原作:死と生きた少女
都立産業技術高専 文芸同好会 平成27年度産技祭冊子『萩』に『死と生きた少女』と題して掲載した作品です。
本作(死に愛された少女、幸奈の幸福)の原案です。
エロ・グロ・ナンセンスを曲解して書いた作品でしたが、あまりにも気に入っているので本作にリメイクしました。あまりにも気に入っているので公開します。
私だって、好きで人を殺しているわけじゃない。
月が照らす、スラムの夜。落書きだらけの廃墟に囲まれた、路地裏。アスファルトに広がる赤、漂う金属臭。ピクリとも動かない、人の形をした『モノ』に向かって手を合わせる。
――ごめんなさい。
私はソレに何の恨みもない。頼まれたから殺した、それだけだ。
十一月ともなれば随分と冷え込む。私は寒さに身震いする。時刻を確認すると二時を回ったころだ。早く帰ろう。コンビニでミネストローネを買うのもいいかもしれない。冷えた体には心地いいだろう。
私はご主人様に連絡を入れるため、携帯電話を取り出す。着信履歴の一番上にある番号を選択し、耳に当てる。
数回のコール後、男の声が聞こえる。
「終わったか」
「イエス、マスター。指示通り、物取りの通り魔が行ったように偽装しました」
「よくやった。今日はゆっくり休め。また連絡する」
男が言い終わるや否や、通話が終了する。私は歩き出す。ポケットには、事前にご主人様から貰ったお金が入っている。ミネストローネもいいけど、肉まんもおいしそうだ。とても悩ましい。
しばらく歩くと、スラムを抜けて大通りに出る。深夜なので人通りは少ない。まばらに車が通る程度だ。
慎ましい街灯に照らされる道の先、爛々と看板を掲げるコンビニが目に入る。おなかも空いたし、肉まんとミネストローネ、両方買おう。
店員さんの適当な挨拶を背に受けて、コンビニを出る。駐車スペースに座り込み、肉まんを頬張る。中の餡は熱くて、舌を火傷してしまった。しかしミネストローネでは冷やすこともできない。困っていると、コンビニから出てきた、初老の男性と目が合った。
「お嬢ちゃん、一口飲むかい?」
男性が持っていた水をじっと見ていたせいだろうか。ともかく、これ幸いと一口もらう。
「ありがとうございました。危なく味覚を損失するところでした」
「カカッ、大げさだねぇ。大丈夫さ、人間そんなに脆くないよ」
「そうでしょうか」
「面白い嬢ちゃんだ」
男性はそれだけ言って歩き去ってしまう。私は先ほどの行為を反省し、肉まんを息で冷ましてから口にする。ミネストローネを飲むと、おなかの中から温まっていく。
ごみを備え付けのダストボックスに捨て、家に向かって歩き出す。
決して短いとは言えない時間を歩くと、コンビニで得た体温は殆ど失われてしまった。そうして着いた、年季の入ったアパート。錆びだらけの外階段をのぼり、二〇一号室の鍵を開ける。
「ただいま」
誰がいるわけでもないが、何となく口にするのが習慣になっている。私が口にする、数少ない言葉の一つだ。
明かりを点け、着替えを持って脱衣所へ向かう。するすると服を脱ぎ捨て、洗濯カゴに入れる。鏡の向こうには、一糸纏わぬ少女がいた。
――あなたは、寂しくないの?
そう聞かれた気がして、私は風呂場へ入る。ひんやりとした地面に足が触れる。シャワーを出すと、当然の事なのだが冷水が先に出る。足元に広がる冷水の飛沫が、寒さを冗長させる。
しばらくするとシャワーは温水を吐き出すようになった。私は体を抱きしめるようにして、頭からシャワーを浴びる。ずっとこうしていたいが、光熱費ももったいないので、手早く体を洗う。鏡に映る少女は随分と幼い体つきをしている。こう、もっとぼんきゅっぼん、みたいな感じになりたい。いつまでも小学生と間違えられるのは癪に障る。
湯船にお湯は張っていないので、当然シャワーだけで終えることになる。シャワーを止めると、気化熱で体が冷えてくる。手早くタオルで水分を拭き取る。と、内腿に小さな傷を見つけた。切り傷のようだが、もうかさぶたで塞がっている。いつ付いたのか疑問に思う。こんなところ、誰にも見せたことはない。
風呂場を上がり、服を確認してみる。黒いチノパンの内腿に接する――丁度怪我の辺りに、切れ目と染みた血痕を見つけた。恐らく今日の仕事の時、何かに引っ掻けてしまったのだろう。
その時、足音が聞こえた気がした。
私の頭が即座に警戒モードに切り替わる。バスタオルを捨て、愛用のベストを身に着ける。全裸にベストはいささか不格好だが、この姿を見た人間は死ぬから問題はないだろう。そして、これまた愛用のガバメントカスタム拳銃を取り出す。サイレンサーを取り付け、扉の後ろで耳を澄ます。
扉の向こうで、足音を殺して移動する音が聞こえる。おそらく、リビングから入ってきたのだろう。足音はゆっくりとこちらへ近づいてくる。
タイミングを計る。一、二、三。
扉を勢いよく蹴破り、拳銃を構える。目の前には、全身黒ずくめ、目だし帽の男がいた。男も、こちらに拳銃を向けようとするが――遅い。
私は男の胸に二発、四五口径弾を撃ち込む。ぱしゅぱしゅっ、と言う音と同時、ぱっと鮮血が舞う。男の腕から拳銃を取り上げ、頭にもう二発撃ち込む。
男の目だし帽を外してみたが、知らない男だった。持ち物を漁ってみたが、男についてわかるものは何もなかった。
見ると、廊下は男の血でべっとりと汚れていた。最悪だ。とにかく、まずは他に侵入者がいるかどうか確認しなくては。息を殺し、ゆっくりと廊下を進む。開け放たれたリビングのドアの先は、真っ暗闇だ。ベストからライトを取り出し、左手で持つ。両手の甲を重ね、ライトを点けずに進む。出会い頭にライトの光をを叩きつければ、相手の視界を奪えるからだ。
慎重に、目を凝らし、耳を澄ませる。素足がフローリングからはがれる、ひたひたという音だけが耳に付く。ドア前の壁に背をぴったりと付け、リビングの中をのぞき込む。中には――誰もいない。
ゆっくり、一歩ずつ進む。台所には――いない。狭い部屋だ、もうクリアリングが終わった。リビングは、窓だけが開け放たれ、月明かりが差し込んでいた。
私は拳銃を下げ、セーフティを掛ける。リビングには、冷たい空気が満ちていた。頭が警戒モードから解けていくにつれ、寒さと恥ずかしさが湧き上がってくる。私はタンスから適当に新しいパジャマを見繕い、袖を通す。リビングの明かりを点け、窓とカーテンを閉める。
雑巾を手に、脱衣所に戻る。死体はご主人様の使いに処分させよう。連絡を入れると、雑巾で壁を丁寧に拭いていく。賃貸だから、汚してしまうと敷金が戻らないかもしれないのだ。
しばらくすると玄関がノックされる。サイトウです。お金を借りに来ました。扉の向こうから合言葉が聞こえ、私は安心して扉を開ける。
開いた扉の向こうにいたのは、先ほどの男と同じ、黒ずくめ、目だし帽の男だった。まずい。逃げなきゃ。そう思った時には首に何かひんやりとした金属が当てられて――