第11話 関東の義朝⑩─巫女に扮した刺客─
1
山伏の姿に身をやつしながら、俺と正清は相模国を脱出しようとした。
旅路の途中で誰かに見られているような気持ち悪い視線を感じたが、大磯、小田原まで何事もなくやり過ごすことができた。だが、箱根の関の前へ来たとき、関所を守る箱根山の僧兵たちに、
「待て、そこの二人」
と声をかけられた。
「何だ?」
「つづらの中を確認させてもらう」
僧兵はそう要件を言い、俺たちの周りを取り囲んで、つづらの中を見ようとした。
「この中には秘仏が入っている。やすやすとは開けられないな。力ずくで見ても、目が潰れてしまうかもしれませんぞ」
「ならば、力ずくでやるまで」
僧兵たちは、薙刀の穂をきらめかせ、襲いかかろうとした。
「おっと、やるのか?」
俺は錫杖を構えようとしたとき、正清がいきなり、
「お前が義朝に似てるからこうなるんだよ」
と蹴りだしてきた。
「い、いきなりどうした!?」
突然の正清の行動に戸惑う僧兵たち。薙刀を構えながら、きょとんとした目つきで俺のことを全力で蹴り続ける正清の様子を見ている。
「こいつは最近話題の源義朝に似てるもので、よく間違われて俺たちいつも大変なんですよ」
納得したのか、僧兵の長は取り巻きを下がらせて、
「わ、わかった。次の質問に移るが、なんのために伊豆国へ入ろうとする?」
と聞いた。
「私たちは高尾山薬王院の社殿の修理代を寄進するために、こうして坂東中を歩き回っているのですよ」
「そうだったか。疑って悪かったな」
「ええ。今から証拠として──」
そう言って正清は、腰に下げていた巾着袋から巻物を取り出し、
「私は高尾山薬王院の住職の命を受け......」
と読み上げた。いや、読み上げたというよりは、それっぽく言ったの方が正しい。勧進帳は白紙だったからだ。
「素晴らしい。疑って悪かった。よし、通そう」
先ほどの黒いまなざしから一転、僧兵たちは優しい目つきになり、俺たちに関所を通ることを許した。
2
箱根権現の僧兵たちの詮議を潜り抜け、俺と正清は芦ノ湖の湖畔沿いにある集落の中の道を歩いていた。
「さっき本気で蹴ったろ!?」
関所を通ったときに正清が蹴りつけたことについて、俺は問いただした。
あのとき俺は、手が青アザだらけになるまで正清に蹴りつけられた。しばらく経った今でも腕が痛い。
吐息を一つついた正清は、
「そうでもしなきゃ、あの厳つい僧兵の集団が黙って通してくれると思うか?」
と答えた。
「でも、あの僧兵くらいなら、俺たち二人でもなんとか倒せたろうに」
「そうか? あいつらは武士とは違ってタチが悪い」
「武士とは違ってタチが悪い?」
「お前、何にも知らないんだな。まあ、腕の青あざだけで済んだだけいいと思え。仮にあいつらにあの場で勝てたとしても、後で寺社の方が神罰をちらつかせてくるから、大変なことになってたぞ」
「なるほどな……」
僧兵の存在は、京にいたときからよく見ていた。寺院の警備や街中で喧嘩を起こしては検非違使に逮捕されていた。その様子を見ていて、迷惑な奴らだ、と思うことはよくあったが、まさかここまで厄介な奴だったとは。
「まあ、ありがとうな」
俺がお礼を言おうとしたとき、一人さまようように歩く女の姿が目に入った。長く艶やかな黒髪。白い着物に赤い袴。服装からして巫女であろうか。
「どうしましたか?」
丁寧な口調で正清は聞いた。
困惑した様子で巫女は答える。
「伊豆山権現まで一緒に来てくださらない? 道がわからなくなっちゃって」
「いいですとも。一緒に行きましょう。女の人一人では、これから進む山道は危険でしょうから」
「ありがとうございます」
巫女が加わったことで、むさくるしい男二人の旅路に華やいだ。
巫女を連れて、俺と正清は山路を歩いた。
巫女は信濃の飯縄の出身で、管狐を使った憑き物祓いや祈祷を生業にしているのだという。
どういうことがあって坂東に来たのか、正清は聞いた。
巫女は、
「高尾山の方に用事があって」
と答えた。
「そうか」
「管狐とは何なんだ?」
管狐という聞きなれない言葉について、俺は聞いた。
白い着物から竹の筒を何本か取り出した巫女は、
「この筒の中に入っている狐を使って、悪霊や物怪を払うんです」
と説明してくれた。
「なるほど。今ここで見せてもらうことはできないか?」
「それはできません」
「そうか」
こんな感じで巫女と話しながら、湖畔沿いにある集落の中の道を歩いた。
3
集落を抜け、山道へ入った。
鬱蒼と茂る木々の下には、ワラビやゼンマイといった、湿った場所を好む植物が所狭しと生えている。その中を、俺と正清、そして巫女は進む。
道中巫女は立ち止まった。
「どうしましたか?」
いきなり立ち止まった巫女を心配した正清が声をかけると、
「源義朝とその郎党鎌田正清の首貰った!」
と叫んで、竹の鞘に入った懐剣で俺と正清に斬りかかった。先ほど「管狐が入っている」と言っていた竹筒は、小刀だったのだ。
殺気を感じた俺は、すぐさま女の攻撃が当たらないくらいの間合いに退避した。あと少しで首元を斬られてしまうところだった。危ない。巫女は本物ではない。巫女に扮した刺客だったのだ。この刺客を送ってきたのは、言うまでもなく景親だろう。
だが、正清は、小刀を持っている巫女に扮した刺客の手を握り、
「どうした、お前」
止めようとした。
巫女に扮した刺客は正清の手を離し、蹴りを入れた。
抵抗せずによけ続ける正清。だが、道端にあった木に追い詰められてしまった。
巫女に扮した刺客は、間髪入れることなく正清に入れ、
「離せ!」
と言って、正清を殺そうとした。
「危ない!」
正清が腹部を刺されようとする寸前に、刀を抜いた俺は、巫女に扮した刺客を斬った。
上に着ていた白い着物が、血しぶきで履いている袴のように真っ赤に染まってゆく。
「大丈夫か?」
「蹴られただけだから気にするな」
「どうして、抵抗しなかったんだ?」
あの程度の刺客なら、正清でも勝てた。だが、どうして正清は攻撃せずにやられてばかりだったのか?
しばらく黙り込んだあと、正清は答える。
「あまりにも突然のことだったから」
「そ、そうか」
釈然としない。勝てたはずなのに避けてばかりいたなんて。
「まあ、これでおあいこだな」
「お、おう」
先ほどまで花があった旅路は、また男二人のむさくるしいそれに逆戻りしてしまった。
この後も山伏や僧侶に扮した景親の刺客たちに襲われ続けながらも、景義のいる伊豆北条の地を目指した。




