永遠に美しく……
悪いお妃が持っていた魔法の鏡が、白雪姫の所有物になったことはご存じだろうか。
それ以来、朝、昼、晩。魔法の鏡に語りかけるのが白雪姫の日課である。
「鏡よ鏡よ鏡さん、世界で一番美しい女はだーれ?」
外見どおり『四角四面』で『堅物』である魔法の鏡は正直に事実を伝える。
「世界で一番美しいのは白雪姫、あなたですよ」
姫はその言葉に酔いしれる。女である以上、ナルシシズムから逃れることは難しい。まして世界一の美貌に恵まれた白雪姫が、毎日その事実を確認したくなることは仕方がないのかもしれない。
鏡は正直さを発揮して満足し、姫も幸福感にひたる。文句のつけようのない蜜月状態だ。
しかし問題は、その後だ。と心配する家来がいた。
形あるものは不変ではいられない。悪いお妃が齢をとり世界一の美貌の座から陥落したように、いずれは白雪姫にも同じ運命が待ちうけているのだ。その兆候は、かすかだが姫の目尻や肌に現れはじめていた。
世界で二番目だと告げられたとき、彼女はどうするのだろうか。悪いお妃と同じように、世界一の座を奪った女性を殺害しようとする可能性もある。
家来は、魔法の鏡の説得を試みた。姫が死ぬまで「あなたが世界一の美女です」と告げるようにと。
しかし、彼の説得を鏡は拒絶した。
「私は『四角四面』で『堅物』であることを誇りにしています。対象をあるがままに映し出すことが鏡の使命なのです」
角張ったフレームをいからせて拒否するその姿は、真面目な若者特有の融通のきかない潔癖さ、机上の正義感を体現していた。
「何もかも正直に告げることが本当に美徳だと思うか。姫様が殺されかけた事件はお前の正直さのせいなんだぞ」
「それは、私の問題ではありません。責めるべきは前任のお妃様ではないでしょうか」
「もっと大人になれ。嘘だって必要なときもあるんだ」
「私は正直だからこそ、信頼されているのです」
「わかったよ。ひとりよがりの青臭い正義感を発揮して自己満足に浸っていればいい」
それ以後も家来はたびたび説得を試みたが、毎回このような会話が繰り返され、年月は過ぎていった。
白雪姫はあいかわらず、自らの美貌の確認のために魔法の鏡に語りかけ、答えを聞いて安心する日々をすごしている。
ある日、街に出た家来は、たまたま見かけたひとりの花売り娘に衝撃をうけた。
美しい。この少女が成長したら白雪姫の美貌を上回るのでは。いや、あるいはすでに姫を陵駕する美貌ではないのか……。
年月はすべてを変えていく。姫が有していた美は明らかに衰えていた。外見的にも内面的にも。初々しさも繊細さも可憐さも、かつての輝きとは比べるべくもない。考えれば考えるほどに冷酷な事実を認識せざるをえない。姫はすでに世界一の美貌ではないという事実を。
王宮に戻り、鏡に質問する。
「世界で一番美しい女は誰だ」
「……どうしてそんなことを知りたいのですか」
「いいから答えろ」
「世界で一番美しいのは……」
長い沈黙。判決を待つような気分で家来は最悪の答えを覚悟した。
「世界一の美女は、もちろん白雪姫ですよ」
「あの花売り娘よりも姫様のほうが美しいと言うんだな。……お前、大人になったな」
角張っていたはずの鏡のフレームが丸みを帯びていることに、家来は気がついた。年月はすべてを変えていく。白雪姫の美貌も、そして魔法の鏡の青臭い正義感さえも不変ではいられなかったようだ。
「すみません、今、なんとおっしゃったんでしょう。最近齢のせいか耳が遠くなって、おまけに視力も衰えてきましてね」
魔法の鏡はいたずらっぽく肩を――フレームを――すくめてみせるのだった。
《終》