第30話 鎌倉奪還戦争⑥─景親の居場所を暴け!(後編)─
1
正清と道満の弟の戦いが始まって半刻ほどが経過した。
鉄を引き付ける力を封じられ、実力だけで戦う正清。
対する道満の弟は、力で狼と人間両方の力を併せ持った形態になって、正清を追い詰めていく。噛みついたり、長くなった爪で引っかいたりして。
戦況は、道満の弟の方が有利だった。正清に噛みついたり、引っ搔いて鎧の弱点となる引き合わせの緒や肩上の紐の部分を斬ったりして、身体に傷を負わせていく。
「どうした、正清」
腹部と肩、左腕に傷を負っている道満の弟は聞いた。結構深そうな傷を負っていても、息を切らしたり痛がったりする様子は無い。普通の人間なら、あれだけの傷を負えばもう倒れているだろう。
「さすがに、動物の力を持っているだけあって、貴様は強い。これだけ斬られても、平気でいられるのだからな」
息を切らしながら正清は答えた。体中傷だらけで、破壊された鎧の下に着ていた鎧直垂は、血で真っ赤に染まっている。
「言っただろう。動物の力を持つ俺たちのような力の者は、生身の人間よりも強いと。なんなら、もう一つの形態に変身してもいいんだけどね」
「全部畜生になるのか」
「そういうことさ。なら、冥途の土産にこの場で変身してやろうか?」
道満の弟は、再び変化をした。今度は完全な狼の姿になった。そしてそのまま走って飛びかかり、正清に噛みつこうとする。
正清は道満の弟の噛みつきを避けた。
「そのまま噛みつくと思ったか!?」
噛みつき攻撃を外した道満の弟は、フサフサの尻尾で目つぶしをした。そして、肩に何回も噛みついた。
苦悶する正清。ここで助けに入りたいが、道満の弟に金縛りの術で動けなくされているので、助けに行くことができない。
気を失ったのを確認した道満の弟は、俺の方へと向かい、
「源義朝。狼たちに喰われる前に言っておくけど、伊東祐親の傀儡を操っていたのはこの俺だよ。土人形を作ったのは景親の弟の方だけどな」
と言い残した。やはり、陰陽師である道満の弟が操っていたのか。
2
「おーい、正清、持ってきたぞ!」
大量の刀剣を持ってきた義明と祐継が帰ってきた。
目の前には大量に血を流し、倒れている正清とかじりつこうとする大きな狼の姿があった。
「そ、そんなぁ……」
「お前ら遅かったな。もう、正清は死んだ。次は貴様らの番だ」
狼の大群がやってきた。
狼の大群は、兵士たちの首元や腕に噛みつき、次々と戦闘不能にして、その死肉に喰らいついた。
「お前ら、ここにいる鬱陶しい奴らを殺してしまえ。殺した人間は好きに食べていい」
「なら、正清に代わって俺が術を解く」
「やってみろ」
義明は矢を放った。
狼となった道満の弟は、義明の強弓を軽々とした身のこなしで避けていき、義明の弓の弦を爪で切り裂いた。
「お前はもう狼の群れに食われて死ぬんだ。大人しく死ね!」
「こんなところで倒れてたまるか!」
義明は刀を抜いて、道満の弟に斬りかかった。
「貴様から死にに来るとはな」
完全な狼となっている道満の弟は、吠えて仲間を呼んだ。
狼の群れは義明に群がり、噛みつこうとする。
「うっとうしいな」
義明は刀を払いながら、狼を追い払った。
だが、斬っても追い払っても、飢えた狼たちは次々と義明に襲いかかってくる。
「畜生」
狼の大群から、義明は逃げた。
匂いを追跡し、全速力で迫りくる狼たち。
鎧を着ているので、
「こりゃ、死ぬしかないか……」
諦めて狼の餌になって死のう。そう義明が思いかけたとき、先頭の狼の頭の上に刀が刺さった。そして、後ろの狼の頭にも刀が切っ先から刺さって死んでゆく。
「何が起きたんだ!?」
義明は周りを見渡してみる。
頭の上に刀が刺さった狼の死体の向こう側には、先ほどまで気を失っていた正清の姿があった。
「正清! 生きてたのか!」
「お前たち、よくやった」
そう正清が言ったあとに、
「磁力付与、浮遊」
とつぶやいて右手を上に上げた。
手を上げたとき、この場にある刀剣や薙刀は正清の元へと吸い寄せられていった。吸い寄せられた薙刀や刀を天に上げてゆく。上げた刀や薙刀は、不思議なことに宙に浮いている。
「まさか!?」
「その、まさかだ」
「そんなことをしたら、ここにいるみんなが死ぬぜ。俺も、お前も、そして、ここで不動金縛りの術にかかって動けないお前のバカな大将も」
「わかっている」
磁力解除、とつぶやいて正清は浮いていた刀剣を落とした。
狼たちの背後に次々と刀の切っ先が突き刺さっていく。
「うわあああああっ!!」
道満の弟のところにも、正清が降らせた刀剣が刺さってゆく。
まずいと思った道満の弟は、先ほどの狼と人間が混じった形態に戻った。そして、体に刺さった刀や薙刀を引き抜いた。
痛がりながら、刀や薙刀を引き抜く道満の弟に情けをかけることなく、正清は再び刀や薙刀を引き寄せて宙に浮かべ、再び落下させた。今度はしっかりと列を作っている。そして、
「磁界」
と叫んだ後に刀を投げた。
投げた刀は、どんどん早くなっていってる気がする。
どんどん加速していった刀は、そのまま道満の弟の胸を貫いた。
胸に深く刺さった刀を正清は抜き、道満の弟の首を斬った。
すさまじい断末魔が廃寺の周りに響き渡ったあと、血粉末と鈍い音とともに狼と人間の特徴を持った異形の少年の首が落とされた。
3
(息苦しさが、無くなっていく)
術をかけられてから感じていた、痺れや息苦しさが、少し少し無くなっていった。道満の弟が討ち取られてからは。
半刻もしないうちに、手足が動かせるほどに回復した。
金縛りの術が解けた俺はすぐさま、地べたに跪いた正清のところへ駆けつけた。
「大丈夫か!?」
「これだけの怪我は、覚悟の上だ。道満の弟相手に命があるだけ、安いモンだ」
「これで、術は解かれた」
「ありがとう。正清、お前はゆっくり休んでろ。景義は必ず助ける」
「お守り程度だが、これを持っていけ」
正清は巾着袋から護符のような紙切れを何枚か取り出し、俺に渡した。
「何だ、これは!?」
「神通力を持っている人間の力を使えなくする札だ。これを貼れば、一時的に相手の力を封じることができる」
「いや、正清、これはお前が持っていた方がいい。刺客がいつ、どこで襲ってくるかわからないからな」
先ほど渡された護符を、俺は正清に返した。
だが、正清は押し返して、
「さっきの戦いを見ていてもわかっただろう? ああいう力を持った人間との戦いは、普通の人間とのそれよりも過酷だ。俺のような物質そのものを作り出したり、物や現象に影響を与えたりする力の持ち主なら、外れもそれなりにいるから、工夫次第で何とかなるかもしれない。だが、さっきみたいな獣の力を使うやつが出てきたら厄介だろう?」
俺に再び渡した。
言われてみれば、確かにそうだ。景親の本陣に攻め込んだとしても、道満の弟のように力を持った存在がいないとは限らない。
「そうか。じゃあ、受け取っておく」
正清が渡した護符を、俺は受け取った。
「それに、あっちには五行の土の力を持った奴もいる。気をつけろ。危ないと思ったら、すぐに逃げろ」
「おう」
そう言って、俺は義明や祐継のいる方を向いた。
「行くぜ、みんな!」
「おう」
武者たちの声が聞こえる。景親の陣は、すぐそこにある。




