序章 1話
俺の目の前に立つ、その存在に俺はただ、視線を向けることしかできなかった。
体がまるで動かない。
声が出ない。
視界が暗い。
体中が痛い。
───どうして、俺が。
───なんで、俺なんだ。
なぜ、俺だけがこんな───。
俺は何も悪くないのに。
なんで生きているのだろう───。
「君は、この世界は間違っていると思うか?」
……なんの話だ。
「なぜ自分だけが、こんな目にあっているのだと思ったことはないか?この世界が狂ってると思ったことはないか?世界を……憎んでいるか?」
……そんなの、思ってるに決まっているだろ。
世界が俺を苦しめる。
こんな世界、狂ってる。
憎まずになんて、いられる訳がない。
「この世界を……変えたいか?」
……変えたい。
この世界を見返してやりたい。
俺は無能なんかじゃないって。
声は出せないが、俺の意思は奴にしっかりと届いていた。
奴はふっ、と微笑を浮かべた。
「ならば私と共に来い。俺が君を強くしてやろう。強くなって、この世界を変えてみせろ───」
───急激に冷え込みが厳しくなってきた冬のある日、元気な産声をあげて、小さな男の子が産まれた。
彼の両親と思われるひと組の男女は感極まり涙を浮かべていた。
だが、その横で産科の医師と思われる男が驚愕の表情を見せた。
「こ、この子は……っ!」
それに気づいた男女から涙が止まり、医師の男と同じ顔をした。
「こ、これは……まさかっ!?」
彼らの顔からは次第に血の気が引いていった。
なぜか。
それはその赤ん坊の瞳の色にあった。
「片目が……紫色だ。これは……魔疫病だな……」
本来、人の体は産まれた時に空気中の魔気と呼ばれる免疫のない者には毒でしかない大気に母親のお腹の中で触れ、それに少しずつ順応していき産まれた時には完全に免疫がつくようになっている。
だが、ごく稀に魔気に体が順応できずに魔気に体が侵され、すぐに死んでしまうことがある。これは本当に稀なケースだ。
この世界の人口が三十億程だが、魔疫病を患う人は年におよそ十人程だ。
しかし、彼のその症状は片目のみ侵食されていた。
普通の魔疫病は、両目が紫色に染まるのだが、彼は片目のみにその色が見られ、もう片方の目は通常の人間の瞳の色をしていた。
そう、これが彼らを驚かせた理由だった。
「まさか……半魔疫病だなんて……っ」
片目のみ紫色になるものを半魔疫病と呼ぶ。
これは、記録に残っているもので、数千年前に一度だけその事例があった。
その半魔疫病患者は、出産時点で死にはしなかったが、常に禍々しいまでの量の魔気を体内から放出し、その者がある程度成長した時に、急に体内の魔気が暴走し、狂人と化して一人で数万もの人々を強力な攻撃魔術で殺戮したとされている。
この話は、世界中に周知され人々は半魔疫病患者のことを、『殺戮の魔王』と呼び、人間に害をなす悪魔として戒めた。
魔王とは、数万年前からずっと、人類を脅かしてきた、魔気吸収量の強い種族……『魔族』を統べる唯一無二、最強で最恐の存在だ。
だが、人類の敵は魔王だけではない。
大体五年周期で、ある一定の空間に亀裂が生じ、そこから凶悪な生物がほぼ無限に湧いてくる。
人々はこの亀裂を、『災厄の裂け目』と呼んだ。
そして、人々はこの『災厄の裂け目』の原因が魔族にあると考え、長い間、人間と魔族は争ってきた。
現在では、両者共に戦力不足となり冷戦状態になっているが、いずれまた、災厄の裂け目と共に現れると日々怯えている。
なぜ、元々の能力に雲泥の差がある人間と魔族が対等に戦えているのか。
それは人間が魔気を利用して編み出した、『スキル』と呼ばれるものがあるからだ。
このスキルで、魔族に抵抗し続け、一度に多大な被害は出るものの、人間は滅ばずに済んでいる。
───だが冷戦の今、『殺戮の魔王』と同じ、半魔疫病の赤子が産まれてきてしまった。
「この子を……どうしたらいいんだ……っ」
彼らが一番頭を悩ませていたのは、この赤子の処分についてだ。
いかんせん、このような事例が今までに一度しかないことから、あまりにも不確定要素がありすぎるのだ。
彼らは、この謎の多すぎるの存在を生かすか殺すかを悩んでいるのだ。
もし、無害だった時のことを考えると、実の息子を殺すのは親として心苦しい。
そして有害だった時には、自分達では対処できない。
彼らが頭を抱えていると、医師から提案が持ち出された。
「処分に困るようでしたら、この町の教会に渡してはどうでしょう?あそこは孤児院の機能も果たしています。あそこの神父様ならば、きっとこの子を正しく導いてくれるでしょう」
この提案に両親は強く賛成した。
こうして両親からは、『アドルス』という名前だけをもらい、町の教会に渡した。
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