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第20話 関東の義朝⑲─別れ─


   1


 近くの寺にしばらく逗留したあと、義明らの勧めで、三浦宗家の居城である衣笠城きぬがさじょうへ移った。

 寺から衣笠城へ移動する最中に、俺は、

「この前お前が倒した景親の忍者部隊、みんなあれで倒したのか?」

 ずっと気になっていたことを聞いた。

 懐島の景義の屋敷に景親の忍者部隊の襲撃があったとき、正清は複数の忍者を相手に一人で戦った。しかも、俺一人でも倒せなかった忍者を無傷で全滅させた。ずっと不思議に思っていたが、義明との戦いのときに、どのようにやったのかが少しわかった。だが、

 隠すそぶりも見せずに正清はうなずく。

「どうしてお前は俺に力を隠していた?」

「お前に言ったところで、どうせ『インチキだ』と言われて信じてもらえなそうだからな」

 正清は笑いながら答えた。

「あれさえあれば、あの戦いも勝てたはずだろう?」

「お前には説明してもわからないだろうから、簡潔に言っておくが、この世の中は『単純』にできていない」

「それって、どういうことだよ?」

「まあ、生きていればいずれ知ることになる。ちなみに内裏や院の中、貴族の屋敷の中には、俺のような異能の者たちを召し抱えている者も多い」

「へえ」

「それよりも、もう着いたぞ。オッサンもお待ちかねだ」

 正清は門の方を向いた。

 門の方を向くと、浅黄の直垂を着た小柄な中年男が楽しそうに手を振っている。

 俺は片方の手を振って返した。

俺たちのいるところに走って近づいた義明は、

「お前たち、大変な中よく俺の居城衣笠城へ来てくれた。酒や食べ物もたくさんあるから、傷が癒えるまでゆっくりしていくといい」

 と明るい声で言って門番に門を開かせ、俺たちを通した。

 今になっても、正清のこの言葉の真意はわからない。だが、父と清盛の亡き叔父の一件で、裏で強い力を持っている誰か、それも人智を超えた力を持った人間たちが裏で糸を操っていること。これだけは何となくだが勘づいている。


   2


 俺の右足に受けた矢傷が癒え始めた冬。衣笠城で軍議が開かれた。

 議題は、三浦半島から海を渡って房総半島を攻めるか、または北上して武蔵方面を攻めるかということだった。

 三浦半島渡海派の義明は、

「まずは、安房の安西と千葉の兄ちゃん、上総介を味方につけよう。武蔵方面からの進軍は難しい」

 と提案した。

 えっ、と引き顔になった景義は、苦々しい表情で返す。

「義明さん、上総介はいけませんよ」

「おう景義。今そんなこと言ってられる状況か?」

「あいつは強い。だけど...」

 景義が上総介について何かを言おうとしたとき、どうして武蔵方面への進軍はダメなのかについて時兼は聞いた。

「ああ、それは俺たちと敵対してる秩父党や隣国の武田、足利、新田、佐竹が警戒して、どんな動きを見せるかわからないからな。これだけの勢力を敵に回したら、さすがの三浦おれたちでも勝てない。だが、まず先に房総半島を取っておけば、兵力が増える。そしてその兵力で南武蔵をこちら側に引き入れる。まあ、佐竹や足利への抑止力くらいにはなるだろうな」

「はえー」

 道理だ。確かに相模において指折りの兵力を持っている三浦でも、武田や足利、新田、佐竹、秩父党などといった関東やその周辺の武家が後ろにいれば、勝てる見込みはかなり薄い。けれども、下総や南武蔵の武士たちを味方につけておけば、佐竹や足利くらいの対策にはなる。

 そして気になったのが、上総介という男の存在。景義の口から「危険だ」と語られていたが、どれほど危険なのだろうか。気になった俺は、そのことについて景義に聞いてみた。

「ええ。危険ですよ。兵力も三浦の何倍もあるうえ、本人の力もかなり強い」

「どれくらい?」

「長刀で巨石を一刀両断するほど」

「もはや化け物じゃないか」

 巨石を切断するのは、達人ですらできる業ではない。

「そして、時々盗賊まがいのことをして、その土地の武士たちから所領を奪ったり、領民を攫ったりして自分たちのところの下人として奴婢同然に扱っていると聞いています」

「イカれてやがる……」

 何もかもが桁違いだ。

 上総介の話を聞いた俺は、前に正清の父から聞いた、

「お前がこれから出会う東国の武士たちは、こんなもんじゃないぜ。上と下両方に刃のある薙刀を使う者、毎日人間を射て、門前に新鮮な生首を置いている人間もいる。そういう人間たちと、お前はこれから関わらねばならんのだ」

 という言葉を思い出した。

 やはり東国、特に坂東には常人の域を超えた身体能力の持ち主が多い。

 もうすぐ13になる景義でさえ、時兼や工藤殿と互角に戦えるほどには戦闘能力がある。それに、大人の戦士ともなれば、鎧に大きな傷を負わせたり、三人がかりでやっと弦を引ける弓を引けたりできる者たちが普通にいる。義明の使っている弓は

 上総介の話を聞いた義明は、懐かしそうに言う。

「まあ安心しろ。俺はあいつとは昔なじみだから、なんとか説得してみるさ。今日の軍議はこの辺にしておこうか」


   3


「やっぱり上総介を味方にした方がいいな」

 軍議が終わったあと、屋敷の庭で時兼はつぶやいた。

「でも、上総介を味方にするのは、あまりに危険すぎますよ!」

「小僧、こういうのは圧倒的な力を持ってる方が有利なんだよ。前の戦いでわかっただろ」

「皆さんは何もわかっていないからそういうことが言えるんだよ。あいつは話が通じない。源氏とか平家とか、そういうことはどうでもいい人間だから」

「それでもどうにかして味方につけるための方法を考えようとこれからするんだろ?」

「みんなあいつの恐ろしさを知らないから、味方にしよう、とか平然と言えるんだよ」

 大きな声で景義は言った。

 景義の言いたいこともわかる。自分の知らない誰かをよく知っている者にとっては、その人物のいいところや悪いところも倍になって見えてくる。実際会ったことがあっても話に聞いた程度でも、それは同じだ。だから、その人物のいいところ悪いところが強調して伝わってくる。

 でも、今はそうは言っていられない。

「これだけの勢力を敵に回したら、さすがの三浦おれたちでも勝てない」

 会議のときに義明が言っていたように、多数の勢力が絡んでいる時点で、この戦いは関東の名族大庭家の単なるお家騒動ではないのだ。ここは上総介が怖くても、噂とは違っても、味方につけるしか戦局を少しでも変える手段はないのだ。

「ここは時兼に従おう。俺と三浦で手を組んでも、お前の領地は奪還できない。こらえるんだ、景義」

 正清は景義の肩を叩き、諭した。

「みんな私のことを、子供だからといってバカにしてるんだろ。わかるよ。私は殿みたいに強くないし、正清みたいに神通力は使えない。時兼のような思い切った諦めの良さもない。貴方を頼った私がバカでした」

「そんなことはない」

 景義、お前にだってできることはある。あのとき景親の足止めをしていなければ、俺はずっと生き埋めにされたままだった。そして、この前身を賭して義明を殺そうとしていた正清の前に立って助命嘆願をしていなければ、三浦が味方につくこともなかった。お前の勇気がみんなに必要とされているんだ。慰めるために俺はそう言おうとしたが、

「もういいよ」

 と景義は言って、俺たちの前から走って逃げ去ろうとした。

「おい、ちょっと待てよ!」

 引き留めようと俺はした。だが、景義は黙ったまま部屋へと戻った。


   4 朝起きたとき、枕元に手紙が置いてあった。

 宛名に俺の名前が書いてある。

「何だ、これは」

 おそるおそる包み紙を触って中身を確認する。景親率いる忍者部隊が俺を殺すために仕掛けた罠である可能性があるためだ。

 触って確認したところ、幸い刃物などが入っているような感じはしなかった。だが、油断はできない。

 包み紙をそっと開けると、手紙が入っていた。

 手紙には子どもにしては少し上手な字で、


 みんなへ


 数か月の間、私のためにここまで動いてくれてありがとうございます。

 私は義朝殿の下を去ることを昨夜決断しました。

 理由は私の忠告を無視して上総介を味方にしようとしていることです。他にも義朝殿が意外に大将として頼りないことや、自分の非力さとかそういったこともありますが、ここでは省かせてもらいます。

 上総介は危険な男です。あの男は義朝殿を差し置いて、坂東武者の頂点、いや古の平将門のように坂東を日本から独立させ、その王になろうとしています。もし仮にあなたに味方しても、いずれは裏切るでしょう。

 みんなに悲しい結末になってほしくないから、わたしは上総介を味方にするのに反対しました。それだけのことなんです。源氏か平家かなんてどうでもいいという人間に関わって、傷つくのが嫌だから。

 そんな理由で抜けたわたしの身勝手をお許しください。

 最後にこれからもっと寒くなりますから、お体には気を付けて。


   保延四年九月十五日 大庭景義


 と書かれていた。

(そういうことだったのか)

 反対している理由が、単なる子どもの意固地ではなく、しっかりと相手のことを知ったうえのものだと知った俺は、感心していた。ただ、「義朝殿が意外に大将として頼りない」という部分が少し癪に障るが。ただ、身勝手な景義の逃亡は、源氏軍のいち大将として見過ごすことはできない。

「景義を探してきてくれ。まだこの近くにいるだろうから」

 俺たちは景義を探すため、三浦のあちこちを聞いて回った。

「童水干を着た少年を朝見たか?」

 そう地元の百姓や漁師、旅の僧侶や山伏に聞いても、

「知らない」

 としか返って来なかった。景義は俺たちの元を去った。

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