『風』を感じて
玲奈が学校に着くと、先に智が隣の席に座っていた。智は何故か顔を伏せて、玲奈に向かって手を上げる。
「おはよう、玲奈…」
「智、何照れてんだよ!」
玲奈はそんな智を置いて、勤に今朝の話をした。
「梨乃さんが、俺に…?」
勤は、顔を赤くしてそう言った。
「うん、勤君が見たのは前世の記憶なんだって、それに縁がある人を会わせたいって言ってたよ?」
「そっか…」
茂の家に三人で遊びに行くと聞いた智は慌てて起き上がった。
「俺も行っていいのか?」
「うん!いいよ!」
玲奈の返事を聞いた智は、頭から湯気を出し、顔を真っ赤にしてその場に倒れた。玲奈は慌てて智を抱え上げる。
「智の様子が今朝からおかしいんだよ」
「え、何、病気?休んだ方が良かったんじゃない?」
「恋の病ってやつだな」
「可愛いよ!」
玲奈は、智が窒息するんじゃないかと思うくらいに強く抱き締めた。案の定、智は苦しんでいる。
「やれやれ、都合の良い玩具にされてるな」
勤は玲奈の悪行に溜息を吐きながら、こう呟いた。
「玲奈は意外に鈍感なんだな、智の気持ちに気づいていないのか…」
そして、勤はそんな二人を置いて、自分の席に戻っていった。
そして、約束の日になった。玲奈達四人は、渡辺邸に向かう。渡辺邸に着くと、まず志保が四人を迎える。
「みんな、いらっしゃい」
「こんにちは!」
志保は四人を居間に迎え、冷たい飲み物を用意した。
「梨乃ちゃん、瞬さんに会いたいのよね?もうちょっと時間掛かるみたいだからここで待っててね?」
「ありがとうございます」
志保は、居間の扉を開けて涼しい風を入れた。そして、自分が邪魔にならないようにそこから出て行った。
しばらく経って、襖を開けて中から人が入って来た。くすんだ色をしているが、日に当たると金色に輝く切り揃えた髪の毛。全てを見透かすような気を感じる灰色がかった茶色の瞳。
『風見の少年』、彼の物語を知るものは瞬の事をそう呼んでいる。そんな瞬は梨乃の所に立った。
「お久し振りです、瞬さん。」
「こんにちは、梨乃ちゃん」
瞬と話していた茂も、居間の中に入って来る。
瞬は久々に出会う四人とじっと顔を合わせた。そして、智の妙な気配に気づく。
「卓の時は隠していたと思うけど…智君はひょっとして人間じゃないね?」
「あっ…、どうして分かりましたか?」
瞬は口元をほころばせた。
「『風』が人間のものとは違ったからね。卓の時は恐らくあまり近づかなかったから分からなかったと思うが、なんだろう…、君の気に触れると霊が積極的に通さがっていくんだ。殺気を感じるような冷たさながらも、奥には熱いものがある。こんなのを感じたのは初めてだよ。」
智が驚きながらも頷いた。
「あの頃は死神である事を隠していたから、気配を感じにくかったかもしれないですね…」
「死神か、また話を聞かせてくれないかい?」
「ええ、まぁ…」
智は戸惑いながらもそう返事を返した。
瞬はそんな茂の事を置いて、勤の方に目を向けた。
「君は……」
勤の髪の毛が風でたなびいた。
「ひょっとして…瞬か?」
「勤君、なんで瞬さんの事を呼び捨てに…」
「待って!」
梨乃が玲奈の肩を持って、二人を見た。勤は瞬にゆっくりと近づいて行く。
「夢の中にも出てきたんだ…ずっと会いたかった!」
瞬が何かを感じ、勤を見た。
「まさか…晴人?!」
「晴人さんって…、瞬さんの亡くなった親友の?」
勤は瞬以外に全く目も暮れず、こう続ける。
「ずっと会いたかったんだ。自殺した後もずっと彷徨ってて、その時も瞬の事を考えたんだ。卓君達のお陰でなんとか冥界に行ったんだけど…不思議と次も人間に生まれ変わりたいって思ったんだ。あんなに苦しい思いをしたのにね。ホント、俺って瞬を、人間を捨てきれないんだなって。」
勤の目からは涙が浮かんでいる。
「そうか、そんな事を思っていたのか…」
「俺…今とっても幸せだよ。梨乃さんや玲奈、智とも仲良くやってるし、両親も優しくしてくれる。色々な事を信じれて、明るくしてる。」
「それが幸せだと気づけたのはどうしてだと思う?」
その答えは、瞬の代わりに茂が答えた。
「辛い事があるからこそ、その先が幸せだと感じれるんだ。だから…君は生まれ変わろうとしたんだろう?私は、何も幸せだった頃を残すのではない、辛かった記憶も受け継がないといけないって思ってるんだ。」
「辛い記憶も受け継ぐ、か…。」
勤は玲奈達の方を見た。
「確かに過去の出来事も大切だ。だけど…、僕達は未来に突き進んで行かなきゃ行けないんだ。君達は、僕達よりも遠い未来に居る。勤君、君だったらそれが分かるだろう?」
「はい!」
勤は瞬の方を見て、大きく頷いた。自分の前世の事を知った勤の表情は、以前よりも晴れているかのように見えた。