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第6話 「ねないこ だれだ」「俺だ」「貴様、生きてたのか!?」

サブタイトルは気にしないでください。

 吉良沢(きらさわ)家に引き取られて一週間ほどが過ぎた。

 前もって聞かされていたとおり、ここは妖怪や退魔師に全く関係のない家系だった。

 

 家主の修二さんは高校教師で、剣道部の顧問も務めている。

 オヤジとは中学からの知り合いらしく、昔から何かと厄介事を押し付けられていたようだ。

 とはいえ、子供を預かることになるとは思っていなかっただろう。

 重ね重ね本当に申し訳ない。

 いつかオヤジには天誅を下そう、そうしよう。


 妻の夕子さんは専業主婦で、修二さんとは小さい頃からの付き合いらしい。

 幼馴染みエンドって実在するんだな……。

 これだからリアルってのは侮れない。


 最後に、娘の未亜。

 どうやら彼女は、ミーア・グランズフィールドの生まれ変わりらしい。

 未亜は出会い頭に「勇者さまの恋人」なんて爆弾発言 (爆弾念話(テレパス)?)をかましてくれたが、俺にはまったく覚えがない。

 単純に俺が忘れているだけなのか、彼女が何かを勘違いしているのか。

 早いうちにそのへんをはっきりさせたいんだが――


『ぜ、前世は前世ってことでいいんじゃないかなっ。それよりほら、新しい絵本だよ?』


 どうにもこうにも、お茶を濁されてしまう。


『兄さん、一緒に読んでよ。あたし、この国の言葉を早く覚えたいんだ』


 未亜は日本語の習得にかなり熱心だった。

 ひらがな・カタカナ・漢字。

 この三つが入り混じるせいで日本語は世界有数の高難度言語だったりするのだが、それがかえって挑戦心を掻きたてるのだろう。未亜は暇さえあれば本を読んでいた。

 さて、今回持ってきた絵本は……うおお。

 マジかよ。


『未亜、本当にこれでいいんだな?』

『どうしたの勇者さま――じゃなくて、兄さん。

 せっかくお父さんが買ってきてくれたんだしさ、読まないと損だよ』

『わかった。……まあ、魔王の娘だし大丈夫だよな』


 その絵本は、たぶん、かなりのメジャーどころだろう。

 知っているヤツも多いはずだし、もしかするとトラウマになっているかもしれない。

 俺はタイトルを読み上げる。


『――「ねないこ だれだ」』


 夜遅くまで起きていた子が、おばけの国に連れていかれて、それっきり。

 シンプルなストーリーだが、「もしかしたら本当にこんなことがあるんじゃ……」という奇妙なリアリティを伴っていた。

 ふっ、勇者ともあろう者が冷や汗をかいちまったぜ。

 一方で、未亜の反応はというと、


『うう』


 震えていた。

 リビングのクッションに抱きついて、ブルブルガクガクと震えまくっていた。


『やっぱり恐かったか』

『そ、そんなこと、ないよ』


 見え見えの虚勢を張る未亜。


『だってあたし、魔王の娘だよ? スケルトンとかゾンビとか見慣れてるし、平気、うん、平気』


 と言いながらも、顔色は真っ青だ。

 絵本を読み終わったら前世についてもう一度訊ねるつもりだったんだけどな……。

 なんだかもう、それどころじゃない雰囲気だった。




 その夜。

 やっぱりというかなんというか、未亜は眠れないようだった。

 俺たちは双子用のベビーベッドに並んで寝かされていて、まんなかは木の柵で仕切られている。

 俺が左で、未亜が右。

 未亜は落ち着かなげに寝返りを打ち、ときどき、部屋のあちこちに視線を走らせている。


『おばけを探してるのか?』

『ひゃわっ!?』


 俺が念話(テレパス)を飛ばすと、可愛らしい悲鳴が返ってきた。


『びっくりした……。急に話しかけないでよ、兄さん』

『すまんすまん。もしかして、絵本のせいで寝れないのか?』

『ち、違うよ。なんだか目が冴えてるだけ。魔王の娘がおばけを怖がるわけないじゃん』

『そりゃすごいな。――って未亜、うしろ、うしろ!』


 俺は驚愕の表情を浮かべる。

 イメージとしては、ホラー映画で怪人を見つけてしまった被害者1号みたいな感じ。


『えっ? えっ?』


 未亜はブルルと震え上がると、恐る恐る、といった感じで背後を振り返る。

 そこには――


『ま、何もないんだけどな』

『よかった……』


 ほっ、と胸をなでおろす未亜。


『やめてよ兄さん、ただでさえ絵本のせいで怖いのに……』

『へえ、絵本のせいで』

『あっ。ちょっと、今のナシ! ナシ! 単に口が滑っただけで、あたしの本音ってわけじゃ――』

『分かった分かった。未亜は魔王の娘だし、おばけなんて平気だよな』


 そう言いながら俺は、木の柵の隙間から未亜のほうへと手を差し伸べる。


『実は俺って結構ビビりなんだよな。寝るまででいいしさ、手、握ってくれないか?』

『えーと……』


 未亜はしばらく迷っていたようだったが、やがて。


『に、兄さんが怖がってるんだし、仕方ないかな』


 渋々といった調子で、手を繋いでくる。


『兄さん、手、すごく暖かいね』

『魔力を巡らせて温度を上げてるんだ。気持ちいいだろ』

『へえ』


 興味深げな様子でうなずく未亜。


『魔力って、そういう使い方もあるんだ』

『冬とか便利だぞ。裸でも寝れる』

『勇者なのに変態だ……』

『俺は勇者である前にひとりの変態だ――って待て、変態じゃないぞ。俺はノーマルだ、ノーマル』

『ほんとかなあ』


 未亜はクスクスと小さく笑う。

 どうやらかなり緊張もほぐれてきたらしい。


『それでだな、未亜』

『なに?』

『おばけが出たら魔法で吹き飛ばしてやる。未亜のことは絶対に守るし、安心してくれていいからな』

『ふふ、さっきまで怖がってたのにどうしたの? ……でも、ありがと。やっぱ優しいね、勇者さまは』


 俺から視線を逸らす未亜。

 その横顔はどこか寂しげで――放っておけるものじゃ、なかった。


『前世のこと、教えてくれないか』


 だから意を決して、彼女に踏み込む。


『どういうわけか記憶は途切れてる。覚えてるのは、今みたいに未亜と手を繋いでたところまでなんだ』

『それならそれでいいよ。昼も言ったけど、前世は前世、すっぱりと割り切るべきで――』

『――未亜は、割り切れてるのか?』


 俺は遮るように言葉を重ねる。


『割り切ってるなら、どうしてそんなに辛そうなんだ。今にも泣き出しそうじゃないか。

 教えてくれ、相談してくれ。……心配なんだ』


 まっすぐ、未亜の瞳を見詰める。

 答えはなかなか返ってこなかった。

 沈黙の時間が流れる。

 寝室には、両親の静かな寝息が響いていた。

 やがて。


『本当に、言って、いいの?』


 おそるおそる、探るように、未亜が問いかけてくる。


『言ったらたぶん、勇者さまの重荷になっちゃうよ』

『問題ない』

『あたしのこと、迷惑がるかも』

『大丈夫だ、たぶん何とかなる』


 根拠も展望もまったくないが、自信だけはたっぷりあるぞ。

 なにせ俺はこの無計画さで邪神のもくろみを打ち破ってるからな。

 ――貴様がもうすこし考える頭を持っていれば、我の計画も成就したであろうにな……。

 あれ。

 いま改めて考えると、邪神のセリフって遠回しの罵倒だよな?

 ちくしょう滅ぼしてやる。

 あ、もう滅ぼしてたわ。ごめん。


『……勇者さまって、わりと適当だよね』

『人間、肩の力を適度に抜いたほうがうまく行くんだ。

 だから教えてくれよ。結婚の約束でもしたのか、俺たち』

『うん』

『でもまあいくら俺でもそこまで前のめりなことは――』


 って、おい。


『マジですか』


 コクコク、と首を振る未亜。

 照れているのだろうか、顔は真っ赤だ。


『よければそこに至るまでの経緯をお聞かせいただけませんでございましょうか』


 あまりにも衝撃的すぎて、俺の日本語は行方不明になっていた。






 * *




 

 

 ダンジョンが完全に崩落する少し前、


 ――実はね、あたし、前から勇者様のことが好きだったの。


 俺はミーアから告白を受け、「生まれ変わったら結婚しよう」と約束したらしい。

 ううむ。

 まったく思い出せない。

 瓦礫に潰されるまでずっとR-15くらいの行為に没頭していたという話だが、俺の記憶からは抜け落ちていた。すまん未亜、不義理な俺を許してくれ。


『で、でもほら、勇者さまが覚えてないってことはさ、あたしの幻覚かもしれないよね。死ぬ前って、なんか色々見えるらしいし』


 未亜は慌ててそうフォローを入れる。


『だからそんなに重く考えなくてもいいんじゃないかなー、って』


 重かった。

 こちらへ重さを感じさせないように気遣うその優しさが、重かった。


『本当にごめん。いきなりこんな話をされても、困るよね。ほんと、無視してくれていいから』


 俺は、どう答えるべきなのだろう。

 悩む……必要はなかった。

 出会い頭の、未亜の反応。

 彼女が俺をどう思っているのかは、明らかすぎるほどに、明らかだ。

 だから、こう答えることにした。



『未亜は、前世は前世で割り切るべき、って言ったよな。――けれど、俺はそう思わない』



Q.芳人くんがオヤジと同じ性格だったら、未亜はどうなっていましたか?

A.病んでました。もとい、病まされていました。

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