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第16話 関東の義朝⑮─報復─


   1


 22日に戦勝を祝う宴が行われた。

 いつも暗い顔で働いている下人や郎党たちは、酒の入った土器を片手に歌ったり踊ったり猥談をしたりと宴を楽しんでいる。

(このまま勝利の美酒に酔っていてもいいのだろうか……)

 今回の戦いはあまりにあっけなく終わってしまった。そして信じられないことの連続だった。影武者といえども、一族の長がここまであっさりやられてしまうだろうか? 人を斬ったときに血が出ず、土の塊になるだろうか?

 思い返せば思い返すほど、不可解なことばかりが頭をよぎる。

「せっかく勝ったんですから、喜びましょうよ」

 酒を持ってきた景義は、空になった俺の盃に注いだ。

「景義」

「はい」

 祐親を討ち取った後に起きた顛末について語ったあと、俺は、景義に異能の者や神通力を使える人間、陰陽師を信じるか? と聞いた。

「私は信じてますよ。弟が使えますから。他にもそうした特殊な力を持った人間なら何人か見たことがあります」

「そうか」

 俺は信じていない。全ての怪我や難病を治す前大僧正行尊の力、安倍泰親の陰陽道の秘術、斎院の持っている神通力。どれもタネも仕掛けもあるインチキだろう。

 盃の中に入った酒を飲み干した景義は、

「信じても信じなくても、どちらでもいいんじゃないですか。見える世界が全てじゃありませんからね。でも、今まで自分が見ていた世界が全て正しいという確証があるわけでもありませんがね。それに、自分の見えている世界って、ふとしたきっかけで大きく覆るほど脆いものですからね……。この前義朝様を倒したあの男も異能の者だというのはわかりました」

 真剣な表情でつぶやくように言った。

「そうか。些細なことで考えが揺らぐほど、俺はやわじゃねぇよ」

「そんなこと言ってますけど、いつ考えが変わるかわかりませんよ......」

「そんなことないって」

 気分良さそうに俺がそう言おうとしたとき、酒で顔を赤らめた祐継がやってきて、

「君たち、今から農民たちが田楽を披露してくれるそうだよ。良かったら、一緒に見に行きましょうよ」

 と俺と景義の手を引っ張り、陽気な足取りで田楽を披露している農民たちの前へ連れ出した。

 正直、俺の考えは少し揺らいでいる。

 俺を吹き飛ばした男、祐親の形をした何かを操っていた土人形。この戦いに首を突っ込んでから、普通ではあり得ないことばかり起きている。

 種や仕掛けがある。そう信じたいが、どれも種や仕掛けが無いように感じてならないのだ。もしかしたら、本物の異能の者はそれをひた隠しにしたり、自分の命が危なくなったりしたときにしか、その力を使わないのではなかろうか。


   2


 祐親を放逐した後、反大庭景親の集団が結成された。

 伊豆からは工藤祐継、北条時兼。相模からは景親の兄の景義と中村宗平。そして総大将には俺。前よりも万全の体制になっていた。

 月が変わって8月。昼間の暑さが和らぎ始める羊の刻に、俺と景義は今夜の肴を釣るべく、釣竿片手に狩野川へ釣りに出かけていた。

 河原に生えているすすきの穂が、まだ爽やかな秋風に吹かれる様が秋らしい。

 この日の魚籠の中身は、鯉が3匹。いつもよりあまり取れなかった。

 鯉が一匹しか入っていない軽い魚籠を背負いながら景義は、

「今日はあまり獲れませんでしたね」

 残念そうに言った。

「ああ。鮭や鱒でも獲れていれば、また違ったのかもしれないがな」

「いいですよね鮭。おにぎりの具」

「わかるぞ、景義。ちなみに俺は昆布が好きだ」

「昆布もいいですよね」

 おにぎり談義にふけっていると、こちらへ向かって白い水干を着、揉み烏帽子を被った下人が必死の形相で俺たちのところへ向かってきた。

「殿と景義様にお伝えせねばならない旨が二つ、ございます」

 ひざまづいた下人は、丁寧な口調で言った。

「どんな知らせだ?」

「良い知らせと悪い知らせです。どちらから聞くかは、殿にお任せします」

 良い知らせと悪い知らせ。いい知らせの方は、正清のことについてだろうか。もしくは、味方関係のことだろう。悪い知らせは考えたくはないが、伊豆の山中にいた祐親が挙兵したとかそんな感じのことだろうか。先ほどの下人の表情からして、悪い知らせは最悪の事態かそれに近い何かが起きたということだろうか。

 悪い知らせから聞く覚悟がなかった俺は、良い知らせから聞いた。

 下人は浅黒い顔に明るい笑みを浮かべながら答える。

「相模の渋谷氏、山内首藤が味方しました」

「おお、それは心強い」

 味方が少ない中で、こうして俺たちの力になってくれる存在は心強い。もしこの戦いから無事生還したあかつきにはその恩に報いようと思う。

「次に、悪い知らせについてお話ししましょうか」

 先ほどの明るい笑みとは一転、下人は重苦しい表情になり、悪い知らせについて話した。


   3


「相模から大庭景親の軍勢1000人が攻め込んできました」

 これが下人の口から知らされた「悪い知らせ」だった。この前の戦いで祐親の領地が奪われたことへの報復として、領地奪還のために伊豆へ兵を出したということだそうだ。

「なんだと!?」

 どうやら景親は、俺たちを本格的に消すつもりらしい。1000人という大軍を差し向けて。


 早足で釣りから帰ってきたあと、俺たちは早速軍議を開いた。

「どうする?」

 俺は時兼と景義に問いかけた。

 今にも泣きだしそうな声で時兼は、

「降参しようぜ」

 と提案した。

 顔を真っ赤にした景義は大きな声で反論する。

「降参なんてしたら、みんな死んでしまうよ! それでもいいんですか!?」

「もうそれしかねぇだろ?」

「降参したら、みんな殺されるんですよ」

「どうしようもないから降参しよう、と言ってるのに……」

 駄々をこねる時兼を無視し、景義は俺の方を向いて聞いた。

「殿。この館に籠城するというのはどうでしょうか?」

「籠城か......」

 悪くない。軍勢がやってくるまで、多少この屋敷を改良し、一か八かかけてみるのも悪くないかもしれない。

「なら、急ぎこの集落周辺の防備を固めないと」

「でも、兵たちを養う食糧が」

「痛いところを突かれた……」

 確かに、戦いにおいては兵士を養うための食糧の補給というのは問題になってくる。一人で戦うなら俺一人の分を考えるだけでいいが、戦は集団でやるもの。食糧のことも考えなければ、戦う際の士気にも大きく影響してくる。

「殿、どうしますか?」

「うーん……」

 籠城しても地獄。打って出たとしても地獄。負けるのは必定なのだ。でも、ここで決断をしないわけにはいかない。こうしているうちに、景親の軍勢は伊豆へと攻めてきている。

「こうしているうちに中村殿が危ない。一か八かに賭けてみよう。景義、このことを工藤殿に伝えるように」

「わかった」

 景義を使者として、俺は工藤殿にこの緊急事態を伝えること、防衛に協力してもらうのを頼むことにした。

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