第15話 関東の義朝⑭─挙兵─
1
俺の怪我が癒えた5月下旬。時兼とその妻、景義と一緒に集まった。
蒸し暑い中で沈黙が続いたあと、それを破るように時兼は、
「この前のお前たちの戦いを見ていて思ったんだけどよ。お前ら強いな。良かったら、俺の代わりに戦ってくれよ。もう、出て行ってくれなんて言わねぇから」
と言った。
「構わない。だが、条件がある」
「条件って何だよ?」
「俺がこの土地を守る代わりに、何かあったときは俺に力を貸してくれ。あと、敵の土地を手に入れたらその一部をお前にあげよう」
「わかったよ。もし破るようなことがあったら、俺はいつでも裏切るからな」
真剣なまなざしで、時兼は言った。
正清という最大の味方を失った孤独な俺だから、それでも構わない。もし自分がヘマを犯したときはすぐに裏切るとわかっていても。たった一人で景義の領地奪還を進めるより、裏切るとわかっている仲間がいるだけでも、不安だが少しは心強くなる。
隣にいた景義は手を上げ、
「そういえば皆さん」
と語りかけ、
「北条家には人が少なすぎませんか?」
現状での弱点を指摘した。
困惑した表情で、時兼の妻は北条の里にいる兵力数について語る。
「確かに少ないねぇ。今の状況で女子供を総動員しても100人行くか行かないかなんじゃない? それに農繁期だしさ……」
「困りましたね……」
攻めてきた伊東の軍勢およそ100人に対し、北条邸にいた軍勢は40人か50人ほど。半分か多いくらいか。そんな状態で、よくこの館を守りきれたものだ。
「伊東と敵対している勢力はこの辺にはいないのか?」
周辺に伊東家と敵対している勢力がいないのか、俺は時兼の妻に聞いた。
「いるよ。相模との国境に近いところにいる中村宗平、そして、伊東家の本家筋にあたる工藤祐継さ」
「ほうほう」
「特に工藤家のそれは、かなり根深いわね」
時兼の妻は、深刻そうな表情で工藤家と伊東家のことについて語った。
工藤家と伊東家は、どちらも藤原南家から出た同族。だが、棟梁になれなかった伊東祐親が領地を横領し、勝手に独立したことで関係がかなり険悪な状況にある。
当然、占領された領地を奪還するべく、工藤家の当主である工藤祐継は弟祐親を攻めた。
だが、祐親は生家である工藤家が行動を起こすことを見越し、相模にいる景親と同盟を結び、兄の軍勢を退けたのだ。以来伊東の地を実効支配している。
中村宗平については、相模と伊豆の国境にいる豪族で、現在祐親と景親の軍勢から所領を守るべく、孤独な戦いを続けている。
「そいつらと手を結ぼう」
俺は伊東家の敵対勢力である中村家と工藤家と同盟を結ぶことを提案した。一人よりも二人、二人よりも三人。頭数は多い方が心強い。
「それがいいわ」
「北条一人だけじゃあ頼りないですからね」
俺の提案に賛同する景義と時兼の妻。
「何勝手に決めてんだよ」
「なに? 伊東に領地をボロボロにされて死んだ方がマシって言うのかい?」
時兼が着ている直垂の襟をぐいと引っ張り、時兼の妻は聞いた。
「いや、決めるのがあまりに早急すぎるというか」
「でも、いつ伊東のやつらがまたここへ攻めてくるかわからない。すぐにでも同盟を結び、やられる前にこちら側から伊東を締め付けないと」
「どいつもこいつも殺気立ってるなぁ……」
大きなため息をつく時兼。
「奥方の言う通り。ああいうのは増長したら厄介だ。増長する前に叩いておかないと、えらいことになる」
「その通り。だから、すぐに挙兵の期日を決めましょう」
翌日北条邸の近所にある寺で祐親討伐の期日を決めるくじ引きを行った。くじの結果は、お盆明けの7月17日だった。
2
6月のはじめ。山伏に扮した俺たちは工藤家へ、時兼は中村家へと向かった。
工藤家の従者に案内され、控えの間で直垂に着替えて祐継のいる部屋へと通された。
俺と景義が一礼したあと、白い直垂を着た工藤家の当主工藤祐継は、
「君が、源義朝くんと家臣の景義くんだね」
と聞いた。
俺と景義は、はい、と答える。
「義朝くん。君のことは大番役で京都に行っていたときに、大殿から聞いていたよ。力になろう。北条だけじゃあ、君も頼りないだろうからね。君と大殿は拠点は違えども、同じ源氏一族。その郎党として、力を貸してあげようじゃないか」
「ありがとうございます」
「酒や肴も用意してあるから、ゆっくりしていくといい」
工藤祐継との交渉は成立した。その証拠に、祐継は俺たちのためにわざわざ酒宴を開いたり、宿を貸してくれたりして手厚くもてなしてくれた。
一方の時兼の中村宗平への交渉も無事成功したらしい。
伊東祐親討伐のお膳立ては、順調に進んでいる。あとは当日に攻めるだけだ。
3
お盆が明け、まだまだ暑さの厳しい7月17日の夜。俺たちは北条から借りた兵50人で伊東の屋敷を攻めた。北からは中村の20騎、南からは祐親の本家筋にあたる工藤家の150騎が攻めた。
要所要所にある砦を攻め落とし、夜には伊東家の館の前まで来た。
伊東家の館の門の前では、甲冑で身を包み、手には弓や打ち物、刀を持った兵士たちがずらりと並んでいる。数はおよそ60人ほど。暑さと眠気のためか士気が低い。余裕でやれる。
「かかれ!」
すぐさま俺は号令を出した。最前線に立って、敵の尖兵を斬り殺してゆく。
門の守りを破った俺たちは、伊東屋敷の敷地の中へと入った。
「源義朝だ! 討ち取れ!!」
刀や薙刀をかがり火にきらめかせ、屋敷を守る兵士たちは俺を目がけて怒涛のごとく襲いかかってくる。
いちいち斬り殺していてはキリがない。拳や蹴りを急所に食らわせて気を失わせたり、手や帯の辺りを斬ったりして道を開きながら、大将伊東祐親のいる場所を目指した。
数人の郎党を率いて屋敷の中へと入った。
そこに立派な大鎧を着た集団が闇夜に紛れて今から逃げようとしている姿が見えた。
(相手は逃げ腰、確実に殺れる)
名乗りを挙げながら、俺は祐親のいると思わしき集団に斬りかかった。
手出しはさせるか、と言わんばかりに近習たちは白刃をきらめかせ、俺たちに襲い掛かろうとしてくる。
お互いに緊張感が高まる中、
「待った」
と言って守りに徹する近習たちを押し切り、立派な鎧を着た俺と同じくらいの年の茶色の瞳が特徴的な男が前に出てきた。男は名乗りを挙げて、
「私が伊豆国伊東を治めている伊東祐親」
名乗りを挙げた。どうやらこの男が伊東家の大将伊東祐親らしい。
「いけません、殿。万一討たれてしまったら伊東はおしまいです」
慌てた近習は、前に出て戦おうとする
「構わん。相手をしてやろうじゃないか。せっかく私と戦いたいという人間がここまで来たのだから」
「俺は源義朝。名乗る生国はない」
「お前のことは景親から全て聞いている」
「そうか」
俺は八双に、祐親は正眼に構え、斬りかかった。
ぶつかり合う白刃は闇夜の中できらめき、甲高い金属音と火花を散らす。
刀を数回交えたあと、俺は祐親の顔面目がけて蹴りを入れた。
蹴りに気づいた祐親は右手でそれを受け止め、俺の眉間に拳を喰らわせた。
屋敷の中から外に吹き飛ばされる俺。痛みで目を開けているのですらやっとだ。
痛みに耐えながら、何とか庭の白州で受け身を取って体制を立て直そうとした。だが、戦いとは無慈悲なもの。祐親は起き上がろうとした俺の首を取ろうと、ひたすら首を目がけて斬りかかった。
持っている刀で俺は必死で攻撃を防いだ。
「お前源氏のボンボンにしては、なかなかやるじゃないか」
「これでもいろんな武芸者や僧兵、盗賊相手に真剣一本で戦ってきたからな」
「へえ。どうりで強いわけだ。でも、俺の郎党にいた神通力が使える者には勝てなかったと」
「あんなインチキに俺は二度と負けるか!」
ひたすら首を狙う祐親の足を狙って、俺は足払いをした。
体勢がぐらつく祐親。
俺はすかさずに胴を狙って左薙ぎに斬りかかった。手ごたえがあったから、やったのは確実だろう。
やったのを確信した俺は、祐親の喉笛を掻っ切ろうとしたときに、
「それだけか?」
と祐親は聞いた。白い顔に薄気味悪い笑みを浮かべながら。
「貴様、痛くないのか?」
「この体は借り物。たかが斬られても痛くもかゆくもないさ」
そう言って祐親は息を引き取った。
討ち取った証拠に祐親の首を取ろうと刀を振るう。祐親の亡骸を斬ったときの感覚は人を斬ったときのものではなく、土に突き刺さる感じだった。首が落ちるときに出る生々しい音はしない。
「本当に勝った、のか?」
とりあえず勝った。だが、実感が湧いてこない。
本当に伊東祐親本人に勝ったのだろうか?
悩んでいるところへ松明を持った伝令役の下人がやってきて、時兼と景義の軍勢が祐親の残党の掃討に成功したことを伝えた。
「確かめたいことがある。松明を貸してほしい」
「承知致しました」
伝令役の下人は持っていた松明を俺に渡した。
借りた松明を俺は先ほど討ち取った祐親を照らした。
「何だ、これは!?」
松明の炎で照らされた先にあったのは、左胴が切れ、首と胴体が離れ離れになった土の人形だった。先ほど俺と戦っていたのは、伊東祐親本人ではなく、伊東祐親の姿をした何かだったのだ。
「どうやら殿が戦っていたのは、祐親ではなく土でできた傀儡だったようですな」
伊東邸の戦いは俺たちの勝利で終わった。少し後味の悪い感じだったが。




