第13話 関東の義朝⑫─盗賊─
1
北条家の居候となって5日が経った日の朝。俺と景義は、従者から釣竿と空の魚籠を借りて、北条屋敷の前を流れている狩野川で釣りをしていた。
(俺は景義のことを誰よりも思っているから今すぐにでも戦おうと言ったのに……)
それだけのことだった。弟に全てを奪われ、孤立無援となっている。あまりにかわいそうだ。だから、すぐにでも助けてやりたい。家族の都合で何かを失った経験のある俺だから、なおさらそう思ってしまう。
「はぁ…」
ため息が出る。どうして、俺の気持ちをわかってくれないんだ。
釣竿を持っていた景義は、
「義朝様、この前のこと、気にしてるんですか?」
と聞いてきた。
内心気にしてはいる。勝手に
ごまかすように俺は、
「いや、何でもない。それよりも、景義は景親と暮らしていたとき、喧嘩はしたことはあるのか?」
と聞いた。
「もちろん同じ腹から生まれ、同じ乳を吸って、同じ屋根の下で過ごしてましたから、喧嘩くらいはありますよ」
「そうだよな」
「義朝殿にも兄弟はいるのですか?」
「ああ。弟が三人いる。実力で喧嘩をしても俺が勝ってしまうから、手は出さないようにしてた」
「長男なのはなんとなくわかりましたけど、自分から手を出さないようにしていたのはとても偉いです。わたしなんか、父が生きていたときは、くだらないことでいつも揉めていましたから」
「そうか。平和だな」
つぶやくように俺は言ったあと、
「子どものころに俺の一つ下の弟を半殺しにしたことがあった。普段ろくでもない親父も、このときは顔を真っ赤にしてこっぴどくやられた。このとき俺は、事の重大さに気づいて反省した。戦場以外でもし兄弟と争うようなことがあったら、俺の方から折れよう。そう心の奥で決めたんだ」
「いい兄ですね。あと──」
付け加えるように景義は、
「正清殿はいつか帰ってきますよ」
と言った。
「ほう」
「義朝殿と正清殿の『わたしを助けたい』という気持ちは同じ。でも、義朝殿には義朝殿の考えがあって動いているように、正清殿には正清殿の考えがあって動いている。今回はそれが噛み合わなかっただけですよ。気にすることはありません」
「そうか」
「今義朝殿にできることは、正清殿が帰ってくると信じること、そして正清殿の意思を少しでもわかってあげることです」
「『わかってあげること』か……」
忘れていた。
旅をしているとき、正清とはいつも一緒にいた。一緒にいると、話す機会は多くなるのだけれど、肝心なことについてのそれは格段に減る。
「いつも一緒にいるから互いに分かり合っている」
そんな慢心が互いの心に生じてしまうから。
「義朝殿、あっちを見てください」
景義が指さした方向を俺は見た。
その先には、泥まみれになったまだ6つもいかないくらいの少女が、俺たちに向けて手を振ってくれている。
俺と景義は手を振り返そうとしたが、少女が農作業をしていた母親に咎められてしまい、返すことができなかった。
釣りを済ませたあと、俺と景義は、わずかではあるが、水切りをしたり、川の水をかけ合ったりなんかして楽しんだ。
遊んでいるときの景義の顔は、いつものどこか暗い感じではなく、年相応の楽しそうな少年の笑顔だった。
2
魚籠の中には、先ほど釣ったフナや鯉でいっぱいになっていた。
「たくさん獲れたな」
「はい。何にして食べようか考えると、ワクワクしてきます」
目を輝かせながら、景義は魚で満杯になった魚籠を持ち上げた。
「そうか。俺もだ」
「やっぱりここは無難に塩焼きにしましょうか」
「いや、ここはみそ焼きだ」
「塩焼き」
「みそ焼き」
塩焼きかみそ焼きかで議論をしようとしていたときに、村の方角から叫び声が聞こえてきた。
「村でなにかあったようだ」
「みたいですね」
川沿いにある村へ行って様子を確かめようとしたとき、茂みから一人の女性が出てきた。女性は泣いている女の子とそして赤ん坊を一人ずつ連れている。
それを追うように、坊主頭と鳥頭の盗賊の下っ端二人組が追いかけてくる。
盗賊の下っ端に追いかけられている女性は、
「助けて、お侍さん。村が、村が」
と叫んだ。
俺たちに助けを求めた女性に、
「助かるわけがねぇよ、バーカ」
と右側にいた坊主頭の男は罵声を投げかけた。
慌てる女性に俺は聞く。
「村が大変なことになっているのか?」
「はい。盗賊に襲われて」
「わかった。今行くところなんだ。待ってろ」
腰に帯びていた刀を俺と景義は抜き、盗賊の下っ端二人組と対峙した。
坊主頭の男は俺が一太刀で仕留めた。
一緒にいた鳥頭の方は、景義と戦った。蹴りを食らわせて持っていた刀を落とし、できた一瞬の隙をついて突いた。そして、
「これを守ってくれるか? すぐに終わらせるから」
持っていた魚籠を少女に預け、俺と景義は盗賊の暴れまわっている村へと走った。
3
村に着いた。
村民の家屋は火が放たれ、鎧を着た盗賊たちは村々を荒らしまわっていた。
女子供たちは泣いたり悲鳴を上げたりしながら逃げまとっていた。村の弱者を守るべく、村の男たちは鎌や鍬などの農具や落ちていた石で盗賊に対抗している。
下っ端程度の輩には農具による攻撃は効く。だが、鎧で守られた幹部や大将にはほとんど無意味。農具の柄ごと薙刀や刀で斬られ、倒れてゆく。そして背後にいる女子供をさらい、老人は殺してゆく。流れた血は田んぼへ流れ、爽やかな初夏の水田を血の池地獄へと変えてゆく。
戦っている村の男たちに、俺と景義は加勢した。
突然の闖入者に、あっけに取られている盗賊の幹部たち。その間に、俺と景義は幹部の首を数人取った。
先ほどまで下知を取っていた盗賊の大将は、
「何者だ!?」
と尋ねる。
あっけに取られている盗賊たちの前で、俺と景義は名乗りを挙げた。
「なんだ。餓鬼か。笑わせてくれる」
「甘く見ない方がいいぜ」
「そう言ってられるのも、今のうちだぜ」
盗賊の大将は鉞を思いっきり振り上げた。
俺は振り上げたときにできた一瞬の隙をついて、首を切り落とした。
盗賊の大将の首は、晴れた4月初めの雲一つない青空の上を舞い、暴れる下っ端のもとへ、血しぶきとともに鈍い音を立てて落ちた。
「お、お頭がやられるなんて……」
「こいつら、強ぇ」
先ほどまで我が物顔で村を荒らしまわっていた盗賊の下っ端二人は、大将の首を見るや否や、顔を真っ青にして逃げ出した。
そこへ抜き身の刀を構えながら景義が近づき、逃げようとした二人を斬った。
刀や薙刀を持ちながら、ブルブルに震える盗賊の下っ端たち。
盗賊の大将のと幹部数人の首を持った俺は、戦意をなくしかけている盗賊の下っ端たちの前に出て、
「お前たちの大将がなめ切っていたいた餓鬼を甘く見ると、こうなる。こうなりたくなきゃあ、ここから失せろ」
と叫んで投げ捨てた。
生首となった盗賊の大将の首を見た下っ端たちは、許しを請うたり恨み言を吐き捨てて逃げたりと混沌とした様相を呈していた。
正清のように大軍を動かして敵を追い詰める知恵が俺にはない。それゆえに、両者とも逃がすことしか俺はできなかった。
逃げ出す様子を好機と見た無傷や軽傷の村人たちは、石を投げたり、降参した盗賊の下っ端を散々に痛めつけて殺したりした。
魚籠を預けていた親子が戻ってくるときには、盗賊たちは逃げたり殺されたりして、村の中からいなくなっていた。
4
夕食のとき、百姓の少女を誘拐しようとした野党まがいの輩について時兼に聞いた。
時兼は肴を一口食べたあと、
「ああ、あいつらは伊東が雇っている盗賊さ」
と答えた。
「伊東が雇っている盗賊?」
盗賊たちの意外な正体を知った俺は、驚いた。武力を持っている一介の武家が、わざわざ盗賊を雇って隣の家の領地を荒らしていたからだ。でも、よく考えると、どうしてこう曲がりくどい方法で他人の家の領地を荒らすのだろうか。本当にその土地が欲しいのなら戦って切り取ればいいのに。
「先代から俺たち北条は、隣の伊東と対立しててな、その関係で奴ら俺たちのところへちょくちょくこうして来るんだよ」
深いため息をついて、時兼は空になった土器に酒を注いだ。
「どうして、追い払わない?」
「俺だって、正直奴らを追い出したいよ。でも、無理に刺激したら、何をされるかわからねぇ。怖いんだよ」
「でも、お前たちの領地の農民の娘が、さらわれたり、家を焼き払われたりしてるんだぞ。怖がって見て見ぬふりなんてできるか」
「お前、昨日散歩してたって言ってたよな?」
「ああ」
「まさかだが、あのとき奴らに手出してないだろうな?」
真っ青な顔色で、時方が俺に散歩の様子を聞き出そうとしたとき、外から誰かが門を思いっきり叩く音がした。叩く音といっても、人の家に訪問するときに叩くものではなく、門を破壊しようとするときのそれだ。そして板塀の向こうから、
「おい時兼、源義朝と大庭景義はいるか!?」
という叫び声が聞こえてきた。
痙攣を起こした時兼は、しばらく青白い顔色になり震えたあと、泣きながら言う。
「おい、オメーなんてことしてくれたんだよ!」




