四話:青葉の迎撃
私は今、任務でファストフード店のバイトに従事している。
家族連れも多く訪れるショッピングモール内の、二階に出店されたファストフード店、ボスバーガー。視界の隅では、店員が客の胸ぐらを掴んで怒鳴りつける光景が展開されている。
「テメエ! 水を溢すたぁ、いい度胸してんなぁ!?」
「も、申し訳ありません!」
「客だからって調子に乗るんじゃねえぞ。指詰めるか?」
世間では、手軽にヤクザ体験ができると、密かにブームになっているらしい。私にはまったく理解できない世界だった。
今回の任務は、ボスバーガー内で違法ドラッグの売買が行われている可能性を調査し、もし真実なら証拠を掴めとのこと。なお、ドラッグ売人は生きて捕らえろとのこと。
ファストフード店への潜入は、仕事の中でもかなり多い。若者が出入りしやすい分、彼らを狙った犯罪が横行しやすいのだろう。
しかしここで働き始めて二カ月、取引の気配は感じつつも未だ尻尾を掴めていなかった。特に焦っているわけではないが、そろそろ進展が欲しいところだ。
こうしてレジを打ち続けるだけの毎日は、身体能力の低下と思考能力の欠如を引き起こしそうで怖い。
「オーダー! 二パティ、Sポ、鬼ポテ!」
「押忍!」
今日も今日とてオーダーを厨房へ伝え続ける。今の私は、高卒でホストにハマって、バイトで稼いだ金をホストにつぎ込むダメ女という設定だ。ご主人様の用意した偽装身分なのだが、悪意が感じられて仕方ない。
昼ピークが過ぎ、店内が落ち着いてきたころだった。吹き抜けを見下ろす人々が増え、彼らがざわつき始める。やがて、階下から響く怒号、悲鳴。それは一つの波となり、辺りを恐怖で包み込む。人々がパニック状態になりかけた時、銃声が響いた。次いで、店内放送がかかる。
『モール内の全員に報告する。このモールは我々リベルタスが支配した。我々の目的は、現政治体制の変革。滅私奉公、尊王攘夷。大日本はいつまでもアメリカの属国ではいられないのだ。我々を中心として立ち上がり、アメリカと肩を並べ、再び世界へ日出ずる国の名を轟かせるのだ』
極右のくせに組織名が横文字とかおかしいでしょ。とは思ったが、まずは現状を把握するのが最優先事項だ。
店の外に出ると、各階に配置されているのであろう構成員が、AKS-74U小銃を手に周囲を警戒していた。目だし帽に、全身黒い服装、そして黒いベストを身に着けている。目が合った瞬間、私は思わず腰のナイフへ手を伸ばしかけたが、寸でのところで構成員が私に敵意が無いことに気付いた。構成員は私を監視しているが、行動を制限までする気はないようだ。私は吹き抜けから一階を見下ろす。
ボスバーガーが位置しているのはモールの二階。モールは陸上競技場のような角丸長方形型の三階建てで、二階三階の中心は吹き抜けになっている。運悪くモールの中にいた外国人は一階の中央広場に集められ、三人の構成員に囲まれている。日本人はある程度の自由行動を許されているが、各所に配置された構成員が不審な行動をしていないか、目を光らせている。
先ほどの銃声が階下から聞こえたことと、周囲にケガをした人はおろか血一滴すら見当たらないことを考えると、先の銃声は威嚇射撃だと判断できる。
今見えるだけでも、一階に八人、二階に六人、三階に八人の構成員がいる。モール内にいる人間の数を考えると、私一人が行動を起こすのは極めて危険だといえる。
私が思案していると、近くにいた構成員に連絡が入った。
『全部隊へ通達。人質は五〇人を残し、全て解放せよ。人質は五〇人を残し、全て解放せよ。残す人質は女子供を選び、中央へ集めよ。以上』
今逃げれば、間違いなく無事に帰れる。ご主人様の命令以外で銃を抜くことが許されるのだろうか。また、ここで命を落とすというのはご主人様の所有物を奪うことに等しい。私は一瞬迷ったが、自ら人質へ名乗りを上げた。
これが目的だったのだろう、人質を一階中央広場に集め、多くの構成員も損場に集まった。彼らは人質を管理しやすくなり、私にとっても彼らの戦力を把握できる事となる。唯一の失策は、ナイフ以外の武器を所持していない事だろう。というのも、ボスバーガーの制服は赤のカラーシャツに紺のキュロット、それにエプロンを付けたもので、帯銃なんてしようものなら、形がはっきりと浮き出てしまう。
事務所にある荷物の中には1911があるので、ここは何としても取りに戻りたいところだ。
私は、いたいけな少女を装って構成員の一人に話しかける。
「す、すみません。トイレに行きたい、のですが」
肩を上げ、猫背で、怯えるような上目遣いで、両手は握り、胸の前に持ってくる。完璧だろう。
「ちょっと待ってろ。……リーダー、あの子がトイレに行きたいらしいんですけど、連れて行って大丈夫ですかね」
構成員はリーダーと呼ばれた男の元へ行き、許可をもらう。リーダーは他の構成員と全く同じ服装・武装をしている。恐らく、リーダーが誰かわからないようにしているのだろう。
「ほら、行くぞ」
「は、はい」
私は構成員に連れられて、近くのトイレへ向かう。都合のいいことに、トイレは中央広場から隠れた位置にあった。
私が女子トイレに入ると、構成員も付いてきた。個室に入ると、ドアを閉めるなと命令された。私はてっきりドアくらい閉めさせてくれるかと思っていたので、どのタイミングでナイフに手を伸ばせばいいか思案する。構成員は勿論小銃で武装しているので、下手なタイミングで手を伸ばせば殺されるだろう。
私は恥じらうふりをしながら、構成員の視線を追う。構成員は、私の体を品定めするかのように観察している。どうやら、というかどう考えても、私を食い物にしたいようだった。普通の少女であったらその願いは叶えられたかもしれないが、残念なことに目の前にいる私は殺しのプロだ。
なかなか脱がない私にしびれを切らしたのか、早くしろ、と催促する。私はエプロンを外し、それを手に持ったままゆっくりとキュロットを下げる。構成員の視線がそちらへ集中した隙に、エプロンを投げつける。
突然の事に驚いた構成員の喉辺りを狙ってナイフを突く。それを抜くと同時に頭を掴んで便器に押し込み、今度は正確に頸動脈を切り裂く。最後に構成員の頭をぐりぐりと踏んでやると、ピクリとも動かなくなった。
私はキュロットを履き直しながら、構成員が地獄へ落ちることを願った。
首尾よく私はボスバーガーの事務所へ戻り、愛銃と予備弾倉を手に入れる。予備弾倉をしまう場所が無かったので、手早くキュロットだけ私服のパンツへ着替える。ポケットへ四本の予備弾倉を突っ込み、私はそっと店を出る。吹き抜けから広場の様子をうかがう。どうやら上を警戒している様子はない。建物の構造上、一階以外から侵入しようと思ったら、天井か窓をぶち壊して突入するしかない。
しかし逆に言えば、窓がぶち壊された場合、突入された可能性を考えなくてはならないということだ。
私は一階から見えないように匍匐する。モールの端、カーブの先端まで来ると、伏せたまま1911を構える。近くの窓を狙って発砲、大きな音を立てて窓ガラスが降ってくる。私は発砲と同時に転がり、ガラスの破片をわずかに浴びながら、階下の構成員を狙う。人質が傍にいるので、誤射は許されない。
一発目。重い反動の先で、弾は構成員の頭部に命中。倒れた構成員に他が駆け寄る。そこを狙ってもう一発。構成員がもう一人、血の海に沈む。
二人がもう息をしていないと判断したのか、残りはパッと散り散りになる。私はできるだけ姿勢を低くして走る。通路の丁度半分――約五十メートル先を目指す。構成員たちは全く的外れな場所を撃っていたが、たまに近くを掠ることがあった。恐らく、私の姿を捉えた人間が一人はいるのだろう。
モールの半分まで来ると、手当たり次第に窓を撃つ。やがてスライドストップが掛かり、四方ではガラスの割れる音、落ちて粉々になる音が響く。私は弾倉を交換しながらに階下を覗き、モールの出入り口付近にいる構成員を狙い撃つ。三人の構成員が倒れる。しかしこれで私の居場所がばれたようで、構成員たちは口々に『上だ』と叫びながら移動を開始する。
私は逡巡の後、迎え撃つことを決めた。階段はもう二十メートル先にある。私は走ってそこへ向かう。勢いを殺さず、階段へ突入する。目の前には構成員が驚愕の表情を張り付けて待ち構えていた。超近距離の場合、いくらカービン銃といえど拳銃の取り回しには劣る。私は左手で予備弾倉を抜きながら、構成員を狙って引き金を引く。四十五口径弾の強い衝撃を右手に感じる。跳ねた分だけ角度を調整し、再度引き金を引く。残弾を撃ち尽くしながら、構成員たちの背後を取る。弾倉を交換、生き残った構成員を、今度は正確に狙い撃つ。階段には、七つの死体が転がった。
息が上がる。全力疾走を繰り返したせいで、額には汗がにじむ。階段を下り、一階を覗き見る。階段の出入り口付近には誰もいなかった。今まで殺したのは十三人くらいだろうか。恐らくもう一息で人質を解放できる。
私は斃れた構成員のAKS-74U小銃を手にする。一番綺麗なベストを選び、装着する。小銃の弾倉を交換し、コッキングする。試しに死体へ数発撃つが、問題なく動作した。
ふと、自分の右脚に違和感を覚えて見てみると、パンツが赤く染まっていた。弾が掠ったか、あるいは命中したか。いずれにせよ私には関係ない。今は人質の解放を目的とするだけだ。
一階には遮蔽物がほとんどない。下手に出れば蜂の巣になる。それは敵側も同じと言えど、数の差で圧倒的に撃ち負ける。
私は二階へ戻る。階段から七〇メートル左に離れたエスカレーター、三〇メートル右のエレベーターから背後を取られていないか確認する。続けて階段を上り、三階へ移動する。二階と同じように、そっと顔を出すと――構成員と目が合う。
「っ!」
私が瞬時に顔を引っ込めると同時、すぐ横を銃弾が掠める。こちらも角から銃だけを出して、でたらめに撃つ。向こうもこちらが顔を出せないよう、定期的にけん制弾を撃ってくる。恐らく、敵の狙いは私を引き付けての裏取りだろう。私は二階からの足音に注意しながら、三階の敵へ射撃を続ける。
すると予想通り、階段の下から足音が聞こえた。私はすぐさま1911に持ち帰ると、階段を駆け下りる。拳銃を構えて踊り場を抜け、そこにいるはずの構成員に銃口を向ける――
しかし、そこには誰もいなかった。代わりに、地面に転がっていたのは手榴弾だった。背筋が凍る。急ブレーキをかけ、三階へ戻ろうとしたその時、強い衝撃と視界を埋め尽くす光を感じた。世界の軸がぶれ、目の前が黒く染まった。