第24話 関東の義朝㉓─源義朝vs上総広常─
1
俺たちは亥鼻城のある千葉から市川、葛西と軍を進めていった。
軍は順調に進み、武蔵国と下総国の国境である隅田川の通った両国へと出た。
「ここを渡れば武蔵だ。気を引き締めていくぞ」
「おーう!!」
乗っていた馬を筏にして隅田川を渡り、武蔵国へ渡ろうとした。そのとき、川を渡ろうとしていた先頭の兵士たちが矢を受けて倒れてしまった。
「誰だ、お前ら!?」
矢の飛んできた方向を見てみる。
そこには、白地に扇の紋を染め抜いた旗をたなびかせた大軍が隅田川の上流方面からやってきた。白旗ということは、俺と同じ源氏の誰かか、もしくはその関係者なのだろう。
「何だ、お前ら?」
突如現れた白旗を掲げる軍団の大将に俺は名前を尋ねた。
甲高い声で白旗を掲げている軍団の大将の青年は、
「は、俺を知らないのか!?」
目を天にして答えた。
「知らないから聞いてんだ」
「あー、もうイライラするなぁ!」
ひどくイラついた口調で
「仕方ないから俺から名乗ってやる。俺は常陸国の住人で源義光の血を引く河内源氏の正当後継者、佐竹義政だ!」
「名字は聞いたことはあるが、知らねぇな」
「知らない、だと。こっちには、俺の兵と藤原秀衡より借りた蝦夷の兵合わせて2万の軍勢がいるんだ。絶対にお前たちを武蔵国には渡らせない! 行け!」
「是か非でも渡らせてもらうぞ。みんな、やってしまえ」
下総と武蔵の国境で佐竹軍との戦いが始まった。
若草の茂る河原には矢の雨が降り注ぎ、先頭にいる両軍の兵士たちは次々と倒れてゆく。倒れた兵士の屍の上を、佐竹軍の兵士は俺のいる本陣を目がけて突き進んでいく。1万2000と2万。相手の方が多い。でも、うまく戦えば兵力差を埋められる可能性がある。
だが、精強な蝦夷の兵の弓矢のせいか、俺が率いている坂東の武者たちは、次々と倒れていく。
「殿、渋谷殿の部隊が大掾の隊に押されています」
「現在、葛西隊が撤退しました」
次々と入る劣勢や撤退の報。次の報告からまた次の報告も負けだと、気持ちが沈んでしまう。
(俺もここまでか……)
佐竹の軍勢が俺のいる本陣に迫っていると聞いたときは、自分の運はここまでかと思った。袖を取り、鎧の引き合わせの緒をほどいて籠手と脛当だけの状態になった。腰刀を抜いた。そして近くにいた下人に介錯を頼んで自害しようとしたそのとき、
「上総広常の軍勢が、こちらへ向かってきています」
という報告を受けた。
「何!?」
軍勢がやってきた方角を見てみる。
隊列のやってきたのは、下総の方角だった。旗は白旗に九曜の紋を染め抜いたもの。九曜の紋。この紋には見覚えがあった。上総家だ。
2
──どうして上総介の軍勢が?
突然の出来事に、俺は戸惑った。味方をしないことを散々言っていた広常が、どうして俺たちを助けたのだろうか?
気になった俺は、正清と一緒に上総軍の隊列の様子を見に来た。
上総家の軍勢は、俺たちを押している佐竹軍を蹴散らし、前線へと立った。
弓矢の雨を止ませた両軍の兵士たちは、攻撃を辞めて、いかめしい大鎧を着た傷だらけの大男とその軍勢を見ている。
「久しぶりだな義朝、そして義政」
「おお、これは上総介殿」
先ほどまでなめた態度を取っていた義政は、うやうやしく広常に挨拶をした。
微笑を浮かべた広常は、一転して険しい表情になり、
「おお、じゃねぇよ。何人の家の領地の周りを荒らしまわってんだオラァ。お前ら、やれ!」
率いていた大軍に号令をかけた。
広常の軍勢は義政率いる軍勢に果敢に切り込みを入れ、たちまち元いた場所まで押し返した。
「ちょ、待てよ、何で上総介の軍勢が乱入してくんだよ。お前ら、ずらかるぞ!」
突如乱入してきた上総勢を見て、顔を真っ青にして逃げる義政。
大将の混乱をいいことに、広常の軍勢は俺たちの軍勢と共闘し、佐竹軍を隅田川の上流へと追い払った。
首を横に振り、俺の方を見た広常は、古傷だらけの顔に楽しそうな表情を浮かべ、
「邪魔者は追い払った。この前の戦いの再戦をやってもいいんだぜ、義朝」
抜き身の両刃の薙刀を構えて言った。
「ああ、いいだろう」
茂みから出た俺は、腰に下げていた刀を構えた。せっかくのいい機会だ。この前の敗北を挽回しよう。
「辞めておけ!」
正清は刀を持つ俺の手を強く握った。
「ここでこいつを倒しておかなかったら、悔いが残る。やらせてくれ」
「アホか!? 今のお前は、籠手と脛当しかつけていない状態だぞ。そんなんで体全体を鎧で固めたやつに立ち向かっても、勝ち目なんかない」
わかっている。だが、この前の雪辱をどうしても晴らしたい。
「ふん。貴様のような頭が筋肉でできているようなやつは、これで十分だ」
正清げ手をかざすと同時に、周りにある刀や薙刀の類が彼の手にくっつく。集まった刀や薙刀は巨大な刃の手となっていた。
「正清、手出しはしないでくれ」
戦おうとする正清を俺は制止した。
「そうだぜ。これは、男同士の戦いなんだからよ。それと、お前は鎌田のとこのガキか。水差すなよ」
「止めても無駄、か。勝手にしろ」
先ほど自分の持っている力で作った刃の手を、正清は元の普通の刀へと戻した。刃こぼれがしたり、血で濡れて真っ赤になった刀が河原の草原に突き刺さってゆく。
「始めようか」
「ああ」
俺と広常は、互いに得物を構えた。
3
勝負が始まった。
俺の出方をうかがうことなく、広常は打ちかかってきた。
すかさず俺は、片手で刀を抜き、広常の第一撃を防いだ。第二撃がどこから来てもいいように、左手には鞘を持っている。
第二撃が来た。左上からの袈裟で。
「同じ手がこの上総介広常に通じると思ってたか?」
「いや」
実を言うと、このとき鞘が斬られないよう木の拵から鉄のそれに変えた。重くなったが、防御力と殺傷能力は木のそれの何倍にも膨れ上がった。
そして、広常対策に、薙刀の稽古も十分に行った。成田山の衆徒を呼び寄せ、その中でも腕の立つ薙刀の使い手に広常の薙刀を模した木刀を持たせ、模擬訓練をした。また、複数の方向から来る攻撃を想定し、二刀流の心得を持った正清や祐継らと対二刀流の戦術を考えた。
こうした訓練の成果もあってか、前避けるのがやっとだった広常の刃をすいすい避けたり受け止めたりできるようになった。そして無駄な動きも少なくなった。
「へえ。道理で斬れないと思ったら、鞘を鉄の拵に変えたのか。だが、大岩をも斬るこの上総介広常の斬撃、受け止められるか!」
思いっきり力を込めて、広常は薙刀を押した。
刃が鉄の鞘に喰い込む。
危ない、と思った俺は、漆の塗装が取れた青い輝きを放つ鉄の地肌が傷から見える鞘と刀をそれぞれ両手に持ったまま、間合いを開けた。
「薙刀相手に間合いを離してどうするつもりだ?」
「出方をうかがっているだけさ」
「ふん。死んでも文句は言えねぇぜ。恨むなよ」
広常は俺の足を目がけて斬りかかってきた。このときを待っていた。
俺は広常の薙刀の刃を力いっぱい踏みつけた。そして動きを封じている一瞬の隙をついて、鉄ごしらえの鞘で広常の喉を思いっきり突いた。
「うっ……」
嗚咽の声を漏らしたあと、広常は気を失った。
4
「とどめは、刺さねぇのか?」
少しの間気絶していた広常は目を覚ました。
「お前のように兵力もあって実際に腕っぷしも強いやつを殺すのは惜しい」
「要するに、俺はお前のために生かされたってことか。だからって言って味方にはならねぇぜ。俺は生きてる限り、貴様の命はずっと狙い続けるからな」
「それでもいい」
「お前、面白い奴じゃないか。さっそくだが、ちと手を貸してくれ」
「はいよ」
俺は手を差し出した。
広常は俺の手を取り、よいしょ、と言って起き上がった。
起き上がった広常のところへ、彼に仕えている下人がやってきて、源氏軍と共闘して佐竹軍を押し返した、と報告した。
「そうか。常陸まで一気に乗り込んで叩くぞ」
立ち上がった広常は、馬に乗って号令をかけた。佐竹軍を追いかけに行く前に広常は、
「ここは俺に任しとけ。あと、比企と小山と組んで景親を殺そうとしたガキが晒し首にされるらしいな」
と言った。
「本当か?」
景義が捕まった。
この事実を聞いた俺は、焦りを感じた。どうして自分はあのとき、景義を助けられなかったのか。そして何より、あのとき引き留めなかったことに強い後悔を感じた。
あのとき景義が出ていくのを引き留めていれば。比企と小山が戦っているときに軍勢を出して助けてあげられれば。そして、何よりあのとき喧嘩なんてしていなければ、景義が死ぬことなんて無かった。
「あのとき、引き留めておけば……。喧嘩なんてするんじゃなかった」
あのときの事を考えれば考えるほど、自分の無力さ、自分の浅はかさを思い知らされる。
「バカヤロー!」
後悔の念に包まれた俺の頬を、広常は強く打った。そして俺の襟裾を強くつかんで、
「グズグズしてねぇで早く行ってこい。助けられるものも助けられんだろうが」
と怒鳴った。
「でも、佐竹の軍勢が……」
「佐竹の雑魚なんて俺がどうにかしておく。だから、行ってこい!」
俺の襟裾を手放した広常は、傷だらけの鬼のような顔に不似合いな優しい微笑みを浮かべた。そうして俺の肩を優しく叩いたあと、再び馬の鞍にまたがり、
「武運を祈ってるぜ。じゃあな」
と言い残して去っていった。
呆然としている俺に正清は、
「ここは上総介を信じるしかない。行こう」
と声をかけた。
「ああ。よく考えたら、そうだよな」
グズグズしていても景義が殺されるまでの時間が過ぎていくだけだ。こんなところで、油を売っている時間はない。
「武蔵へ入るぞ。一刻も早く、景義を救出する」
「だな」
この後俺は兵士たちに号令をかけ、隅田川を渡って武蔵国へと渡った。




