第5話 運命 (の女神がやたらと気を回した結果) の出会い
「〇〇〇〇~~♪ 〇〇〇~〇〇〇〇~♪」
親戚の家までは自動車だったんだが、道中はオヤジのひとりカラオケ大会だった。
著作権対策で歌詞は伏字にしてある。
スクランブルなダッシュでロボットだから涙を流さない的なアレ。
分かった方は感想欄にコメントどうぞ。
「〇〇~〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇♪ 〇〇~〇〇〇〇〇〇♪ 〇〇〇〇〇~♪」
他にもいろいろと歌っていたが、どれもロボットアニメと特撮ヒーロー。
俺もかなり詳しいほうなんだが、一緒に歌うつもりはサラサラなかった。
むしろ、
「〇〇〇~〇〇~〇~♪ 〇・〇・〇・〇――」
「あばばばばばばばばばばばばばばばば!」
ここ一番で泣き叫び、ノりどころを潰していく。
「……芳人、僕のことが嫌いなのかい?」
「きゃっきゃ♪ きゃっきゃ♪」
子供のふり、子供のふり。
俺は純真な赤ちゃんですよー、パパの邪魔をしたかったわけじゃないですよー。
そんな嫌がらせを繰り返しつつ、高速道路に乗って、降りて、二時間。
車は海沿いの地方都市に入った。
閑静な住宅街の、きれいな一戸建ての前に止まる。
庭付きの二階建て。
なかなかブルジョワな雰囲気だ。
「……久しぶりだな、直樹」
俺たちを出迎えたのは、引き締まった長身の男性だった。
身体つきからするに何かしら武道を修めているのだろう。
口数は少なく、ストイックな雰囲気だ。
「やあ修二、それじゃあこの子のことを頼むよ」
オヤジは俺を男性に引き渡すと、ロクに礼も言わずに去っていった。
仮にも自分の息子を育ててもらおうってのに、さすがにその態度はどうなんだ?
ちょっと非常識というか何というか、うちのオヤジがすみません。
大きくなったらオヤジじゃなく、この家に恩返しします。
「行くか」
修二と呼ばれた男性は気を悪くした様子もなく、俺を抱えて家へと戻る。
きれいに片付いた玄関だ。
芳香剤でも置いているのだろうか、柑橘系のフローラルな匂いが漂っていた。
「あら修二さん、向こうのお父さんはどうしたの?」
リビングでは、優しそうな顔つきの女性が赤ちゃんをあやしていた。この家の子だろう。
「直樹は忙しいらしい。ま、いつものことだ」
「あら残念。お昼ごはん、多めに作ってたのに」
「安心しろ、オレが全部食べてやる」
「ふふっ、お腹、壊さないようにね」
二人は仲睦まじそうに笑いあっている。
夫婦仲はとても良好に見えた。
「ゆー! ゆー!」
声を発したのは、俺じゃない。
この場にいるもう一人の赤ん坊だ。
「あらあら、未亜ったら芳人くんに興味があるみたい」
未亜。
名前からするに女の子だろうか。
「よかったな、未亜。お兄ちゃんができるぞ。……いや、弟か?」
「修二さん、芳人くんの誕生日は聞いてないの?」
「確か、十月のはずだ」
「未亜も十月よ」
「む……」
困ったように眉を寄せる修二さん。
「少し待っててくれ、直樹に電話してみる」
俺をリビングのソファに座らせると、スマートフォンを手に廊下へ出て行った。
「もう、修二さんったら肝心なところが抜けてるんだから」
女性はクスリと口元を綻ばせた。
それから、ちょっと身をかがめて俺と眼を合わせると、
「はじめまして、芳人くん。わたしは吉良沢夕子、よろしくね」
ニコリと微笑んで、挨拶してくる。
「それからこっちは未亜、吉良沢未亜。仲良くしてあげてね」
「ゆー! ゆー!」
それは一瞬のできごとだった。
未亜ちゃんは身をよじって母親の手を振り切ると、
「ゆうー!」
いきなり俺へと飛び掛かってきたのだ。
もしかして赤ちゃん業界にも、新入りへの洗礼というヤツがあるのだろうか。
違った。
『ねえ、勇者さま? 勇者さまだよね!?』
いきなり念話が繋がる。
わけがわからない。
生まれて数ヶ月の赤ちゃんが、どうして魔法を使えるんだ。
『まさかこんなところで会えるなんて! えへへ、勇者さま、勇者さま、勇者さま――』
未亜ちゃんはギュッと俺を抱きしめると、花が咲くような笑みを浮かべた。
どうやら彼女はかつての俺を知っているらしい。
もしやパーティメンバーの誰かが転生してきたのだろうか。
『ねえ、あたしのこと覚えてる? 見た目が変わりすぎちゃって分からないかな。
ミーアだよ、ミーア・グランズフィールド。魔王の娘で、えっと、その、勇者さまの――』
え、なんだって? 声が小さくてよく聞こえなかった。もう一度いいか?
……というのは冗談だ。
少なくとも念話で難聴はありえないからな。
ミーアはこう言ったのだ。
――勇者さまの、恋人。
どういうことだろう?
前世を思い返してみても、思い当たるフシはまったくない。
せいぜい最後にミーアの手を握ったくらい、のはず。
もしや記憶が欠けているだけで、俺は彼女に歯の浮くようなセリフでも言ったのだろうか。
『勇者さま?』
戸惑う俺に気付き、ミーアが大きな目で覗き込んでくる。
『もしかして覚えてない、かな』
俺は答えることができない。
真実を告げれば彼女を傷つけてしまう。
それが、恐かった。
しばらくの沈黙。
やがてミーアはそっと身を離し、
『えっと、その、ごめんね? 勇者さまは別に気にしなくていいから。
あたしが勝手に盛り上がっちゃっただけだし、うん』
慌てて取り繕うように、そう言った。
『忘れちゃったことを持ち出してまで彼女面する気はないしさ、そもそも兄妹だし。
えっと、家族として仲良くしてくれると嬉しいかな、なんて。あはは……』
* *
俺が生まれたのは10月18日の午前5時で、ミーアもとい未亜は10月18日の午後1時。
ほんのわずかな差で、俺が兄という扱いになった。
ちなみにオヤジは時刻まで覚えていなかったらしく、修二さんが病院に問い合わせたらしい。几帳面なことだ。
まあ、そんなことより俺の相談を聞いてくれ。
急募。
前世の恋人 (推定) が妹になったのですが、どう接すればよいのでしょうか。
相手が遠慮がちすぎて、よけい心に痛いです。
人物紹介
吉良沢修二:オヤジとは遠縁の親戚。高校の同級生であり、腐れ縁。それなりに常識人。
吉良沢夕子:修二さんの奥さん。ふんわり系。
吉良沢未亜:ヒロイン。