第27話 鎌倉奪還戦争・序②─三浦義明vs衝撃吸収男─
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忍者部隊との戦闘を終えたあと、由比若宮の近くにある景親の屋敷へとたどり着いた。
だが、屋敷には誰もいなかった。
閑散としている屋敷の中には、主を失った母屋と笹竜胆の紋が入った脇息や畳などの生活感を感じるものが置かれている。
「誰も、いない……」
普通一軍の大将というべき者は、守るべき場所でどっしりと構えているものだ。だが、生活道具を一式残したまま逃げている。鎌倉へと攻め入る俺たちの快進撃を知って逃げだしたのだろうか?
「俺みたいに逃げたかこの屋敷を捨てたのかどちらか一つだろうな」
「でも、屋敷の前には景親の兵士たちがいたじゃないか」
「ああ。いたのは確かだ」
「となると?」
俺の質問に義明が答えようとした矢先、屋敷の築地の向こう側から、大庭家の家紋が描かれた白旗が見えた。しまった、はめられたか!
屋敷での籠城を覚悟したとき、
「久しぶりだなぁ! 源義朝!!」
どこかで聞き覚えのある声が聞こえた。
振り返ると、そこには北条家を襲ったときに謎の力を使って俺を気絶させた中年男がいた。
中年男は隊列の前に出てきて名乗りを上げる。
「我こそは大庭景親が郎党赤金丸。その首次こそ取ってやるぞ」
「赤金丸か。いいだろう。相手になってやる」
腰に帯びていた刀の柄に手をかけ、赤金丸に一太刀浴びせようとしたとき、
「辞めとけ」
義明に制止された。
「どうしてだ?」
「ゆっくり休んでな」
「あいつは俺が」
「主君の守るのが臣下の仕事。全部自分で背負いこまねぇで、たまには人に任せることができるってのも、立派な大将の器だぜ」
「そうか。ありがとう。任せた」
「おうよ」
弓を持った義明は赤金丸の前に出た。
「義明、少し待ってくれ」
「どうした?」
「あの男は、相手から受けた衝撃を吸収し、それを攻撃した相手に放出することができる」
「なるほど。いわゆる『人間離れしたヤツ』ってことか」
赤金丸の方へ向かって、義明は弓を構えた。
「臣下の者を俺の相手に選ぶとは、俺様も随分なめられたものだ。その代償として、お前らを待っている間に溜めた衝撃、喰らうがいい!!」
矢をつがえようとした義明は、赤金丸の放出した衝撃を受けて吹き飛んだ。だが華麗に着地し、矢をつがえ、
「へっ。大したことないな」
と吐き捨て、矢を放った。
「私に痛みを与え続けるということがどういうことかわかってやってるのか?」
義明の放つ矢を、赤金丸は受け続ける。余裕そうな表情の中に、どこか苦しそうな部分も見受けられる。
「そんなことは知らねぇ。それよか、矢を避けないでいるのは痛いだろ?」
「痛い。だが、俺の体に衝撃を蓄積させ、それを相手に放出するのが俺の神通力。どんどん矢を撃て。後でその痛みを倍にして返してやる」
「お望み通り、たくさん喰らわせてやるよ」
次々と義明は矢を放った。籠手の甲と布地の継ぎ目、障子板と肩の間、揺るぎの緒の部分。鎧では防ぎきれないところをひたすら狙う。
ひたすら狙っているうちに、義明の背負っている矢筒からは、矢が一本だけになってしまった。
「しまった。矢が一本しかねぇ……」
義明は窮地に立たされた。勝負は残った一本の矢で決めないといけない。
「おい、義明、もう矢が1本しかないぞ。退け」
「大丈夫。俺を信じてくれ。ここで退いたら、俺の矜持に傷がつくからよ」
「なら、絶対仕留めろよ」
「おう」
弓矢を構えるのを辞めた義明は、赤金丸の様子を見ることにした。
赤金丸は苦しそうな様子を見せつつ、にやりと笑って、
「ここでお前の命運は尽きた。死ね、三浦義明!!」
手のひらを出し、溜めた衝撃を放出しようとした。だが、衝撃を放出する途中で男の顔色が悪くなった。自分の体に何かしらの異変があったのだろうか? いや、それよりも、これだけの矢傷を受けて平気で耐えていられる異常な精神力と耐久力には驚きを隠せない。やはり、人間離れしている奴らは、何もかもが異常だ。
自身の体の異変を察知した赤金丸は、
「どうやら、相手から受けた衝撃を、吸収し過ぎたようだ。景親様と義広様のために、義明と義朝は、ここで、仲良く死んでもらう。死ね!!」
俺の方へ向かって走ってきた。死ぬ間際に先ほど受けた矢の衝撃を俺に与え、討ち取ろうという考えらしい。追い詰められた人間らしい狂気じみた思考。このまま動かないでいたらやばい。
ひとまず俺は、赤金丸から逃げ出した。
「待て!」
痛みをこらえながら、赤金丸は追いかけてくる。
想像以上に速い。
ある程度俺に近寄り、赤金丸は手のひらを出し、義明の攻撃で蓄えた全衝撃を放出しようとした。
「させるか!」
とっさに最後の1本となった矢をつがえた義明。狙いを定め、矢を放つ。
矢は甲高い音を立てながら宙を駆け、赤金丸の胸部を貫通した。
「うっ……」
耐久力の限界を迎えた赤金丸は、ばたりと倒れた。傷口からはおびただしい量の血が流れている。
「なんだか、あっけない最期だったな」
自分を一度は倒した男が、こうも簡単にくたばってしまうとは。
「どんな能力者でも、自分が無敵だと思い込んだり、相手をバカにしたりするのは、戦いに生きる人間にはあってはならないこと。これはお前のような能力者でも、俺のような凡人でも同じことさ」
「そうか」
義明の言葉に、俺は共感した。
誰よりも強い力、誰も持っていない力を持っていると、人間は自分が最強だと思い込んでしまう。だが、強さを求める者たちは、自分の腕を常日頃から磨いている。弱い者は弱い者で、自分の弱さを知り、自分に向いた生き方や戦術を考えている。そうしたたゆまぬ努力や知恵が、時として最強の人間を破ることだってある。だから、相手が自分よりも弱いからという理由で侮ってはいけないし、自分がこの世で一番強いと思いあがってもいけないのだ。
「まあ、ここであれこれ考えていても時間の無駄だ。さっさと残党片づけて探そうぜ、景義を」
「ああ」
俺と義明は軍勢を率いて大庭邸にいた赤金丸の残党を掃討した。
2
赤金丸の手勢を壊滅させたあと、亀ヶ谷から攻めた正清の手勢と合流した。
「どうやら、勝てたようだな」
「ああ」
「それよりも何だ、あの死体は?」
正清は先ほど義明が倒した赤金丸の遺体を見た。
「あの死体は──」
先ほど起きた義明と赤金丸の戦闘の一部始終について、俺は語った。
「なるほど。義明がかつてお前を倒した衝撃を吸収しそれを相手に返す能力を持った人間を倒したと」
「そういうことだ」
「ちょっと待ってろ──」
そう言って正清は巾着袋の中を開けた。巾着袋の中から取り出したのは、紙を切り抜いて作られた人型だった。頭部には梵字が書かれている。
「何をするんだ?」
「まあ見てろって」
正清は人型を矢がたくさん刺さった赤金丸の死体に近づけ、祝詞のようなものを唱え始めた。
祝詞のようなものを唱え終えたあと、
「できた」
と言って人型を死体から遠ざけた。そして人型を俺に見せ、
「お前もなってみるか、異能の者に?」
と聞いてきた。
「辞めておく。俺はそういうのを使ってでも強くなろうとは思わないから」
「そうか。お前らしいな」
正清が人形を巾着袋の中へ入れようとしたとき、四つの菱形が描かれた紋を染めた白旗をたなびかせた一団が、こちらへと入ってきた。
「誰だ!?」
誰の軍勢なのか、俺は聞いた。白旗に四つの菱。佐竹義政と同じように、源氏の関係者であることは察しが付く。だが、四つの菱が一つの菱形をなしている家紋は、この辺ではあまり見ない。
軍団の中から、緑や青でおどされた立派な鎧を着た目つきの鋭い男が出てきた。男は、
「私は武田清光。甲斐国の住人でかつ源氏の正当継承者だ」
と答えた。




