第25話 関東の義朝㉔─鎌倉上陸─
1
川を渡った俺たちは、歩いてすぐ近くにある浅草寺へ足を運んだ。
浅草寺には、豊島清重や渋谷重国といった南武蔵の源氏派の武者たちが顔をそろえている。
「そういえば、とんでもない大物が降伏してきたよ」
「誰だ?」
豊島は隣にいた重国に目配せをした。それを察した重国は、手を叩いて下人を呼んだ。
下人は縄で縛られた15、6歳くらいの少年を連れてきた。囚われの少年はどこか、俺に少し似ているような気がした。
少年は、
「私は下野国足利荘の住人で源義国の血を引いている足利義康。お前の従兄弟さ」
と名乗った。
「俺は源義朝。初めて会うな」
このとき俺は、初めていとこと会った。
親父に何人か兄弟がいることは聞かされていた。だが、ほとんどは疎遠になっているので、会ったことは一度もない。
その他の遠い親戚なら、宗家の頼政やその息子くらいしか会ったことがない。
「お前、いとこと会うのは初めてか?」
「ああ」
「そうか。実は俺以外にも、お前のいとこがいる。そいつは俺の足利と隣同士だが、仲が悪い。そいつが今、お前たちの命を狙って大軍を率いて武蔵へ攻めようとしている」
「何!?」
「そいつは誰だ?」
「新田義重さ」
「新田義重、か」
新田の名前は関東に来てから度々聞いていた。まさかそれが、俺のいとこの数あるうちの一人だとは、思いもしなかった。
「でも、どうして仲が悪いんだ?」
「お前も知ってるだろうが、源氏の正統を巡る争いだ」
「なるほど」
先ほど隅田川で佐竹義政と戦っていたときに、「源氏の正統」を強調していたが、まさかそんな背景があったとは。
「源氏の正統」
これについては、見方によって様々な解釈ができるので、言葉で説明するのは難しい。だから、どうしても言った者勝ちの世界になってしまう。
「正直源氏の正統なんて、どこでもいい。所詮俺ら足利なんて、源氏の血を引いてるだけで、お前や頼政たちから見れば、尾ひれや鯉の糞も同然だからな。なのに、勝手に新田が、『源氏の正統は俺たちだ』と言い張って俺たちを攻撃してるまでさ」
「なるほど......」
「というわけで、源氏の尾ひれである私と手を組まないか?」
「できない」
残念ながら。かつての敵の仲間を受け入れられるほど、俺の度量は広くない。それに今の俺は、非常に機嫌が悪い。
「悪いことは言わないぜ。今新田の軍勢が武蔵へ向かって、お前たちを討ち取ろうとしている。もしここへ攻めてきたら、俺たちは──」
義康が何か言おうとしたとき、俺は彼の襟裾をつかんで、
「お前、景義を捕まえたやつらの仲間だろ。そんな奴なんかの言葉、信用できるか!」
強く投げ飛ばした。
「そうカッカするなよ。世の中の物事には『流れ』ってモンがあるんだからさ。寄せ集めの2万ちょいの軍勢じゃあ、大庭景親とその連合軍には勝てないぜ。」
「お前になんか頼るんだったら、死んだ方が──」
マシだ。そう言ってもう一発殴ってやろうとしたときに正清が刀を抜き、義康を拘束している縄の結び目を切った。
「正清、なんでこいつを開放した?」
「味方が多い方が有利だろうからな」
「でも、こいつは……」
「わかっている。今大事なことは何かわかるだろう?」
「景義の救出」
「ああ。ここで無駄に体力を消費しても、勝てる戦も勝てない」
反論できない。確かに今ここで新田と戦っていても、景義の死期を早めるだけにしかならない。
正清は腰に帯びていた刀を抜いて、自由の身になった義康に向けて釘を刺す。
「その代わり約束してくれ。貴様が妙な真似をしたら、ここにいるみんなが、お前を殺すと」
「はいはい。裏切りはしないから安心してくれ」
自由の身になった義康は、よっこらしょ、と言って起き上がった。
3
計画通り俺と正清は浅草寺で別れた。正清は山から、俺は由比ガ浜から攻めるために。
正清と別れた俺は、江戸湾で義明と合流し、船団を率いて由比ヶ浜へと向かった。
由比ヶ浜には、楯を並べた軍勢が待機していた。
「あれと、戦うんだな」
「ああ」
義明はうなずいた。
「まずは俺たちはあの軍勢と衝突し、時兼が裏切ったときにできる一瞬の隙を突いて、俺たちは上陸をするんだったな」
「おう」
「義明、ここはお前に頼んだ」
「任せとけ」
力こぶを作りながら、義明は頼もしそうに返事をした。
「じゃあ、行くぞ」
4
「いたぞ!」
「敵襲だ!!」
浜の向こうからは、鎧の音が聞こえた。そして、かかれ、というかけ声とともに矢が放たれた。海に何かが投げつけられたときにする水の音がすることから、投石による攻撃もされているようだ。
放たれた矢は、俺たちの率いている兵士や船体に当たってゆく。
「お前ら、派手にやっちまえ!」
義明は自分の水軍の兵士たちに号令を出し、戦いを始めた。
攻撃をしては矢の届かない距離へ離れ、また攻撃をする
戦闘が始まって半刻ぐらいが経ったころだろうか。先ほどまで大量に降り注いでいた矢の雨の勢いが弱まった。どうやら計画通り、潜伏していた時兼が同士討ちを始めたらしい。
「この機を逃すな、行くぞ!」
矢や薙刀、刀で武装した兵士たちを率いて、俺たち4500の軍勢は、由比ヶ浜へと上陸した。
「義明」
「どうした?」
「援護を頼んだ」
「了解」
背負っていた矢筒から矢を3本取り出した義明は、それを一気に弦にかけ、放った。
白波の間を翔け、水際で俺たちを狙おうとしていた弓矢部隊の雑兵3人の首を一気に射貫いた。
「義朝、矢を集めとけ。矢筒の矢が尽きたときに備えておくためにな」
「わかった」
船や屍に刺さっている矢で、状態がいいものを俺が集め、それを義明が射る。
その繰り返しで、水際作戦を何としても成功させようと迫り来る軍勢を追い返した。
そして計画通り部隊を全滅させたあと、俺たちは由比ヶ浜に軍勢を上陸させ、景親の屋敷を目指した。
由比ヶ浜での部隊を蹴散らしたあと、生け捕りにした敵の兵士に道案内をさせながら、俺たちは由比若宮の近くにある景親の屋敷を目指した。
「もしかしたら俺たちハメられたんじゃないか?」
「景親の屋敷への道はここで合っているんだろうな?」
「とんでもない」
「本当に、そうなんだろうな?」
「じゃあ、進むぞ」
「へえ」
捕虜となった敵軍の兵士をきつく問い詰め、先へと急ごうとしたとき、俺の方へ向けて誰かが手裏剣を投げてきた。
飛んできた手裏剣を俺はよけた。
外れた手裏剣は、道端に生えている杉の大木に深く刺さる。
俺に向かってきて飛んだ手裏剣を嚆矢に、茂みや木の陰から奥から吹き矢や飛び苦無が無数に飛び交い始めた。
「大庭忍軍か。また厄介なのが出てきたな」
苦々しい顔で義明は吹き矢と飛び苦無を刀ではじきながらつぶやいた。
「義明知ってたのか」
「噂程度にはな。昔この坂東で起きた大きな戦いで勝利に貢献したとかしてないとか」
「なるほどな」
いないと見せかけて相手を油断させる忍びの戦術に苦戦しているとき、俺の目の前に飛び苦無が飛んできた。
飛び苦無の飛んできた方を見る。そこには柿渋色の忍装束を着た忍びが立っていた。
「久しぶりだな、義朝」
忍びは楽しそうな声で、話しかけた。
「お前は!?」
頭巾で顔全体はよくわからないが、目つきには見覚えがある。景義の屋敷が襲われたときにいたあの忍者だ。




