳の俺の力と知恵、経験には勝てず、足は後ろへ後ろへと後退していった。
「覚悟しろ」
あと一歩のところまで景親を追い詰めた。首を刎ねれば俺の勝ちだ。
刀を八双に構え、景親の首を斬ろうとしたそのとき、
「手を出させはしない」
景義の声がした。
血反吐を吐いて、景義は立ち上がり、
「そんなこと、一緒に暮らしていたおれが、一番よく知ってるさ」
と言って、よろよろとした足取りで手放した刀を手に取った。
息が切れているところ。いくつも深い傷を負っているところ。もう限界が来ている。何としても辞めさせないと、景義が死んでしまう。
「もう辞めろ、景義」
俺は苦しそうに立ち上がる景義に向かって叫んだ。
「ごめん。でも、それはできない。これは兄弟の問題だから」
「どうしてだよ? もうお前の体は──」
限界なんだぞ、と言おうとしたとき、俺は広常に羽交い絞めにされた。
「広常、何すんだよ」
「あいつもお前の郎党なんだろう。信じてやれよ」
「でも、あいつの体は限界なんだぞ」
「んなこた、俺も分かってら」
俺の言い訳を一喝した広常は続けて、
「俺も、義明も、みんなそうして強くなってきた。お前だってそうだろう?」
と言った。
言い訳の言葉が思い浮かばなかった。俺にも何度か、戦いの中で生と死の境をさまよったことがあった。
子どものころにやった武芸者との戦い、初陣、正清(父)との戦い、石橋山での戦い、広常との勝負。思い返してみれば、何度も生と死の境をさまよっていた。そしてどんどん強くなった。
強くなった分、誰かを守れる自信と誰かを守ろうとする意思が、強くなった。だが、思い返してみれば、その思いが強すぎて、誰かを信じて戦うことができなくなっていた。
(そうだよな)
そうだ。あいつだって一人の武士だ。それも、鎌倉権五郎の血を引く立派な。きっとやってくれる。今の自分にできることは、そう信じて景義の勝利を祈ることだけだ。
「ああ」
俺はうなずいた。
「そうだろう。あいつの勝利を信じて、ここで見守ってやろうぜ」
広常は先ほどまで締めていた腕を外し、俺を解放した。
必死の思いで立ち上がり、刀を握る景義。体自体はもう限界だが、瞳には強い意志を感じる。
よろよろになって立ち上がる景義に、愚かだ、と言わんばかりに嘲笑う笑みを浮かべた景親は言う。
「よろよろのお前に勝ち目なんかない。大人しく首を刎ねられろ」
「そんなことしたら、命をかけてここまでやってくれたみんなに申し訳が立たない!」
晴眼に構えた景義は、まだ体力に余裕のある景親に斬りかかった。
力尽きようとしている少年の一撃は、まだ体力に余裕のある少年の一撃に弾かれた。そして脛を突かれた。
必死に痛みをこらえる景義。悲痛な叫び声が、戦場にこだまする。
「とどめだ!」
景親は八双に構えていた刀を唐竹に振った。
脳天へと刃が落ちようとした刹那、景義は血だらけになった手で、景親の刃を受け止めた。そして力技で剣線を左下に下げようとした。
「白刃取りか。そんな応急処置みたいな技で勝てると思うのか」
受け止められた刃の剣線を、景親は元に戻そうとする。
剣線を下げようとする景義と元に戻そうとする景親。力と力の争いはしばらくの間続いた。
景親の剣線が元に戻ろうとしたとき、景義は受け止めていた刃を喉元目がけて押し返した。
「うっ……」
喉元に強い一撃を受けた景親は、そのまま倒れた。
「やった」
自分よりも優秀な弟を倒したあと、景義はばたりと倒れた。
3
長い戦いに俺たちは勝利した。正当な後継者景義のもとに、鎌倉が戻ってきた。
「勝った。勝ったぞ!」
大きな声で俺は、勝利宣言をした。
気絶した大将を見捨て、各々で逃げまとう景親の軍勢。
この好機を見逃すことなく、俺たちは追撃をした。そして鎌倉の平野部一帯から、景親の軍勢を追い出した。1年間戦い続けた努力が、ついに報われた。
「みんなよくやった。勝どきを上げるぞ! エイエイ──」
俺が勝どきを上げようとしたとき、地鳴りがした。
「何だ!?」
勝どきを上げ、めでたい雰囲気から一転、不安な空気が広がり始めた。ただの地震であればいいのだが。
内心何があったんだと混乱していた俺。だが、ここで俺が取り乱したら士気に関わる問題になってしまうので、とりあえず落ち着くように言った。
「おい、あれ見てみろよ......」
義明は北にある山の方向を指さした。このときの義明の顔は、いつもより青白い。
俺と味方一同は、義明の指さす方を見た。
そこには、体が土でできた巨人が立っていた。土の巨人は歩いてこちらへ向かって来ている。
「このまま終わるわけにはいかないか......」
俺は護符をもらったときに正清から聞いた、
「それに、あっちには五行の土の力を持った奴もいる。気をつけろ。危ないと思ったら、すぐに逃げろ」
という言葉を思い出した。
義広戦で頭をかなり回したり、景親・景義の兄弟対決で胸が熱くなったり、勝利の喜びで胸いっぱいになったりしていて、相手に五行の土の力を持った者がいることを忘れていた。何たる不覚。
目を覚まし、立ち上がった景親は、狂ったような大声で笑い、
「みんな死ねばいいんだ! 五郎、みんな死ねば勝者なんていない、俺たちもろともやってしまえ!!」
と叫んだ。
どうやら景親は、土を操る能力を持つ五郎を鎌倉の北にある山に忍ばせておいていた。俺たちが勝った時に備えて。
「面倒なことになりやがった。みんな、ひとまず退却するぞ」
身の安全のため、俺たちは退却をすることにした。




