第26話 鎌倉奪還戦争①─源義朝vs忍者─
1
「懐島で景義を殺し損ねた忍びさ」
柿渋色の忍装束を着た忍者は言った。やはりあのとき逃げたあの忍びだったか。
「改めてここで勝負を着けよう」
俺は持っていた刀の切っ先を忍びに向け、構えた。
「いいだろう」
苦無を持った忍びは走って俺の方へ向かってきた。
忍びの一撃を俺は持っていた刀でうけた。
刀を受けているときにできる一瞬の隙を突いて、顔面を狙って拳を繰り出してきた。
忍びの拳を、俺は空いている片方の手でうけた。
「貴様、腕を上げたな」
「忍者対策を何もしてなかったとでも思ったか?」
上総広常の対策よりもずっと前から、忍者を想定しての訓練はやっていた。
景義から忍者はどのような武器や戦術を使って戦うかを聞いたり、拳法の使い手や接近戦に優れた者たちを想定した訓練をしたりして、忍びへの対策をしっかり立てた。ここで負けたら、この一年間の努力が水の泡になってしまう。
苦無で刺そうとしてきたところを刀で受け止めた。
次の攻撃を読んでいる隙を突いて、忍びは喉元を狙って蹴りを入れようとした。
紙一重で俺は忍びの攻撃をかわし、股間に蹴りを入れた。
だが痛がる素振りもなく、忍びは俺の顔面に拳を入れる。
「待っていたぞ、このときを」
忍が三撃目を入れようとしたとき、俺は首を狙って斬りかかった。
忍は紙一重のところで俺の斬撃をかわした。だが、斬ったときの風圧により斬れたのだろうか。顔面を覆っていた覆面が斬れた。
2
黒い布に覆われていた顔には、大きな火傷の跡があった。
「この野郎......」
怨嗟を効かせた
「待て!?」
逃げる忍びを追いかけるべく俺は走った。
だが、忍びは足が速いためか、すぐに見失った。加えて忍者部隊全員が同じ黒装束で、全員顔を隠しているため、誰が誰だか判別できない。
(どこへ逃げた……)
前、後ろ、左右、上下。確認できるところは全て確認した。それでも、先ほど戦っていた忍びは見つけられない。
(さては、俺の強さにおびえて逃げたな。前みたいに)
追いかけるのを辞め、他の忍びの始末をしようとしたとき、足に何かに引っかかれた痛みが走った。
引っかかったところを見てみると、獣に引っ掻かれたときにできるような傷ができていた。
まさか、と思った俺は目の前を見てみると、先ほどの顔に火傷のある男がいた。手の甲には血で染まった鉤爪をはめている。
冷えた目つきに怒りを浮かべた忍びは、鉤爪を構えて言う。
「お前はこの世で最も見てはいけないものを見てしまった。その罰として、ここで我が爪の餌食となってもらおう!!」
「別にお前の顔なんて人様に見せられないような醜男じゃないだろ」
「醜男だろうがそうでなかろうが関係ない。我々のような陰の者たちにとって、名前や顔を知られるのは、髻を斬られるのと同然。お前たち武士だって、恥をかかされたらその相手に仕返しをするだろう? それと同じことさ」
手に鉤爪をつけた忍びは、俺の前へ突撃した。
この前戦ったときよりも早い。そして繰り出される一撃一撃は、脇の下、籠手の裏、引き合わせ緒といった鎧では防ぎきれない場所や弱点、人体の急所を的確に狙ってくる。
腰刀を抜き、二刀流で俺は忍者の鉤爪攻撃に対抗しようとした。
「どうした義朝。攻撃はしてこないのか? というより、攻撃できないのか。俺が速すぎて」
「それはどうだろうな」
正直なことを言えば、動きが速すぎて、防ぐので精いっぱいだ。おまけに先ほど斬られたところが痛い。それでも何とか、忍びを倒す方法を思いつかないといけない。
戦っていてわかるのだが、忍びの使っている使っている鉤爪は接近戦には向いている。今戦っている忍びには、素早さと気配を消すという二つの強みがあるから、より武器の特性を活かした戦い方ができる。
──どうにかして、相手の間合いに入らずに倒す方法はないだろうか。
無い頭を必死で回転させて考えてみる。火傷の忍びの攻撃を防御しながら。
最初に得物を今持っている刀から薙刀に変えて戦うということを考えた。死んだ兵士が使っていた薙刀を上手く使って形成を逆転するのだ。だが、相手は素早い。武器を探しているときに隙を突かれ、死んでしまうかもしれない。
次に、投石で地道に攻撃し、弱らせてゆくという方法を考えた。一見無意味そうではある投石。だが、周りのものを武器にして戦うとなると、一番安価な戦い方になる。急所に当たれば、確実に相手を殺したり気絶させたり致命傷を与えたりすることができる。また、仮に急所に当たらなかったとしても骨くらいは折ることができるから、倒せないことはない。しかし、手ごろな石がこの辺りにはない。あったとしても枯れ葉で埋もれているから、こちらの戦術も探している隙に殺される可能性がある。
──もう詰みか。
これ以上戦い方が思いつかない。でも、ここで諦めたら終わりだ。
必死で今すぐにできる相手の間合いから離れていてもできる攻撃のし方を考えた。
(あ、そういえば、惣領がこんなことをしてたっけな?)
不確かではあるが、子どものころ惣領と剣術の稽古をしていたときのことを思い出した。
あのとき、惣領を俺は限界まで追い込んだ。今思えば弓も鎧三枚平気で貫通させてたり、刀を持てば戻し斬りという高度な技術を使ったりできるから、そのときは手加減をしていたのだろうが。
俺は惣領をあと少しのところまで追い詰めた。いけると思って木刀で斬り込んでいった。だが、惣領は何歩か引いて、いきなり木刀を投げだした。
俺は避けようとした。だが、飛んできた木刀の方が速かったようで、切っ先が腹部へと直撃した。
あまりの痛みに少しの間、俺は立ち上がれなかった。
立ち上がれなかった俺に向かって惣領は、いつもの優しい口調で、
「世の中には、いろんな戦術を使って戦う者たちがいます。もちろん正攻法、いや戦いを避けられれば、それでいいです。しかし、世の中には君のような正攻法が通じない人間もいます。そうした人間と戦うときに必要になってくるのが、常識に囚われない柔軟な発想力なのです」
と諭した。
子どものときは、そんなの反則だ、と思っていたが、いろんな武や戦術を使う者たちと戦う経験を積んだ今の自分には、惣領の言いたいことが身に染みてくる。
(これだ!)
俺は走って逃げだした。一か八かやってみる価値はある。常識の欄外の敵には正攻法だけではまず勝ち目がない。
「忍びから逃げるなんて、訓練も受けていないお前には不可能」
ものすごい速さで忍びは追いかけてきた。
「今だ」
間合いに入らない距離で俺は腰刀を投げた。刺され! と心の中で強く願って。
「とうとう血迷ったか」
飛んできた腰刀を忍びは鉤爪で落とそうとした。
だが、俺の飛ばした腰刀の方が少し早かった。
俺の飛ばした腰刀は忍びの脇腹に深く刺さった。刺さった傷口からはとくとくと血が湧き出ていく。
「勝機あったな」
忍びが痛がっているところへ踏み込み、袈裟に斬りつけた。
3
刺さった腰刀を抜き、血払いをして、俺は刀を鞘へと納めた。次の敵を倒しにいこうとしたとき、
「待て」
と傷のある忍者に声をかけられた。
「どうした? もう勝負はついてるぞ」
「今日大庭景義の処刑が行われる。急ぐんだな」
「場所は、どこだ?」
「さすがに俺も隠密。敵に機密をベラベラしゃべるわけにはいかない」
「そうか。そこは抜かりの無いのはいいことだ。俺から最後に言っておくが、お前との戦い、楽しかったぜ。最後に名前くらい教えてほしいもんだ」
「それは俺もだぜ。名前は、賢至だ」
「賢至か。いい名前だ。他に、言い残すことはないのか?」
そう俺が聞くと、賢至は自分の血で真っ赤になった顔に喜ばしそうな笑みを浮かべ、
「お前との戦い、俺も楽しかった。武士の中にも、奇抜な戦術を使う俺たちと対等に渡り合えるやつがいたなんて初めてだ」
と言った。
「そうか。まだ、言い残すことはないか?」
血払いをしていない刀を賢至の首に当て、俺は聞いた。
「ない」
「わかった。じゃあな、賢至。もし俺が地獄に来たら、一緒に語り合おう」
虫の息となった忍者部隊の隊長の首を俺は跳ねた。




