第38話 Q.派閥が把握できません A.総て潰せば問題ない
中盤は心を強くしてお読みください
2章に出てきたあの人が再登場します。
第三祭祀場の外には異様な光景が広がっていた。
血の海と化した廊下。
死屍累々と折り重なる、スーツ姿の天狗たち。
違う。
人間だ。
天狗の面を被っているだけだ。
【鑑定】を使ってみる。
[名前] 目白啓志
[性別] 男
[種族] 課金族
[年齢] 34歳
[称号] 【烏羽衆】
[能力値]
レベル59
攻撃力 69 (+20) (-5)
防御力 65 (+20) (-5)
生命力 66 (+20) (-5)
霊力 81 (+20) (-5)
精神力 88 (+20) (-5)
敏捷性 81 (+20) (-5)
[アビリティ]
【烏羽衆の矜持】:
彼は鴉城家の密偵――“烏羽衆”の一員である。
幼いころから厳しい修行に耐え、それに見合った実力を手に入れた。
でも正直、天狗の面は好きじゃない。ムレるし。
全能力値に補正。
ただし梅雨から夏にかけては精神力が低下。
【偶像崇拝】
彼は鴉城家に忠誠を誓っている。
しかしそれ以上に、アイドル (二次元・ソシャゲ) の熱狂的なファンである。
その思いの丈はほかの誰にも負けず、もはや信仰の域。
精神力に大きなボーナス……のはずだが、
烏羽衆の長、第八十九代目“乱裁烏”の鴉城昼光とは推しキャラが異なる。
上司との軋轢によりボーナス無効化。
[スキル]
【鴉城流陰陽術 Ⅴ】【鴉城流陰陽術・裏 Ⅴ】
その他不明
[状態異常]
死亡:死後1時間以内。できたて!
烏羽衆。
初めて聞く名前だが、おそらくは深夜の手下だろう。
俺たちを待ち伏せしていたものの、白夜派の襲撃で全滅した……というところか。
スーツ天狗たちは皆、喉元を深く切り裂かれていた。
取れかかった首からは、骨や筋肉が覗いている。
「……大丈夫か、シェル」
俺は振り返って静玖に声をかける。
シェル。
あのノートに書いてあった、静玖の愛称だ。
由来は二つ名の「拒絶する理解者」から。
「だいじょうぶです、芳人さま」
背後を歩く静玖は、燕尾服にタイトスカート。
見ての通り、【夜よ来たれ】が発動中だ。
そのおかげだろう、凄惨な死体を前にしても眉ひとつ動かそうとしない。
ちなみに玲於奈と深夜は第三祭祀場に残している。
俺と静玖で暴れまわり、朝輝派も白夜派も叩き潰してから迎えに行く予定だった。
「それより――いい加減に出てきたらどうですか、わたしを覗いていいのは芳人さまだけですよ」
静玖はキッと視線を投げかける。
廊下の左隅、スーツ天狗の死体がもっとも多く折り重なっている場所だ。
「ヒヒヒヒッ、ばれちゃ仕方ねえなァ……はじめまして死ねェ!」
死体の山が崩れ、中から男が飛び出してくる。
銀色の輝きがふたつ。
小太刀の二刀流だ。
弾丸のような速度でこちらへ向かってくる。
「オレは鴉城日没! 本来なら第八十九代“乱裁鳥”だったはずのおと――」
うるさい。
俺は日没と名乗った男の頭を掴むと、
「《吸収術式》・《汝の精気を我が棺へと捧げよ》」
魔力をすべて奪い取り、気絶させる。
続いてマインドハック。
記憶を拝借する。
オーケー。
白夜派の動きが分かった。
どうやら鴉城本家の屋敷に乗り込み、朝輝の首を取るつもりらしい。
そのために乾坤一擲に大攻勢を仕掛けている、と。
最高のタイミングじゃないか。
横殴りで両陣営をまとめて潰せるかもしれない。
「あの、芳人さま」
「どうした、シェル」
「わたし、あの男が隠れているところを見抜きました」
うん。
俺も気づいてた。
それがどうしたというのだろう。
静玖は何かを期待するような目で見上げてくる。
まるでご褒美をねだる犬のようだ。
「むー」
不満そうにつぶやく静玖。
俺の右手を掴むと、そのまま自分の頭の上に乗せた。
構図としては、なでなでするような形。
ああ、そういうことか。
「よくやったな。俺はいい部下を持ったよ」
よしよし。
ノート曰く、黒騎士状態の俺は『序列零位、神の真意』ということになっている。
魔術結社C∴C∴Cの総帥であり、静玖よりずっと上の立場だ。
「部下、ですか」
「ああ」
「……わかりました、今はこれで我慢します。作戦中ですし」
静玖は少し不満そうだった。
ノートの設定上、俺と静玖は恋人ということになっている。
もっと甘やかして欲しかったんだろう。
けれど今は一刻を争う事態だ。
急ごう。
別に、自己暗示状態の静玖にアレコレする度胸がないわけじゃないからな。
ヘタレと呼ばないでください。
* *
退魔師業界は、やっぱり変人ばっかりなんだろうか。
「我ら!」
「小鳥遊」
「三兄弟!」
地上に出た俺を出迎えたのは、鳥っぽい戦隊ヒーローのコスチューム×3。
「生まれた日は違えども!」
「鷹栖家を憎む心は一つ!」
「ゆえに小鳥遊!」
最後まで聞くのも面倒なので、まとめて魔力を奪い取る。
戦隊ヒーローのくせに憎しみの心で戦うんじゃない。
……その後もコスプレ集団との戦いが続く。
「行きますお姉さま!」
「ええ、よくってよ!」
「あたしたち姉妹のコンビネーション!」
「雪!」
「月!」
「花! を見せてあげるわ!」
別に見たくないです。
というかその技、何かのゲームからパクってませんかね。
「ふっ、貴様が謎の黒騎士とやらか。我が左手に封じられし絶技を披露する時が来たようだな」
続いて現れたのは、ある意味で静玖以上の逸材だった。
「食らうがいい。禁忌禁術式起動、《縮退型永遠剣製・黙示録》――ッ!」
なんだその術は。
詠唱だけで俺の精神力がゴッソリ削られてしまったんだが、一体、どんな攻撃を繰り出してくるんだ。
ちくしょう、気になって手が出せない。
「……ふっ」
おや。
何も起こらないぞ。
「どうやら霊力が足りないようだ。命拾いしたようだな、貴様」
おまえはどこのベビーサタンだ。
もういいから寝ててくれ。
ちなみにここまで出てきた退魔師、中学生とか高校生じゃないからな。むしろ中高年。
さっきの雪月花姉妹なんて体操服+ブルマだが、【鑑定】によると年齢は三十 (以下自主規制) 歳。
深夜のアレっぷりが霞むインパクトだった。
まったく。
日本の退魔師業界はどうなってるんだ。
やっぱり滅びた方がいいだろコレ。
俺は若干の頭痛を覚えつつ、屋敷のあちこちで暴れ回る。
なんだか因縁のありそうな剣士ふたりの決闘に割って入り、両方を昏倒させた。
5人がかりで少女ひとりに襲い掛かる男たち。まずは男たちをぶん殴り、「ありがとうございます! 騎士様、どうかお名前を……」と駆け寄ってきた少女も気絶させた。
しばらくすると「バカ弟子よ、ワシの戦いをよく見ておくがよい……!」「師匠!」「ククク、呪いに蝕まれた体でどこまで私に抗えるかな?」みたいなシチュエーションに出くわしたので、盛り上がったところで全員に《強奪術式》。ちなみに師匠とやらの呪いは解いておいた。あと30年くらいはピンピンしてるだろう。
そうするうち、両陣営とも動きが鈍り始める。
「なんだあの黒いヤツは!?」
「見たことのないコスプレだな……」
「どこの家の者だ?」
「白夜派の式神か?」
「だが白夜派も攻撃されてたぞ!」
「まさか鷹栖家の刺客……?」
「むしろ完全な別勢力――いやよそう、オレの勝手な予想でみんなを混乱させたくはない」
広がる動揺。
退魔師たちは事態の把握こそを優先し、争いの手を止める。
ちょうどいい。
ここで一息つこう。
俺は静玖を連れ、近くの物置小屋に身を隠した。
「《隠匿術式》・《我が領土に踏み入れること許さず》」
超上位の結界魔法を使い、誰も近づけないようにしておく。
「怪我はないか、シェル」
「はい、芳人さまのおかげで。……わたし、役に立ってますか?」
「心配ない。かなり助かってる」
静玖の左手には勇者の紋章が輝いている。
現在、俺はかれこれ30分近く黒騎士のままでいる。
本来だと3分で変身が解けてしまうところだが、今回はちょっとした裏技を使っていた。
簡単に言えば、【夜よ来たれ】と勇者の紋章の合わせ技。
【夜よ来たれ】によってハネ上がった静玖の魔力を、紋章経由で俺に繋いでいる。
そうやって莫大な魔力を借り受け、黒騎士の活動限界を引き延ばしていた。《強奪術式》で手に入れた魔力なんかも「燃料」の足しにしている。
ただ、完全無欠の解決法ってわけでもない。
魔力ってのは持ち主の「におい」を帯びている。
短時間で多量の魔力を受け取った場合、精神面で大きな影響を受けてしまうのだ。
例えるなら「心臓移植を受けると、ドナーに似た性格になってしまう」という俗説に近い。
そのせいだろうか。
俺もあのノートの内容が真実みたいに思えるというか、静玖を見てるとやたら胸がドキドキするんですよはい。
一度ここでクールダウンしないと、自分がどうなるか分からない。
それに【夜よ来たれ】は時間制限があるしな。
持続時間は30分まで、再使用は3分後から。
戦術的観点からも休息が必要だった。
「あの、芳人さま」
「どうした、シェル」
「ひとまず鎧をお脱ぎになってはいかがでしょう。その方が、魔力消費も少なくて済みますし」
言われてみればその通りだ。
《隠匿術式》が機能している限りはほぼ安全だし、魔力を節約しておこう。
「《鎧装解除》」
黒鎧が消え、素肌が冷たい外気にさらされる。
18歳、前世の姿。
服装としては異世界に召喚された当時のものなんだが、コレは魔力でできているんだろうか。
白シャツにスラックス。
胸ポケットに小さく薄く校章が入っているだけなので、あまり高校の制服といった感じはしない。
「……疲れたな」
ちょうどいい高さの木箱があったので、そこに腰を下ろす。
続いて、隣に静玖も座った。
……近い。
恋人だから当然――って違う違う。
思考がノートに汚染されている。
気を付けよう。
「芳人さま、ずいぶん楽しそうでしたね」
「そうか?」
退魔師たちの濃ゆいキャラに呆れてばかりだった気もする。
「最後の方なんてノリノリで、『我こそは“神の真意”、貴様ら伏して我に従え』なんて叫んでたじゃないですか」
そういえばそんなこともあったようななかったような。
し、仕方ないだろ。
静玖から魔力供給を受けていたせいだ。
うん。
俺は悪くない。
……。
…………。
すみません、嘘です。
素の部分でめちゃめちゃ楽しんでました。
ごめんなさい。
「芳人さま」
再び、静玖が名前を呼んでくる。
甘えるような響き。
……しまった。
【夜よ来たれ】を解除するように言ってなかった。
いまだ静玖は「状態異常:妄想 (大)」なわけで。
「……普段の姿はもちろんですけど、今の、大人びた姿も素敵です」
そんな風に囁くと、俺の右手をキュッと握ってくる。
ひんやりとした手の感覚。
「わたし、手足は冷える方ですけど……今は、それでよかったと思います。――――芳人さまの体温を、強く感じられますから」
うう。
なんだこの糖分過多。
綾乃さん、静玖に発情期的な暗示まで積み込んでませんかねコレ。
童貞には刺激が強すぎますよいやほんとに。
男のプライドでかろうじてうろたえないでいるものの、内心としてはもう、バクバクものだった。
ここまで戦ってきた退魔師なんかより、静玖の方がずっと脅威に感じる。
どどどどうしよう。
「ねえ芳人さま、紋章なんかよりずっと効果的な魔力供給の方法、ご存知ですか?」
耳元で、吐息と一緒に声が聞こえる。
「もう少しで【夜よ来たれ】が切れちゃいますけど、その前に――」
ぐっ、と。
右腕に体重がかかった。
しなだれかかってくる静玖。
胸が当たってて、ぽよんぽよんぽよん。
阿呆みたいな表現だが許してくれ。
こうやって茶化さないとヤバい。
なんかもう深夜の頼みごととかそんなのをすべてぶっちぎって、朝まで生テレビ (隠語) でもいいような気がしてきた。
「芳人さまが望んでくださるのなら、わたし、なんだってします」
静玖は自分の胸元へと手を伸ばし、ひとつ、またひとつとブラウスのボタンを外す。
止めるべきだとは思う。
けれど声がでなかった。
「玲於奈ちゃんより、深夜より、ずっとずっと、わたしの方が…………」
突然、言葉が途切れた。
それどころか、パッ、と静玖の身体が離れる。
「わっ、わっ、あわわわわわ――――」
静玖の目に正気の光が戻っていた。
蛇の絡みついた杖は消え、服装もいつものロングコートへ。
発動開始から30分が経過し、【夜よ来たれ】が切れたのだろう。
「い、今のは暗示、暗示、暗示のせいで……で、でも、玲於奈ちゃんとか深夜さんに負けたくないってのは本気で、ああ、えっと、その、うう――」
静玖はパニックに陥っていた。
ロングコートを引っ張り上げ、その中に自分の顔を隠していた。
よほど恥ずかしいのだろう。
ちっ、惜しかったな。
じゃなくて、助かった……。
静玖を「外付け魔力タンク」として運用するのは (いろんな意味で) 危険すぎる。
次からはやめておこう。
そんな風に意を決した矢先、
「きゃぁっ!?」
「っ!?」
轟音とともに、激しい揺れが俺たちを襲った。
すぐそばの棚が傾き、静玖のほうへと倒れ掛かる。
「危ない!」
咄嗟に動いていた。
静玖をかばうように飛び込んで――あっ、これ普通に防御系の術式を展開してりゃよかったんじゃないの、と気づく。
俺たちは転がるようにして物置小屋の床に倒れこんだ。
ものすごくやわらかくてふにゅっとしたものが顔に当たったりしたが、まあ、それはさておき。
「静玖、俺は外の様子を見てくる」
大急ぎで立ち上がり、物置小屋の外へ。
何があってもいいように再び黒鎧を纏う。
鴉城家の敷地は広い。
大富豪の真月家と同じか、それ以上。
物置小屋を出たところには大きな庭があり、池の上に橋が架かっている。
今夜は雲一つなく、空には満月が高く輝いている……はずだった。
しかしその光は巨大な影によって遮られ、あたりはひどく暗い。
蜘蛛だ。
蜘蛛がいる。
けれどそいつは、例えば台所に出てくるようなヤツとはケタが違う。
大きさを例えるなら戦車……いや、戦艦か。
圧倒的な質量を有する蜘蛛が、月下に雄叫びを轟かせていた。
「くそっ! 白夜派の連中、甲種式神まで出してきやがった!」
蜘蛛の周りには、朝輝派と思しき退魔師の姿。
次々に術式を放っているが、蜘蛛は身じろきひとつしない。
「撃ち方やめ、やめ! 黎明様が捕まっているのだぞ!?」
リーダー格と思しき男が叫ぶ。
見れば蜘蛛の口元には、糸でグルグル巻きにされた少女がぶら下がっている。
年のころは5歳かそこらか。
青ざめた表情を浮かべている。
「くっ、人質を取るとは卑怯な……!」
「朝輝様はどうした!?」
「白夜のやつが奥ノ院に!」
「何だと!?」
なるほど。
膠着した戦況を動かすため、大物を投入。
その一方で大将みずから敵の本陣へ突入か。
最良とは言い難いが、格好いい戦術と思う。
「このチャンスを逃すな、朝輝に与する愚か者どもに正義を教えてやれ!」
「白夜閣下万歳!」
「鷹栖に擦り寄る無知蒙昧どもを切り捨てろ!」
白夜派の退魔師たちが勢いづく。
仮にこのまま放置すれば、あるいは、白夜派が勝利するかもしれない。
とはいえ小さい女の子を人質にとるってのは、個人的に、あんまり好きじゃない。
俺はまず蜘蛛を倒すべく魔力を練り上げる。
そこに、
「いやいや待たれよ皆の衆。卑怯千万な大蜘蛛は、この吾輩に任せてもらおうか」
チリーン、チリーン。
どんな意味があるのか知らないが、風鈴を手で鳴らしながら一人の退魔師が現れた。
白い狩衣に烏帽子。
クラシックな陰陽師スタイル。
見覚えのある顔だ。
それは一年前、フィリスの家へと襲撃をかけてきたあの男――
「諸君らは朝輝様の救援に向かうがよい。ここは雉間が引き受けようぞ」
雉間裕次郎、だった。
どうしよう。
すっごく期待できない。
雉間師匠はどれだけ活躍できるのでしょうか(予告)
なお、次回で襲撃編は終了の予定。