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第2話 関東の義朝①─長い旅のはじまり─


   1


 除目のあと、六条堀川の源氏屋敷では義朝の昇進祝いの宴が開かれていた。

 顔を真っ赤にし、にぎやかに裸踊りを披露する広常と義明。

 郎党たちはバカみたいに騒いでいるが、肝心な主役である義朝は、浮かない表情で盃に口をつけていた。

(平家と源氏。一体何が違うんだ)

 ちまちまと酒を飲みながら、平家と源氏の違いについて考えてみる。

 平家は宋や高麗などの国々と貿易をし、その利益で朝廷に献金したり、荘園を寄進したりしている。対して源氏は泥臭い畑作のみ。それでは朝廷への献金はおろか、一門の郎党たちを食わせてやるので手いっぱいだ。

 格差はそれだけではない。

 朝廷における扱い方も、同じ武士である源氏と平家では違う。

 平家の家長清盛は、あと一歩で公卿の仲間入りを果たすほどの官位をもらっている。普段何も考えていなそうな清盛ですら、自分が関東にいたときには従四位下の位を得ていた。対して源氏は、祖父義親や亡き父の罪のせいか、検非違使の尉ぐらいしか昇進できない。自分ですらやっと下野守になり、そして今年右馬頭となった。

「この様子じゃあ、不満なようだな」

 落ちこんでいる義朝の元へ、腹心の郎党にして親友の鎌田正清かまたまさきよが声をかけた。

「ああ」

「俺は正直思うのだが、源氏も貿易を取り入れるべきだと思うな」

「そんなこと、できるのか?」

「できなくはない。鎌倉や神奈川、江戸のように坂東には良港としての条件が揃った場所がないわけではない。そこを上手く開発して、平泉や蝦夷、そして京都の中継ぎ地点にできれば、平家ほどではないが、多少は豊かになるだろう。そして、そこで得た利益を院に寄進し、相応の官位を得るということだ。だが、それ以前に──」

 そう言って正清は、バカ騒ぎをしている広常たちに目をやり、

「あいつらのおめでたい頭で、蝦夷との商いができるかどうかが問題だがな」

 と吐き捨てるように言った。

「そうか」

「ただ、今は時期じゃないとだけは言っておく。まだ──」

 正清が何か言おうとしたとき、

「おい、今宵の主役がこんなところでちまちま陰気に酒飲んでんだ」

 酔っぱらった義明がやってきた。息に混じって出てくる酒の匂いが、鼻をつんとつく。

「おう、義明か」

「宴の主役がこんなところで二人寂しく飲んでいても楽しくないだろ? ささ、あちらへ。これから広常がドジョウすくいやるからよ、よかったら二人も見て行ってくれ」

 義明は義朝と正清の袖をつかみ、

「わ、わかった」

 半ば強引に義明に誘われる形で、義朝と正清は広常のドジョウすくいを見させられることになった。


   2


 左馬頭就任を祝う宴の翌日。義朝は六波羅にいる清盛の屋敷を尋ねた。

「おめでとう。今年もよろしく」

 赤の直垂を着た清盛は、そう言って深々とお辞儀をした。

「あ、そうだ」

 何かを思い出した清盛は、唐突に言った。

「どうした、清盛」

「前々から気になっていたんだけど」

「おう」

「義朝って関東に10年もいたらしいけど、そこで何をしてたんだ?」

 清盛は義朝の関東下向時代について聞いた。なぜ10年近く関東にいたのか? そしてほぼ日本の東端のような場所で何をしていたのか。再開したときからずっと聞けずにいたからだ。

「聞きたいか?」

 誇らしげな笑顔を浮かべながら聞く義朝。

「うん。聞かせてくれ」

「なら、話してやる。長くなるかもしれないがな」

 土器に酒を注ぎ、軽く口づけしたあと、義朝は語り始めた。


   3


 ──俺が坂東に下向したのは、15のときだった。久しぶりに会った父に嫌気がさして、勢いのまま家出した。

 逢坂の関辺りに来たときだろうか。後ろから俺を追いかける蹄の音が聞こえた。

 即座に俺は、腰に帯びていた刀に手を伸ばした。郊外を拠点としている賊かもしれない。そう思ったからだ。

 だが、蹄の音と同時に、

「待ってくれ!」

 と聞きなれた声が聞こえた。

 念のために振り向いてみる。そこには直垂を着、馬の手綱を握った正清の姿があった。

 突然やってきた正清に、俺はそのわけを聞いた。

 息を切らした正清は答える。

「父上から頼みがあってな」

「そうか」

「そっちこそ、どうしてお前は東へ向かっているんだ? まさか、親父と喧嘩したか?」

 まずい。親父と喧嘩別れしたことを悟られた。

「いや、武者修行だ。関係ない」

「まあいい。どうせ行く宛が無いのなら、俺の家へ来るか? 今から静岡にある実家へ帰るところでな」

「ああ、そうしよう」

「わかった」

 木漏れ日のあたる山道の中を、俺と正清は馬で駆けた。正清の家がある駿河国を目指して。

 正清という幼なじみが来てくれたことで、京から関東を目指す孤独な旅路が、少し楽しくなった気がした。


   4


 俺と正清は近江、美濃を経由し、尾張へと入った。

 国府のある熱田の街は、熱田神宮への参拝客や京との交易の関係でやってきている人たちでごった返していた。

「人が多いな」

 往来を見渡す俺。

「何にせよ、ここには熱田神宮のお膝元。人がいない方がおかしいさ」

「そうか。せっかく来たわけだし、行くか? 熱田神宮」

「ああ」

 俺たちは尾張へ来た記念に、熱田神宮へ参拝しに行くことにした。

 鬱蒼とした鎮守の森の中を貫くようにある参道を歩き、拝殿を目指す。


 参拝を終え、境内を出ようとした途中、野太刀を背負ったガラの悪い男たち4人組に絡まれている市女笠を被った女を見かけた。一人の女とそれを取り囲む複数人の男。不穏な空気しかしない。女の身なりがいいことからして、男たちの目的は、追いはぎと強姦だろう。

 見ていて放っておけなくなった俺は、

「お前たち、ここで何をしている」

 と女を囲っている男たちに声をかけた。

 女を囲っていたうちの一人で、ガラの悪そうな夜叉明王の刺青を入れた男は、

「せっかくいい女を見つけて口説いてるところを邪魔しに来るとはな。いい度胸じゃないか、そこのチビ」

 と言って腰に差していた刀を抜いた。

 取り巻きたちは、最初に刀を抜いた男に続いて刀を抜く。

「刀を抜いたからには相応の覚悟をしろよ」

「悠長なことを言ってられるのも、今のうちだぜ」

 男四人組は、俺と正清に向かって斬りかかった。

「やるぞ、正清」

「ああ」

 戦闘態勢に入った俺と正清は、四人いる相手を二人に分けて相手どった。

 本来であれば、袈裟斬りにしたり、胴を真っ二つにしたりするのだが、今いる場所は神の御前。ここで無益な殺生をしてしまえば、聖域を血で穢した神罰が下ってしまう。だから、峰打にして気絶させておく程度にしておいた。

「ふぅ……。余計な手間をかけさせやがって」

 吐息をついて正清が納刀したとき、男たちのうちの一人が、

「お前ら、こんなことをして、ただでいられると思うなよ。尾張一の大盗賊夜叉丸さまが黙ってないぜ」

 と言って、俺たちの方を強くにらみつけた。

「いい加減黙れ、悪党が!」

 俺は、賊の下っ端を死なない程度に蹴りつけた。

 白目をむいた賊の下っ端は、口から泡を吹いて気絶した。


   4


 「ケガはないか?」

 賊を神人に引き渡したあと、俺は、先ほど悪党たちに絡まれていた女に声をかけた。

「はい」

 先ほどよりも元気な声で、女は答えた。背丈は高く、シュッとした顔立ちで細く、大きな黒い瞳がきれいな色白美人だった。

「よかった」

「お侍さん、ありがとうございます」

 女はそう言って頭を下げた。

「いやいや、俺たちは人助けをしたまで」

「何かお礼をしたいので、家へ来ませんか? お侍さまたち、見たところ遠いところから来ているみたいだし」

 先ほどのように、女が賊か輩ともわからぬ者に襲われたら大変なので、

「そうか。よかったら送って行ってやる。さっきみたいな変な輩に絡まれたら大変だからな」

 と俺は提案した。

「送らなくてもいいです。家近いんで」

「え?」

 女の口から出た衝撃の発言に、俺と正清は驚愕した。

「もしや、国司や郡司のところの娘か? でなければ、このように色鮮やかな着物を着ているはずがない」

 家柄について、正清は女に尋ねた。

 女は、

「違います。私は熱田大宮司の娘由良と申します」

 と答えた。

「なるほど、そういうことだったか」

「とりあえず、寄って行ってください」

 由良がそう言うと、正清はしゅっとした顔にうれしそうな表情を浮かべ、大きな声で答える。

「ええ!!」

「おい、正清」

「行った方がいいんじゃないか? せっかくこんなきれいな娘が、お礼に、と言ってくれてるんだ。かえって失礼だ」

「でも、俺たちは人助けをしただけだぞ」

「お前ってやつは、どこまで人がいいんだ。それに、今日の宿はどこにしようか考えてたことだしな。ほら、行くぞ」

 賊たちを神人に引き渡すついでに、俺と正清は由良と一緒に彼女の家に行くことになった。

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