第10話 関東の義朝⑨─刺客─
1
両手に鉤爪をつけた全身黒ずくめの男が大の字になっているのを、俺と正清は見ている。
「忍の者が来ていたとはな……」
「一体、誰の命を狙いに」
「そりゃあ、お前に決まってるだろう。そうでなければ──」
「景義か」
「でも、どうして景義の命を弟は取ろうとしている。坂東武者は、身内の情に厚いんじゃなかったのか?」
「土地が絡んでいた場合は別だ。自分の所領が増えるのだったら、たとえ実の父や兄弟、本家の総領だろうが毒殺も呪殺もする」
「殺伐としてるな」
都の貴族だったら、土地が絡んだ争いになったときは裁判をする。それでも摂関家や延暦寺などの有力寺社、皇室関係者と繋がっている者の訴えが優先されることが多いが。
「それよりも、こいつどうする?」
俺は正清に聞いた。
正清は枕元に置いてあった刀を抜いて、
「言うまでもない」
即座に黒づくめの男の喉笛を斬った。
男は悲鳴を上げる暇もなく死んでしまった。
「とりあえず、景義がどうしているか気になる。急ごう」
「ああ」
景義の部屋へと向かおうとした瞬間、
「小屋が、小屋が燃えてる!」
という下人の声が聞こえた。
「そんな、バカなことがあるのか」
「屋敷が全焼する前に、俺たちも避難した方が良さそうだ」
「でも、景義が」
情報と景義の安否確認のため、俺たちは先ほどまでいた部屋を出た。
部屋を出たとき、数人の童水干を着た総髪の少年たちとすれ違った。宿直で詰めていた少年たちが、避難していたのだろう。
回廊を右に曲がった。そこでは、母屋に近い郎党たちが詰めている家屋が、黒煙を上げながら真っ赤な炎が火柱を上げて燃え上がっている。燃え上がる家屋の前には、鎧を着た武者たちが次々に襲い掛かり、小間使いや下女といった非戦闘員を殺戮してゆく。
炎は茅葺屋根の母屋の屋根へと飛び移ったのだろうか。小屋に近い部分からは煙に混じって焦げくさい臭いが風によって運ばれてくる。
「本当に燃えてる......」
「ここにいては危険だ。逃げよう」
「ああ。すでに母屋にも火は及んでいるようだからな」
逃げようとすると、苦無を持った黒装束の男の集団が茂みから現れた。音からして三人ほどいるようだ。
「畜生......」
黒装束の男たちを相手に、俺と正清は戦った。
相手の動きは素早い。太刀筋を苦無で受け止めたかと思いきや、間髪入れずに殴ったり蹴ったりしてくる。
「面倒な奴らだ」
間合いを引き、相手の出方を伺う。
この様子では、飛び道具は持っていないようだ。
踏み込もうとしたとき、何かが俺の肌をかすったような感じがした。蔀戸に突き刺さった感じの音からして、金物であることは間違いない。
「正清、先に行け」
「いや、ここは俺に任せてくれ。お前が行ってやった方が、景義も心強いだろう」
「お前、こいつを一人で相手するのか。無理に決まってる」
「まあ、何とかなる。行け」
「死んでも一緒に戦ってくれなかった俺を恨むなよ」
闇夜の中、正清は刀一振りで黒装束の集団に立ち向かった。
2
「死んでる......」
景義の部屋に来たときには、すでに景義は絶命していた。
大の字になって転がっている景義の死体が、小屋を燃やす火の手によって照らし出されている。
「畜生……」
絶望した。人、それも子ども一人の命すらも救えなかった。
何のための修行だったんだ。何のための武士なんだ。そんなことを、景義の死体を見ながら自問自答する。
沸き起こる悲しさと悔しさ。それらを必死でこらえているときに、後ろから何かが飛んでくる気配がした。
すぐさま俺は飛び退き、反射で刀を抜いた。何かが落ちたようだ。
一つは蔀戸に刺さり、あとの二つは刀によって弾かれたようだ。
「誰だ!?」
そう問いかけると、どこから現れたのか、黒装束の男が現れた。
黒装束の男は、手に苦無を持ちながら言う。
「大庭景義の命、この私が頂戴致した。次は、源義朝、お前の番だ」
「強弓の奴らに比べれば、大したことなんかない。俺は今、猛烈に機嫌が悪い」
「ほう。そう言っていられるのも、今のうち」
黒装束の男は、再びクナイを投げた。
抜き身の刀で黒ずくめの男のクナイを払い、斬りかかった。
無言で黒ずくめの男は、持っていたクナイで俺の一撃を受け止めた。そして、顔を狙って回し蹴りを繰り出した。
紙一重のところで間合い俺は避け続ける。
黒装束の男の蹴りを交わしたり受け止めたりしながら、間合いを広げた。
ある程度間合いが開いたときに刀を納刀し、姿勢を低くした俺は構えた。居合の構えだ。
「居合いか。やってみろ」
黒装束の男が来たとき、俺は無言で構えていた刀を抜いた。手ごたえは確かにあった。
3
黒装束の男を、俺は斬った。
斬ったときに手ごたえがあったから、確実にやった。
そう思いながら、抜き放った刀を納刀した。
吐息をついて、正清に加勢しようと向かおうとしたら、
「ちっ。鎖帷子が切れたか」
という声がした。
「まだ生きてやがったか。しぶといやつめ」
「忍びをなめてもらっては困るな」
「ただのコソドロ風情が」
「目的は半分達成した。貴様の使う武器と強さはよく覚えた。さらばだ!」
「逃げるな」
月明かりを頼りに、俺は追いかけた。景義の仇を取るために、絶対に仕留めてやる。
だが、黒装束の男は足が速い。夜目が効くこともあってか、闇の中を自在に駆け回る。
追いかけているうちに、塀へとさしかかった。追い詰めれば確実に黒装束の男を仕留められる。
「覚悟!」
黒装束の男に、俺は斬りかかった。
あと一歩のところへ踏み込もうとしたとき、
「痛っ!」
足元に何かが突き刺さった。
足元を見てみると、大量の乾いた菱の実が転がっていた。
「バカにしやがって……」
痛みに耐えながら、俺は黒装束の男を追いかけたが、塀を登って様子を見たときには、その姿はなかった。
「ごめんよ、景義。お前の仇は取れなかった」
涙を押し殺しながら俺は納刀し、正清の元へ加勢しに行った。
4
正清の加勢へ向かった。
だが、加勢に向かった時には、正清の目の前に黒装束の男たちの死体があった。どの死体にも、胸や頭上に刀や鉤爪、苦無が突き刺さっている。しかも、不思議なことに正清の体には傷一つついていない。
「お、お前、こんな素早い奴らをどうやって?」
信じられない。武芸の勝負で、俺と渡り合えるほどの実力を持っている正清が、3人もの黒装束の男を討ち取った。俺でも一人を相手するのにやっとだった。なのに、一人でどうやってこのすばしっこい集団を殺したのだろうか。
微笑みながら、正清は、
「知りたいか? まあお前に話しても、どうせ信じてくれないから、話すつもりはない」
と答えた。
「何かやったんだろう。話せ。俺と同じくらいの実力のお前に、黒装束の男たちを全員殺せるはずがない」
「まあ落ち着け」
必死で正清は俺をなだめる。
「まさか正清、『神通力』でも使える人間だったのか?」
「だったらどうする?」
「まあ、そんなわけないか」
このようなやり取りをしているところへ、
「あの、すいません」
24、5くらいの下女が、駄弁っている男二人のところへやってきた。
「何でしょう?」
穏やかな口調で、正清は聞いた。
「殿からの密書です」
「わかりました」
丁寧に景義からの密書を受け取り、正清はそれを俺に渡した。
「どれ」
下女から密書を受け取り、俺は包み紙を取って読んだ。
密書には、子どものわりには整った字で、
「俺は生きています。今は稚児に身をやつし、伊豆の北条時兼を頼って向かっています。その間あなた方も、身を隠していてください。景親は必ず、私だけではなくあなた達も消しにかかりますから」
と書いてあった。
「よかった」
景義が生きていることを知って、少し楽になった。数日間しかいなかったけれど、同じ屋根の下で共に過ごし、喜楽を共にした仲間。死んでしまえば寂しくなるし、生きているとわかっただけでもうれしい。
「どうする?」
密書を直垂の懐にしまった正清は聞いた。
「とりあえず、ここを出よう。身が危険だ」
「そうだな」
俺と正清は、十数日間過ごした懐島を出た。景義が逃れた伊豆北条を目指して。




