エピローグ:大和の思案
コツ、コツと革靴でリノリウムの床を歩く音が響く。白く清潔な建物には、白く清潔な制服を着た人間が数多く従事していた。消毒液のにおいと、独特の静けさが辺りを支配し、特異な空間を形成する。
私は、その建物の一室をノックする。返事を待たず、というよりは返事を期待せずにドアを開ける。中には、少女が一人、ベッドに横たわっていた。
少女の名は青葉、もしくは天宮幸奈。私が使役する奴隷の一人だ。青葉は部落出身で、しかしその部落をテロリストに占領され、しばらくはテロリストの奴隷として使われていた。そして自らの意思で、私の元で働くことを志願した。
彼女は低身長で童顔なのはいいのだが、銀髪に赤目と目立つ顔立ちをしていた。なので私の命令で髪を黒く染めさせ、普段はカラーコンタクトを付けて黒目にさせている。そうすることで、目立ちにくく、闇夜にも溶け込みやすい。
私は青葉の髪をそっと撫でる。しかし彼女が起きる気配はない。なぜなら、この前のテロに巻き込まれたからだ。青葉は手榴弾の爆発に巻き込まれ意識不明の重体と診断された。それから一週間、一度として目覚めたことは無い。
彼女は、やろうと思えば逃げられたのに、自ら戦いを選んだようだ。愚かにも程がある。青葉の命は、今や主人たる私のものなのだ。それをやすやすと投げ出すのは主人への反逆だ。しかも、青葉は仕事の給料を前借しており、その分の仕事をこなしている最中だったのだ。
私は青葉の手を握る。細くしなやかで、この手で何人もの命を摘み取ってきたとは到底思えない。彼女の寝顔は幼い少女のそれでしかなく、あまりにも安らかに眠っているので、呼吸をしているのか不安になる。
この前のテロでは、青葉が暴れてくれたせいで事後処理が大変だった。警察の特殊部隊が突入した時点では容疑者の半数以上が射殺され、けれど人質は全員無事。おまけに見た目には十三歳かそこらの少女が血だらけで倒れていたのだ。これを怪奇現象と呼ばずして何を言うのか。
ドアがノックされ、看護師が入ってくる。彼女が一礼するのを見て、青葉に視線を戻す。
「災難でしたねん。青葉ちゃん、とても頑張りやさんでしたから」
「そういえば熊野。お前は青葉と共に戦ったことがあるんだったな」
この病院は私の息がかかっており、この熊野という女性も私の奴隷の一人だ。今は看護師のなりをしているが、熊野は優秀な戦闘員でもある。
「はい。とってもいい子ですよん。きっと人一倍優しくて、人一倍責任感が強い、普通の女の子です」
「そんなこと、とうの昔に知っている」
「それはそれは、失礼しました」
熊野はおどけた調子で言う。私はそれを咎めることもなく流す。
「熊野。私は仕事が残っているから今日は帰らねばならない。青葉を頼んだ」
「任せろください、ですん」
熊野のよくわからない言い回しを聞き届けると、私は青葉の手を離し、布団の中へ戻す。最後にもう一度だけ髪を撫でて、部屋を後にする。
私は部屋を出ると、携帯電話を取り出す。記憶している番号を打ち込み、耳に当てる。
「仕事だ。極右組織、リベルタスがテロ組織と認定された。構成員を一人残らず嬲り殺せ。可能な限り苦痛を与えて、地獄へと叩き落せ」
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