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三話:青葉の休日

 煙を登らせる愛銃に安全装置をかける。かつて銃口を向けた人間は、既に息絶えて地べたに転がっている。

 私は黙祷を捧げる。けれど後悔しているわけじゃないし、懺悔しているわけでもない。申し訳なさは感じるけれど、それも一瞬だ。

 顔を上げ、暗い路地から大通りへ。行き交う車のヘッドライトが、舗装された道を照らす。とても眩しいと感じた。


「ご苦労だったな。次の仕事は追って連絡する」

「はい。……ところでご主人様、相談があるのですが、お時間よろしいでしょうか」

 私は部屋へ戻り、ご主人様へ任務の報告をした。いつもはそれで終わりだが、今日は少し違う。

「なんだ。言ってみろ」

「はい。少しお暇を頂けないかと思いまして」

「ふむ。……確かにお前はよく働いている。むしろ、今までよく休まずにいられたな」

「恐縮です」

「いつごろ、どの程度の期間がいい? できるだけ希望を聞こう」

 私は少し考えた。できれば今日からと言いたいところだが、さすがにご主人様にも都合があるだろう。期間も、あまり長すぎては迷惑をかけてしまう。

「では、次の任務が終わり次第、一週間ほど頂けますか」

「ああ。構わん。その通りに手配しよう」

「ありがとうございます」

「また連絡する」

 そして電話は切れた。特に何をするかは決めていない。けれど、私だってたまには羽を伸ばしたくなるのだ。


「この仕事が終わったら、私、休みを貰うんだ」

「お前何言ってるんだ!? 狂ってる! 人を殺すのにためらいを感じないのか!」

 私は、休暇前最後の仕事にとりかかっている。今回のターゲットは、未成年の少女の弱みを握って風俗店でこき使い、精神が駄目になったところで海外へ売り飛ばす、ということを繰り返していたらしい。

 今はターゲットを路地に追いつめ、腰の抜けた彼に銃口を向けているところだ。

「貴方こそ、人を殺す以上に惨い仕打ちをしてきたじゃない」

「うるさいうるさい! こんなところで死んでたまるか! 俺はハーレム王になるんだ!」

「バーベル王? 貴方になれるとは思えない。だってデブだもの」

「ハーレム王だ! 誰が好き好んでダイエットするか!」

「Die yet? 貴方はもうすぐ死ぬのよ」

「お前わざとやってるだろ!」

 男はピーピーと騒ぎ立てる。私は面倒くさくなったので、男の右脚に四十五口径弾をプレゼントする。するとさっきまでの威勢はどこへやら、撃たれたところを抑えてうずくまる。

「大変、血が出ているじゃない。きっと天罰が当たったのね」

「お前のせいだっ!」

「しつこい。ストーカーなの? 私が何をしたっていうのよ」

「銃を撃っただろ銃を!」

「そんなことで騒がないでよ。アメリカでは一日に何発の銃弾が消費されていると思っているの」

「それとこれとは話が違うだろ! 丸腰の人間に銃弾を撃ち込んでいいのは英雄と犯罪者だけだ!」

「そ、そんな。褒めたって銃弾くらいしか出ないよ」

「英雄じゃねえ! 犯罪者だって言ってんだよ!」

「犯罪者は貴方じゃない。私が何をしたっていうのよ」

「話がループしてる! お前は俺に銃を撃ったんだよ!」

「私の行動を監視していたのね! やっぱりストーカーじゃない」

「お前本当に酷い性格してるな!」


 数分後、喋りつかれたのかピクリとも動かなくなった男を捨てて、私はコンビニへ行く。お目当ては、最近発売された『YPMA肉まん』だ。YPMAとは、『やばい・ぱない・盛り・アポトキシン0x1305』の略らしい。アポトキシンなんちゃらが何だかはわからないが、世の中では手軽に若返りが期待できるとひそかにブームになっている。私は意気揚々とコンビニの自動ドアをくぐる。

「っしゃせー」

 店員さんのやる気のない声とは対照的に、私は堂々と歩みを進める。商品棚には目もくれず、レジへ一直線に向かう。覇気のない店員さんと向かい合い、深呼吸をしてから声を紡ぐ。

「YPMA肉まんを、1つください」

 ――完璧だ。店員さんも私の洗練された注文に驚いている。さあ、私に肉まんを寄こすのだ。

「すんません。売り切れしたー」

「えっ。う、売り切れ……」

 売り切れ。その言葉が私に重くのしかかる。視線を移すと、確かにレジ横のホットケースには通常の肉まんしか置いていない。私は失意のどん底にいながら、かろうじて次の言葉を紡いだ。

「じゃあ、普通の肉まんでいいです……」

 代金を払い、私は肉まんだけを手にしてコンビニを出る。ほかほかと湯気を上げる肉まんだけが、私の気持ちをわかってくれた気がした。

「うう……おいしいよぉ……」

 肉まんを頬張り、涙を流しながら歩道を歩く私はさぞ奇妙に見えたことだろう。


「ご苦労だったな。では、お前は明日から七日間の休暇に入れ。次の仕事は休暇が終わった後に連絡する」

「了解です。ありがとうございました」

 簡素な会話を交わし、通話が終了する。私は携帯を机に置き、いつも通り銃のメンテナンスを行う。さすがに、休暇が明けたら銃が錆びてました、なんてことだけは避けたい。けれど銃の通常メンテナンスなんてものは一時間もかからない。保護用の油を塗った愛銃を、そっとガンケースに仕舞う。ふたを閉め、しっかりと錠をかけ、押し入れの中へと運ぶ。

「またね」

 なんだか恋人と離れ離れになる心地であったが、休暇中くらいは裏社会の事を忘れてもいいだろう。もちろん、恋人などいたことは無い。

「出会いが欲しいなぁ」

 私はころんと床へ寝っ転がる。

 恋に憧れはある。けれど、恋をするだけの余裕はない。私にとって、恋とは手の届かないものなのだ。

「あれだ。ホストクラブ行こうかな」

 噂によると、イケメンボーイが接客してくれる、ナウいヤングにバカ受けなスポットらしい。時計を見ると、時刻は二十三時。お金には困っていないし、明日も明後日も休みだから多少夜更かししても問題ないだろう。

 新たな世界へ踏み出す期待と緊張を胸に、私は部屋を飛び出した。


「こ、これがホストクラブってやつか」

 私は歌舞伎町に来ていた。私の中では夜の街=歌舞伎町という構図が揺るぎないものとなっており、向かう先も自ずと歌舞伎町になったのだった。その繁華街の中で、金色に輝く看板に、真っ赤な『LOVE』の文字。次々と迫りくる客引きを殺気で追い返し、やっとたどり着いたのが、老舗ホストクラブ『ラブ本店』だ。事前にネットで調べ、初回料金の安さと老舗という看板に安心感を覚えたのが理由だ。

 爛々と輝く看板を前にして、いよいよ緊張がピークに達する。私は深呼吸をしてから、入口へと歩を進める。

「うわぁ。すごい階段」

 店のドアを開けると、鏡張りの壁にキラキラと輝く装飾が施された、地下へと続く大階段が姿を現わす。手すりまで金ぴかだ。私は恐る恐る下り、やがて煌びやかな広場に出る。

「いらっしゃいませ」

 店員さんが近づいてくる。黒と白の落ち着いた制服で、恐らくホストではなくボーイさんだ。

「す、すみません。初めてなんですが」

 私は緊張のあまり声が上ずった。もういっそ帰りたいとも思いつつ、相手の反応を待つ。店員さんは一度奥へ引っ込み、すぐに戻ってきた。どうやら空席の確認をしていたようだ。その後、年齢確認のための身分証明書を提示した。二十歳未満は入れないらしい。

 ……実は私は十八歳なのだが、『仕事』の都合上二十歳である方がなにかと都合がいいのだ。そのため、私の身分証明書は本来のものと、ご主人様からもらったものの二つある。もちろん、今回はご主人様からもらった方を出した。

 確認が済むと、料金やシステムの確認を受ける。初回価格で、二時間三千円で飲み放題。そしてホストが二十分ごとに代わる代わる付いてくれるシステムらしい。私が了承すると、ついに席へと通される。そこは想像していたより明るく、キラキラしていた。宝石のような装飾がこれでもかというくらい輝き、中世ヨーロッパを思わせる彫像が、金色に輝いている。席も見るからに高級で、大理石のテーブルに皮のソファ。天井にはまばゆいほど透明な、輝くシャンデリアが吊るされている。

「お客様ご来店でーす」

 ボーイさんがそう、場内へ声をかけると――

「「いらっしゃいませーっ!」」

 ホストさんたちが声を合わせて挨拶してくれた。私はなんだか恥ずかしくて、かぁっと顔が熱くなるのを感じた。

「それでは、こちらからお好きなキャストをご指名ください」

 席に着くと、ボーイさんはホストさんの顔写真が載ったカタログのようなものを見せてくれる。よくわからないので、年が近そうで落ち着いた雰囲気の人を選んだ。

 するとボーイさんと入れ替わりで最初のホストさんが現れる。

「いらっしゃいませー。失礼しますね」

 そう言ってやってきたのは二十代くらいの男性。目元まで伸びた前髪を分け、自信に満ちた表情は私の中のホストのイメージとは違っていた。

「は、はじめまして」

「緊張してるねー。リラックスして大丈夫ですよ。取って食べたりはしないので」

「恐縮です」

 そう言ってホストさんは、お酒を作ってくれる。あまり強いのは苦手なので、その旨を伝える。

「お名前聞いてもいいですか?」

「ええっと……ゆ、幸奈です」

「幸奈ちゃんね。俺は龍崎(りゅうざき)アツシ。よろしくー」

 私は迷ったが、結局実名を伝えた。……青葉を名乗ると仕事に支障があるかもしれない。だからむしろ実名の方がいい。はず。

 決して疑似恋愛を楽しもうとかそう言ったことは考えていない。ないったらない。

「それじゃ、かんぱーい」

 作ってもらった焼酎の水割りと、龍崎さんは水で乾杯する。焼酎は思ったより薄まってなかった。

「幸奈ちゃんはホストクラブ初めて? なんで来ようと思ったの?」

「ええと、その、仕事の都合で出会いが少なくて、それで、少しでもときめきを感じたくて……」

 私は言っている途中で恥ずかしくなって、顔を赤らめてうつむいてしまう。お酒を口に含む。

「いいねえ、そういう初心な反応は男受けいいよー」

 まだ相手がタイプだとか、楽しむとかそういう次元ではなく『場違いなところへ来てしまった』という恥ずかしさがあり、とても緊張した。しかし、ホストさんも四人目になると、お酒の力もあってだんだんと余裕が出てきた。今まで気づかなかったが、BGMに生バンドの演奏が行われており、客やホストさんも歌ったりできるようだ。ふわふわとした幸福感の中、五人目のホストさんが現れた。

「失礼。俺は竜也(たつや)だ。今夜はよろしく」

「はい、こんばんは。幸奈ですー」

 竜也さんは、最初にカタログで選んだホストさんだった。眼鏡をかけた短髪の知的な男性、といった印象だ。何といってもピシッと着こなしたスーツが似合う。

「幸奈。いい名前じゃん」

「あはー。ありがとうございます」

 私は嬉しくなってグラスをぐいっと傾ける。

「いい飲みっぷりだな。ホストはよく来るのか?」

「いえいえ、初めてなんですー」

 竜也さんは少し驚いた風で、へぇと呟いた。

「でも随分と楽しめてそうだな。ちなみに、どんなタイプの男が好みなんだ?」

「私はー、リードしてくれる人がいいかなぁ……」

 私はえへへと笑って竜也さんを見上げる。すると、竜也さんは私の肩を抱き、私の目をしっかりと見て言う。

「俺なら、お前を天国まで連れて行ってやれるぜ」

「ふわあああああ」

 ここまでしていいのか。ホストクラブってすごいと思った。

「幸奈、男慣れしてないんだな。今までどのくらいの男と付き合ってた?」

「実は私、出会いが無いせいで、今まで彼氏できたことないんですよ」

「へえ。こんなにかわいいのにな。俺だったら放っておかないぜ」

 そう言って竜也さんは私の髪をくしゃくしゃと乱暴に撫でる。頭が揺れ、髪が乱れるが、とても嬉しかった。

「きょ、恐縮ですっ」

「なあ。もっと飲まねえか? これとかどうだ」

 私は勧められるままにボトルを買った。ボトルキープなるシステムで、店に置いておけるらしい。便利だ。

 それから、私は幸せなひと時を過ごした。竜也さんと連絡先を交換して、次来たときは本指名をする約束をした。また、送り指名という帰るときに見送ってくれるホストさんを選べるシステムがあったが、私は竜也さんを指名した。

「えへへ。竜也さん。また来ますね」

「ったく。弱いなら最初っからそう言え。一人で帰れるな?」

「はーい。大丈夫ですっ」

 頭がくるくると回っているような錯覚を覚えるが、私はとても幸せだった。すると不意に私はぎゅっと抱きしめられた。

「また来いよ」

 頭の中になにやらやばい物質が大量に生成されている気がしたが、それが快楽を生むのだからしょうがない。

「またきまーす!」

 私は両手をぶんぶんと振りながら駅に向かって歩き出す。竜也さんは、私が見えなくなるまで見送ってくれた。


* * *


「……で、給料を使い果たしたのか」

「真に申し訳ありません。これは全て私の浅はかさが招いた事態です」

 七日の休暇を使い切る前に、私は貯めていた給料を全て使い切ってしまった。そして頼るあてもない私は、ご主人様に電話していた。

「仕方がない。今まで完璧に仕事をこなしていたお前だ。その信用に免じて給料を前払いしてやる。ただし、今後は二度と同じ失態を犯すなよ」

「本当にすみませんでした。ご主人様の好意、胸に痛み入ります」

 私には仕事しか能がないようだった。

未成年飲酒は、ダメ、ゼッタイ!

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