第57-2話 ※ただし芳人にとって
サブタイトルは前回のとひとつつづきです。
筆者は小さい頃、かわいそうなゾウの話で大泣きしたことがあります。
俺は《火炎術式》でもってスク水の変態 (こいつを自分のクローンと認めたくない) を蒸発させようとした。
けれど、そのとき不思議なことが起こった。
「スクスクスクスク――!」
変態が変態したのだ。
英語で言うならメタモルフォーゼ。
その身体がどろりと溶けたかと思うと、渦巻く炎をすり抜けていた。
「はぁ!?」
思わず声を荒げてしまう。
こいつ、ただの変態じゃ、ない……?
「おまえがどんな魔法を使おうと、あっしのゲル化の前には無駄でスク!」
勝ち誇ったように叫ぶヨシギョ (自称)。
ヤツの姿はもはや人間のそれではなかった。
スクール水着に包まれた青白い球体。
例えるなら、そう――
「スライム、か?」
「違うでスク! ゲルでスク!」
「いや、どう見てもスライムなんだが……」
「ええい、おまえもこの姿になれば分かるでスク! スライムとゲルのあいだには分かちがたい溝があるんだスク!」
正直どうでもいい。
と、いうか。
「《雷撃術式》・《我が雷掌は颶風燎原の断罪である》!」
「ス、スクッ……!」
瞬時に距離を詰め、俺はヨシギョに稲妻を叩き込む。
水には雷。
まるでポケット〇ンスターの相性だが、予想通り、こうかはばつぐんだった。
ダメージに耐えかね、ヨシギョの身体は爆散する。
「人魚の肉とか言ってたが、人魚要素はゼロだったな……」
これは偽装表示じゃないだろうか。
オヤジには激しく抗議するべきというか、なんかもうあの男を生かしておいてはいけない気もする。
主に俺の精神衛生のために。
「どうやら006を退けたようだな……」
ひい。
またなんか出た。
「だがアイツはオレたちの中でも1番目か2番目か3番目か4番目か5番目か6番目くらいの強さだが、もしかすると7番目か8番目か9番目か10番目か11番目か12番目ということもありうる」
「いや、どれだよ!」
思わず大声で突っ込んでしまった。
なんなの。
俺のクローンってボケキャラばっかりなの?
ツッコミ疲れしたところを叩くとかそういう作戦なの!?
ああもう、俺のキャラもなんか崩れてきたぞ。
「オレは貴様の模造品のひとり、ナンバー008。
絵本の『かわいそうなぞ〇』をプラスアルファされたヨシトだ。ヨシゾウとでも呼んでくれ」
そう宣言し、堂々と腰を突き出すヨシゾウ。
上半身は学ランなんだが、下は、えっと、はいてない。
ズボンなし。
パンツなし。
ついでに褌もなし。
まさにフリーダム。
両足のあいだから垂れるアレは、かなり可哀想なサイズだった。
「自分のほうがまだ大きい――とでも思ったんだろう?」
フッ、とニヒルな笑みを浮かべるヨシゾウ。
「だが浮かれていられるのも今のうちだ、貴様を倒し、そのゾウを奪い取ってくれる!
クハハハハ、どうだこの完璧な策略はァ!?」
「いや、今の俺って五歳児だし同じくらいのサイズなんだけどな……」
「馬鹿なァッ!?」
驚愕のあまり動きを止めるヨシゾウ。
あのさ。
俺ってマジでこんなヤツだったっけ。
「《火炎術式》・《我が炎は浄華灼滅の鉄槌である》!」
ヨシゾウに肉薄し、その心臓に炎の杭を打ち込む。
これにて二匹目、ジ・エンド。
「――《雷撃術式》・《我が美脚は颶風燎原の断罪である》!」
……じゃなかった。
胸に風穴を開けられてなおヨシゾウは生きていた。
素早く俺から距離を取ったかと思うと、超人じみた跳躍力でもってドロップキックを仕掛けてくる。
「《歪曲術式》・《我が大楯は万古不易の城塞である》!」
「甘いッ! 《サンタは親》・《稲川淳〇は作り話》――ゆえに、《魔法など存在しない》!」
それは幼いころ俺が言い放ったセリフのひとつだ。
魔法なんてのはコツを掴めばあとはテンションと自己暗示しだいであり、ヨシゾウの魔法は発動していた。
俺が展開していた防御魔法が消滅する。
ヨシゾウはニヤリと笑い、閉じていた足を大きく広げた。
まさかコイツの狙いはキックではなく、ヒップアタックだったのだろうか。
もちろん下着などないからナマだ。
「ナマ」という単語の響きには男を惑わせるアレコレが潜んでいると思うんだが、少なくともこの瞬間だけは例外だった。
なにせ男の生尻だ。
悪夢でしかない。
俺はほとんど無我夢中で動いていた。
右の拳を突き上げる。
ぐにょりとした感覚。
「グッ……!」
苦悶の声が聞こえた。
自分がいったいナニを殴ってしまったのか。
できるだけ考えないようにしつつ、そのまま《浄華灼滅》を放った。
* *
「さすがだな、オリジナル。紛い物じゃ届かない領域、見せてもらったぜ……」
「露出狂がなんだかいい雰囲気で締めようとしている件について」
「ふっ、最期に教えてやる。オレたちクローンが変態になっちまったのは直樹のせいじゃない」
「そうなのか?」
「ああ。実は…………」
どうしたというのだろう。
「続きはwebで」
「もういい加減にしろよほんとにさあ!」
「おいおいジョークだぜオリジナル。死にざまくらいキメさせてくれ」
「分かったから早く言え」
「わかった」
コホン、と咳払いするヨシゾウ。
「オレらを生み出したのは直樹と真姫奈なんだが、真姫奈のヤツ、ものすごいメシマズなんだ」
「うん?」
「レシピ通りに料理ができない。妙なアレンジをかけておかしくしちまう」
まさかそのせいで俺のクローンはみんな変態になってしまったんだろうか。
というか冷静に考えりゃ、『かわいそうなぞ〇』ってなんだよ。
なんで絵本なんか混ぜちゃうんだよ。
真姫奈さん、ぽんこつ過ぎですよ!
ぽこつん過ぎてぽこつんですよ!
……くそっ、俺のキャラまで崩壊してきたぞ。
「でもまあ、オレは、満足したぜ。
小さいころから正義のヒーローごっこを続けてきたけどよ、心のどっかで思ってたんだ。
そんなテメエを投げ捨てて、思うままにはっちゃけたいって。
おまえだって、オレの自由さにちょっとは憧れただろ?」
「いや、全然」
露出はちょっと……。
「隠すなよ、オレはおまえなんだか――――いやちょっと待てまだセリフが続くからトドメとか勘弁――――ぬわァ!?」
「うるせえ」
こいつに喋らせておくと俺への風評被害が半端ない。
《虚影術式》を展開し、影の中に取り込んだ。
せっかくなので後で解析してみようと思う。
はぁ……。
こんな変態があと10匹もいるのか。
「早く未亜と綾乃を見つけて、帰ろう……」
じゃないと精神的にノックアウトされてしまう。
俺は探知魔法を発動させようとして――しかし。
「生きて帰れると思うなよ、屑が」
それは極黒の殺意。
鉄塊のような大剣が周囲の木々を薙ぎ払い、さらには俺を切り伏せんと迫る。
上体を逸らし、ギリギリの回避。
刃こそ躱せたものの、吹き荒れる烈風によって体勢を崩されてしまう。
「《風霊術式》・《我を運べや烈風の遣い》」
風の魔法でバランスを取りつつのバックステップ。
新たな敵から距離を取る。
「……チッ」
そいつはひどく忌々しそうに舌打ちした。
見た目は、黒いタンクトップにダメージジーンズ。
普通のファッションの範疇だが、その雰囲気は明らかに異様だった。
「今ので斬られとけよ、なあ」
瞳は昏く、まるで暗闇に析った澱のよう。
悪意と呪詛をしこたま漬け込んだような溜息とともに、剣を構える。
それは鈍色の大鉄塊。
かつて黒騎士として暴れまわっていた頃の武器。
いつだったかの戦いで崖下に落としてしまい、後でどれだけ探しても見つからなかったが――
まさか、この世界に流れ着いていたのだろうか。
「その通りだよ」
決して俺に視線を合わせようとしないまま、そいつは呟く。
「偶然ってのは面白いよな。真姫奈はオマエを蘇らせようとした。
けれど神薙の秘術だけじゃうまくいかなくって、いろんなモンを混ぜてみたわけだ。
そのうちのひとつがこの剣で――――おかげでオレは知ってる。
テメエが異世界でどんな人生を送ってきたか、ってのをな。
だからこそ言わせてもらうけどよ。
オレが不甲斐ないせいで、たくさんの人間が死んじまった。
それだってのに、なにひとりだけ生まれ変わってヘラヘラ楽しく暮らしてんだ。
アリシアに、師匠に、フィリシエラに――みんなに対して申し訳ないとか思わねえのかよ」
大鉄塊剣
異世界において芳人が使っていた剣。
もともとはただの大きな剣であったが、あまりにも数多くの命を奪ってきたために魔剣と化している。
常人が手にすれば即座に発狂し、剣の意思(=かつての芳人の怨念)に取り込まれてしまう。




