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第12話 関東の義朝⑪─仲違い─


   1


 箱根の山々を抜け、北条の地へと入った。

 伊豆北条の地は、小高い山々に囲まれた小さな農村にある。その農村を流れている狩野川沿いにある山の麓に、景義が逃げた北条氏の屋敷があった。

 景義は北条家の郎党が詰める小屋にいた。母屋にいては忍びの者に勘づかれるからだろうか。

「生きていて何よりです」

 景義はそう言って礼をした。屋敷にいたときよりも、どこかゲッソリとしている。

「お前こそ」

「ここまで来たら、戦うしかないな。弟に目にモノを見せてやろうじゃないか」

「でも、兵力はどうするんだ? 俺と義朝、そしてお前と数十人単位の仲間しかいないじゃないか」

「困った……」

 ため息を一つついて、景義は頭を抱えた。

 流れ者の源氏の御曹司とその乳兄弟を背後につけた落日の大庭家の当主と、諸国にいる源氏をバックにつけた簒奪者。この戦いは、どう見ても後者の方が有利だ。前者、すなわち俺たちには大義はあっても勝ち目はない。

「それと、最近耳鳴りがひどくなってます」

「そうか」

「心配事とか、そういうのじゃないと思う。いつも同じ時間に耳鳴りがするから。多分──」

 景義が何か言おうとしたときに、

「オイオイ、メンドクサイことに巻き込まないでくれよ。こっちはお前の警備だけでも人員割くのに大変なんだからよ。源氏の御曹司にその乳兄弟。また厄介な奴連れ込んで来やがって」

 赤ら顔の中年太りしたオッサンが出てきた。

「お前誰?」

 俺と正清は声をそろえて聞いた。

 赤ら顔の中年太りしたオッサンは、左手に持っていた徳利を傾け、右手の土器かわらけに注ぎながら、

「おらぁ、北条時兼ってんだ。坂東平氏の血を引く貧乏武家ながらも、源氏に仕えてた。だけど、テメーの親父が不甲斐ないから、こうして伊豆の片隅で引きこもってんのさ」

 と自己紹介をした。話すとき息に混じって出る酒くさい臭いが鼻の奥を突く。

「そうか」

 相槌と先ほど話していたことを説明するついでに、俺は挙兵に協力してほしいということを話した。

 土器の中の酒を飲み終えた時兼は、嫌そうな表情で、

「やだね」

 とキッパリ答えた。

「俺には正清しか郎党がいないんだ。頼む!」

「俺も景親のクソガキ嫌いだ。けどよ、戦うとかめんどくさいじゃん。それによ、俺は面倒なことに巻き込まれたくないんだよ」

「それでもお前は武士か」

「よく考えてみろよ。痛いのは嫌だろ?」

「痛いのは嫌だって……。戦いをしていれば、実践や修練に関わらず傷の一つや二つ追うだろうよ」 

 イラついた俺は、きつめの口調で反論した。危険じゃない戦いなんて、存在しない。

 時兼はため息を一つついて反論しようとしたときに、赤ん坊を抱えた女性がやってきて、

「あら、お客さんいらっしゃい」

 と明るい声で出迎えてくれた。

「どうもです」

「景義くんの知り合い?」

「そうです。源義朝といいます。そして景義と話してるのが、乳兄弟の鎌田正清です」

「まあ。私は北条時兼の妻です。こんな見苦しいところをお見せして申し訳ございませんでした」

 そう言って時方の妻は頭を軽く下げた。

「いえいえ、お気になさらず」

「なあ、こいつらがさっきから戦え戦えうるさいんだよ」

「あんたね、こんなんだから隣の伊東からなめられるんだよ」

「面倒なことはしたくねぇよ」

 先ほどよりも弱々しい声で、時兼は答えた。

「こいつ本当に頼りになるの?」

 妻から強い口調で言い負かされている時兼を指さして、正清は隣にいた景義に聞いた。

「どうでしょう。いつも酒飲んでるか寝てるし」

「絶対頼りにならないやつじゃんか。もっといい人間いなかったのかよ?」

 ヒソヒソと話す正清と景義の方を向いて、

「外野は黙ってろ」

 と睨みつけ、

「何でみんな挙兵とか、戦うとか、そういう方向に行くの。兄弟なんだから話し合うとか、国司に取り合ってもらうとか、もっと平和的な解決方法なんで取らないわけ?」

 と力説した。

「それは──」

 景親が亡き父の遺言に背き、鎌倉をはじめとした大庭家の所領を各地の源氏の力を借りて武力で支配しているから。ありのままの事実を俺が話そうとしたときに、

「お前らがいていいのは10日だけだ。過ぎたら出て行けよ。俺まで巻き込まれたら、たまったもんじゃねぇからな」

 と言い残し、小屋から出ていった。

「よくわかった。お前から力を借りるなんて、こっちから願い下げだよ」

 心の中で俺はつぶやいた。戦うのが面倒くさい。痛いのが怖い。そんな人間頼りにならない。他の策を考えることにしよう。


   2


 寝る前、俺と正清はこれからどうするかについて景義のいる小屋で話すことにした。

 ため息をついた正清は、

「さて、どうする?」

 と聞いた。

「う~ん」

 しばらく考えたあと、俺は、

「京にいる国司または相模にいる目代にこのことを話すか」

 と提案した。国司を通じて院へ上奏し、事態の収集を図ってもらう。奇をてらったやり方を思いつけるほど、俺の頭は良くないからこのやり方しか思いつかなかった。

「いいですね」

 景義はうなずいた。

 だが、正清は、

「悪くはないが、あまりオススメはしないな」

 険しい表情で言った。

「どうしてですか」

「ああいうのは、やったもの勝ち。先に景親が国司または目代、ましてや院に話をしていたなら、俺たちの立場が悪くなる」

「そうか」

 しおれた草木のようにしょんぼりとうつむく景義。

「じゃあ、どうすればいいって言うんだよ」

「焦るな。残りの9日間の間にこれから戦う準備をどうしようというときに」

「こんなだと、景義の旧領回復なんて永遠にできるわけがない」

「俺たちには兵力も、後ろ盾もない。それに戦おうとしている相手は、強大な軍事同盟と広大な領地を持っている。一介の流浪人風情が、何もない状態でどう戦えと?」

「……」

 言葉が詰まった。

 確かに景親の周りには、武田や佐竹、足利、それに秩父党という強力な後ろ盾がついている。対して俺たちは正清と景義、そして俺のたった3人。勝ち目なんてどこにもない。でも、一人の男として生まれたからには、意地がある。少年の幸せを取り返せずして、武士も男も名乗る資格がない。そう考えた俺は、

「それでも、俺は戦う。たった一人でも。それと、お前のやり方はいつもまどろっこしい。おまけにいつも否定から入るから、正直ムカつく」

 いつも思っていることと一緒に、俺は言った、

 一瞬眉間にシワを寄せた正清は、

「そうか」

 とつぶやいたあと、

「悪かったな。出ていくよ」

 荷物をまとめ、正清は北条家の小屋を出ていこうとした。

「ちょっと、二人とも!」

 喧嘩をする俺と正清の間に入ろうとする景義。だが、彼の叫びは俺と正清の張り詰めた空気の中にかき消されてしまう。

「ちょ、待て! 本気で出ていくつもりかよ」

 出ていこうとしている正清の袖を俺はつかんだ。

 正清は袖をつかむ俺の手を払い、無言で小屋を出て行った。

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