再び死出山へ
その翌日の事だった。朝、目覚めた梨乃は窓を開けて周囲の『風』を感じる。普段と変わらない気配に混じって、死出山がある方向から、妙な『風』を感じた。
「清蓮さんが、私を呼んでる…?」
梨乃は外に出た。その『風』はどうやら気のせいではないらしく、少しずつその気配は強くなっていく。
梨乃は卓と連絡して、死出山に行こうとした時、偶然玲奈と出会った。梨乃は、玲奈にもその話をする。
「死出山へ…?」
「うん、卓兄さんも同じ気配を感じたんだって、今から行ってくる。」
「私も行きたい!」
「俺達も行っていいか?」
勤と智もやって来て、梨乃にそう言う。梨乃は仕方ないなと思いながら、こう答えた。
「分かった、卓兄さんに聞いてみるよ」
梨乃は、そう言って玲奈達を連れて卓の家に向かった。
そして、梨乃達は卓の車に乗って死出山に向かった。以前、梨乃の記憶を思い出す為に向かったが、その様子は以前と変わらない。
だが、梨乃は『風』、魂の流れが以前よりも弱くなっている事に気づいていた。死出山の力が弱くなっている。そうなれば、この地が魂の循環に使われる事はなくなるだろう。恐らく、清蓮が梨乃を呼んでいたのは、それを伝える為だろう。
梨乃は卓達を冥徳寺に預け、一人で死出山に登っていった。いつでも戦えるように御札と数珠は持ち合わせている。
もし、麓に何かあっても、智がみんなを守ってくれるだろう。それを信じて、梨乃は歩いていく。山に掛かる霧は深くなり、道も険しくなった。
そして、梨乃は崩れかかった神殿に辿り着いた。『風の神殿』、風見清蓮が死出山を守護する為に造った神殿だ。梨乃かその中に入ると、眩い光に包まれ、風見清蓮の意思が残る亜空間に来た。
そこでは、風見清蓮がずっと梨乃を待っていた。
「来たか、梨乃よ」
「清蓮さん、お呼びでしょうか」
清蓮は、力が弱まりつつある死出山の方を振り向いて、こう言った。
「この世にあるものは全て死に、滅びゆく。死出山とて例外ではない。死出山の力を使って存在している我の意思も、それと共に滅ぶだろう。」
清蓮は、自らの術で御札を一枚燃やした後、こう言った。
「梨乃、巫蠱の術は知っているか?」
「それは…、何でしょう、霊術の類ですか?」
「陰陽道で使われる術の一つだ、妖や虫を狭い壺や場所で戦わせ、生き残ったものを蠱毒という強大な妖にする。我は決して生き物を粗末にしなかったが、それを使った陰陽師が居た。生きていた頃、我は都で妖達を退治していた。その時に出会った陰陽師だ。」
清蓮の背後で唸り声が聞こえた。梨乃がその方を向くと、黒い式服を着て、赤い目を幾つも持った異形の妖が居る。
「愚かだな、自らの術で妻子を滅ぼし、挙げ句の果てには自らを蠱毒と化すとは…」
清蓮は、その妖に御札を向けた。
「我の力が弱る所を付け狙ったか、宵宮義尚!」
宵宮は、清蓮に向かって獣のように吠える。既に、人間だった頃の理性は残されてはいないようだった。
「梨乃、行くぞ」
「はい!」
梨乃と清蓮は、御札を構えて宵宮に向かって行った。