第7話 乙女心とは過程に拘るものである
『前世のことを、無理に割り切らなくたっていいんだ。
忘れていたのは申し訳ないけど、ちゃんと責任は取る。
……お互いに大きくなったら、約束通り、結婚しよう』
俺はそう告げた。
告げながら、生後半年の赤ちゃんのする会話じゃないよなー、と自分にツッコミを入れる。
水華さんのことといい、密度が濃すぎるぞ第二の人生。
『えっと、さ』
未亜は、繋いだ手を、強く握ってきた。
『勇者さまの気持ちはうれしいよ、胸がどきどきしてる。
――でも、恋人とか結婚とかそういうのは保留にしたいかな、って』
『どうして?』
『やっぱり気持ちが変わるかもしれないし、義理とはいえ兄妹だし……』
『変わったらそのとき話し合おう。俺はあくまで吉良沢家に預けられてるだけだし、結婚もできる』
そういや俺の苗字はどうなるんだ?
養子に出されてるのか?
それとも伊城木のままなんだろうか。
『けど、ええと、ね』
『どうした?』
『あの、その、うう……』
なんだろう。
言いにくいことなら別に明日以降でも、と伝えようとした。
けれどそれより先に。
『――ああ、もう!』
未亜が、キレた。
『察してくれるならちゃんと最後まで察してよこのハンパ勇者!』
『痛っ! 痛たたたたちょっと待て落ち着け手にツメを立てるなワリとマジで痛いんだぞコレ!』
『うるさい! あたしは勇者さまのことが好きなの!
好きだから、義理とか責任なんかで付き合ってほしくないの!』
大音量の念話が脳内でガンガンに響きまくる。
やばい、ちょっと酔ってきた。
『ちゃんと! あたしのことを! 好きになって! それから告白してよ! プロポーズしてよ!
ばか! ばか勇者!』
すみません、心から反省してます。
だから左手を解放してくれませんか。
なんか気づくとアームロックを極められてるんですが痛い死ぬ死ぬ死ぬ。
赤子ながらに見事な関節技というかまさに「赤子の手をひねるような」というか、とにかく痛いしヤバいんで勘弁してくださいいやほんとマジで。
『保留なの! いい、保留ったら保留!
勇者さまがあたしを好きになってくれるまで、お互い、絶対にただの兄妹なんだから!』
あっ、承知しました。
すでに尻に敷かれてないか、俺。
* *
とまあ、そんな経緯があり、俺たちはひとまず「兄妹」という枠に収まることになった。
特に未亜のほうはそのへんの線引きを強く意識しているらしく、過度にベタベタしてくることもない。
ま、0歳とか1歳の赤ん坊どうしがイチャイチャしてたら、親としては不気味だろうしな。
『て、手をつないで寝るくらいは普通だよね』
ただ、一般的な兄妹よりはちょっと仲良しかもしれない。
そうして吉良沢家での日々が過ぎていく。
未亜はすぐに日本語を習得し、一歳になるころには普通の小説も読めるようになっていた。
テレビもよく見ていて、特に、アンパン顔のヒーローが活躍する番組が好きらしい。
『顔を交換するだけで全快するなんて、人族もおそろしいアンデッドを開発したものね……』
『いや、それフィクションだからな』
未亜はどうやら『それいけ! 〇ンパンマン』をリアルと勘違いしていたらしい。
まあ、ファンタジー世界の出身だからありえないわけじゃないか。
『じゃあ、この黒い子は魔族じゃないの?』
『ただのバイキンだ』
『つまりパズズの眷属ね』
某国民的RPGの五作目で、主人公を庇って死ぬ父親だな!
ごめん嘘。
いま名前がでてきたのは、パズズ。
魔王軍四大幹部のひとりで、病魔を操る力を持つ。
いつだったか人間に化けて近づいて来たので、友好を深めるために公衆浴場へ連れていったら死んでしまった。背中を石鹸でゴシゴシ擦ってやると、そのまま泡を吹いてご臨終。
殺す気はなかったんだ、いやほんとに。
ともあれ未亜には、この世界の常識を教える必要がありそうだ。
親の役割と言われりゃそれまでなんだが、育ててもらってる恩もあるしな。
それに加えて魔法の訓練も行うことにした。
せっかく力を持っているんだ。伸ばさないのは勿体ないだろ?
具体的にどういうことをやっているのか、といえば。
『彦根にゃん! 兄さんなんかやっつけちゃいなさい!』
『負けるなカピバラくんさん! 体当たりで吹っ飛ばせ!』
互いに魔力でぬいぐるみを操って、ぽこぽこと戦わせる。
なかなか牧歌的でメルヘンな雰囲気だが、魔力を鍛えるにはちょうどいい。
精密なコントロールで敵の攻撃を躱し――
『いまだカピバラくんさん、火炎放射だ!』
『家が燃えるでしょこのばか!』
ごめんなさい。
ちなみに修二さんや夕子さんには見つからないよう、細心の注意を払っている。
2歳になった。
俺と未亜は誕生日が同じなので、二人まとめてのお祝いになる。
プレゼントはレコブロックだった。やったぜ。これ好きだったんだよな。
『兄さん、見て見て、魔王城!』
『なかなか似てるな……』
二人で向こうの世界の建造物を再現したり、遊びのネタには事欠かなかった。
『でも、このブロックって頑丈すぎるのよね』
『別にいいんじゃないか?』
『うーん。実際の建物だったら衝撃で崩れたりするでしょ。そういうの、素敵じゃない?』
滅びこそ我が喜び、死にゆく者こそ美しい。
……というのは某国民的RPGの3作目における大魔王の発言だが、それに近いセンスを感じる。
このへんはさすが魔王の娘、だろうか。
そういや未亜、最近は男向けのアニメとか特撮とか、そういうのばっかり見てるんだよな。
先週の金曜ロードショーは『ガ〇ラ3』だったが、京都駅が崩壊するシーンで目を輝かせていた。
さらに1年が流れ、俺達は幼稚園に通い始める。
入園式の前日。
夜中、俺がトイレに起きると、リビングから修二さんの声が聞こえてきた。
誰かと電話をしているらしい。
「……前から知らせていただろう。入園式の晴れ姿くらい、見てやったらどうなんだ」
いつもと変わらない、淡々とした口調。
けれど、どこかやりきれない雰囲気を漂わせていた。
「明日が無理ならいつでもいい。一度、芳人に会って……おい待て直樹、切るんじゃない、話はまだ終わって――」
どうやら修二さんはオヤジを入園式に呼ぼうとしてくれていたらしい。
別にあの男の顔を見たいわけじゃないが、気遣いはありがたいと思う。
いい人だな、修二さん。
どうしてオヤジなんかと友達をやっているのか理解できないぜ。
注釈
彦根にゃん:実在のゆるキャラとは一切関係ありません
カピバラくんさん:実在のゆるキャラとは一切関係ありません
レコブロック:実在のブロックとは一切関係ありません




