第21話 関東の義朝⑳─再起─
1
矢の練習をしていた義明に、俺は景義失踪の件を伝えた。
「見つからなかったか」
残念そうな口調でそう言って、義明は矢を放った。
放たれた矢は、先ほど的に中った矢の矢筈に当たり、矢そのものを貫いて当たった。
「ああ」
「あいつ、ガキのわりには根性すわってたから好きだったんだけどな…...」
しょんぼりとした様子で、つぶやくように言った義明は矢を継ぐのを辞めて俺の方を向いて、
「で、お前これからどうするんだ?」
と聞いてきた。
「どうするか…...」
考えてもいなかった。
ただ、わかったことがある。
それは、
「俺は自分の意思で戦っていなかったこと」
「景義がいなくなっては俺に戦う意味はない」
ということだ。
岩倉で盗賊と戦かったこと、正清の父と決闘をしたこと。坂東に出てから、この二つの戦い以外は、自分の意思で戦っていない。全部景義や時兼のためだった。だから、景義がいなくなっては、鎌倉奪還の意味がなくなる。この戦いの主人公は、大庭一族の正統後継者であるあいつだったのだから。清和源氏の血を引く俺は、お飾りでしかない。戦いを有利に進めるための。
しばらく黙っていた俺は、ゆっくりと口を開け、
「もう鎌倉は諦めて、三浦でゆっくり暮らすよ。そしてここで畑でも耕して」
と答えた。正直俺の拠点は鎌倉じゃないどこかでもよかった。
「それも悪くねぇ。よし、ここは俺が舅として面倒を見てやる」
「ありがとうな」
俺は義明の娘をめとって、三浦の一部を所領としてもらった。ここでこれから、細々と生きていこう。もう戦いには疲れた。
3
年が明けて保延5(1139)年正月。
俺は正清と一緒に日課である磯辺での釣りへと行っていた。
冷たい潮風が吹く中を、渡り鳥は悠々と飛び回っている。
(やっぱりこの時間が一番落ち着くな)
戦いの日々を終えてからは特に。
景親との戦いに身を投じていたときは、こんなにも心が落ち着くことはなかった。必ず心のどこかで恐怖におびえていた。もし景親の軍団が攻めてきたらとか、自分が死んだらどうなるのかとか。
できるだけ考えないように、そしてみんなに悟られないようにしていた。
だが、今はその必要はない。景親の軍勢は攻めてくる心配はないし、自分が死ぬんじゃないかという恐れに囚われることもない。
「今日も、平和だな……」
大きなあくびをして俺は眠りにつこうとした。そのとき、釣り糸を伝って、何かが釣れる感覚が竿を伝って感じた。
「おい、何ぼっとしてる」
正清の声で正気に戻った俺は、かかった魚を釣り上げた。
釣れたのは二尺ほどはあろう巨大な鯛だった。
「今日は大漁だったな」
鯛や鯖、スズキが大量に入った魚籠を背負いながら正清は言った。
「ああ。今日は何にして食べよう」
「味噌をつけて焼くのがいいな」
「いや、俺は刺身だ」
「お前それでこの前腹壊して悲惨な目にあたんだからやめた方がいいんじゃないか?」
からかうように、正清は言った。
むきになった俺は、
「うるせー!」
と返した。
「まあ落ち着け。だったら寿司なんかどうだ?」
「時間がかかる」
「なら醤」
「それも時間がかかる」
「焼き魚と寿司、醤くらいしか食あたりのおそれがないものはないぞ」
「ううっ……」
言っていることがもっとも過ぎて、俺は何も言い返せない。思い返してみれば、食あたりしないものといえば、焼くか作る行程にかなり時間のかかるものしか思いつかない。
「じゃあ、干物にでもしたらどうだ?」
「そうするよ...」
刺身を諦めた俺は、大量の魚の入った魚籠を背負って屋敷のある村へと帰ろうとしたそのとき、夕闇で黒く染まった松林の向こうから、一人の下人が必死の様相でこちらへとやってきた。
「殿、報告があります」
「何だ?」
息を切らしながら下人は答える。
「大庭景親とその同盟相手武田清光、そして秩父重隆の軍勢合わせて5000が三浦へ攻め寄せています」
「何!?」
「進軍を辞めてほしければ、源義朝と大庭景義及びそれに与した豪族たちの身柄を差し出すようにと」
「ほう」
下人の報告を聞いた俺は、正清の方を向いて、
「どうする」
と聞いた。
「とりあえず、三浦のオッサンのところへ相談しに行こう」
「わかった」
先ほど釣ってきた魚の入った魚籠を背負いながら、俺と正清は停めていた馬に乗って義明の居城衣笠城へと向かった。
4
下人と一緒に俺は衣笠の城にいる義明のもとへ向かい、先ほどの話を義明に伝えた。
「それはできねぇお願いだ。そうあのガキに伝えておけ」
「わかりました」
下人がいったあと、重そうな表情で義明は言う。
「よし、お前ら。今から逃げる準備をした方がいいぜ。安房へよ」
「戦わないのか?」
そう俺が聞くと、顔を真っ青にした義明は、
「景親の軍勢と戦うのはたやすいがな、武田がいちゃあ勝ち目はない」
と答えた。
「どうしてだ?」
「武田一族の当主は代々風を操る力を持っている。そんな人間離れした奴らと戦えるかってんだ」
「そんなの、どうせこけおどしに決まってるだろ」
おそらくはこけおどしだ。神通力を持っているという嘘を触れ回ることによって、自分に歯向かわないようにしている。甲斐の武田家もそんなところだろう。だが、景義と景親の弟五郎や正清のような本物の神通力の保有者もいるという実例から、完全に否定できないが。
「任せたぜ、大将」
そう言って、義明は俺の肩をぽんと叩いた。
(急に任せられてもな.....)
困る。家臣の一人に見捨てられた大将の器ですらない自分一人にすべてを託されても、勝てる保証がないのに。うまく行くかなんてわからないのに。
「どうしたらいいんだよ……」
どうせあのときみたいに失敗するんだ。そう思うと、上手くやれる自信がなくなっていく。失敗したらと考えると怖くなる。自分一人の命は、もう自分一人だけのものではない。今では千人近くいる三浦家の一族郎党の命までかかっている。重責で今にも押しつぶされてしまいそうだ。
動揺しているところへ時兼は肩を叩いて言う。
「オメーがそんなんでどうするんだ」
「時兼……」
「お前にだって、上手くやったことあるじゃねぇか。北条の屋敷に伊東の軍勢が攻めてきたとき、お前最前線に立って戦ったんだって? そのとき、兵の士気が上がって伊東の兵を追い出したって景義から聞いたぞ」
「そうか」
「ああ。もしお前がいなかったら、俺は何にでも逃げてばかりいたかもしれねぇ。でも、お前のおかげで俺は戦うことができた。だから、自信持てよ」
時兼は左肩を強くたたいて言った。
「だってよ。みんな、お前のことを頼りにしてくれてるんだぜ。もしもうまく行かなかったときはそのときさ。潔く戦って伝説になってやろうじゃないの」
義明は左肩を強くたたいて言った。そのときの表情は、
時兼と義明の言葉を聞いた俺は、心の中で何かが吹っ切れた。うまく行くとか行かないとか、そんなことはもう関係ない。やるだけやるしかない。
「みんな、さっさと支度が終わったら集まってほしい。これから安房へと渡る。そして房総の武士たちを味方につけて、景親の連合軍と戦うぞ」
「待ってました、その言葉!」
この日の夜、俺と伊豆から連れてきた武者たち、そして三浦家の一族郎党は火を放って衣笠城から逃げ出した。止まっていた戦いの鏑矢が、再び放たれた。




