第2話 ファイアボールよりロケットパンチの方がイメージしやすい
「だ、だうだっでー!」
オヤジの爆弾発言に、俺は思わず叫んでいた。
退魔師としての伊城木家は自分の代で終わり?
息子である俺はふつうの人間として育てる?
それは…………別にいいや。
俺は退魔師とやらになりたいわけじゃないしな。
「芳人はいずれ親戚に預けるつもりなんだ。もちろん、幽霊や妖怪とは無関係な家にね」
どうやら俺の名前は芳人というらしい。
偶然なのかどうなのか分からないが、前世と同じだ。
さらにオヤジは続ける。
「手のかかるうちは我が家で育てるけど、まあ、二歳か三歳までかな」
「……承知しました。寂しいですが、仕方ありませんね」
水華さんは、かなり残念そうだった。
頭の猫耳はくたりと垂れ、尻尾もしゅんと力ない。
「ほら、元気出して」
オヤジはイケメンスマイルを顔に浮かべると、しょんぼりとした水華さんの肩に手を置く。
「親戚に預けるまでは君が芳人のお母さんだ。僕は仕事で帰れないし、その分はよろしく頼むよ」
「直樹、さま……」
落ち込んだ表情の水華さん。
オヤジを見上げる視線が、揺れている。
はっ。
これ、ラノベとかマンガで読んだことがあるぞ。
しょんぼりしてる女の子を気遣ってフラグを立てる流れだ。
くっ、このクソオヤジめ。
母さんが死んで半年も経ってないのに別の女とイチャイチャしようってのか。
「どうしたんだい、水華? 僕の顔になにかついてるかな?」
オヤジからは鈍感系ハーレム主人公っぽい空気が漂いまくっている。
修羅場を引き起こしておいて「どうしてこうなった……」とか言いそうな雰囲気だ。
冷静になってくれ水華さん、こんな男に騙されちゃいけない。
「だうだうどでだでぼだだいでで――」
俺はすぐそばに転がっていた哺乳瓶を掴み上げた。
体内で魔力を練る。
イケメン死すべし慈悲はない。
オヤジに正義の鉄拳をぶつけてやろう。
イメージを膨らませ――
「だだっただう!」
全力で、哺乳瓶を投げつけた。
実際のところパンチじゃないが、そこは細かく突っ込まないでプリーズ。
魔法に小難しい理論は要らない。ノリと勢いで何とかなる。
「ぐあっ……!」
「な、直樹さま!?」
やっべ、狙いが逸れちまった。
オヤジの顔を狙ったんだが、軌道は思ったよりも低く、鳩尾へと突き刺さっていた。
あー。
ちょっと、やりすぎたかな?
ごめんオヤジ。
「う、うう……。敵襲、か? 水華、周囲を、警戒してくれ……」
「これは、哺乳瓶……?」
水華さんがこちらを向く。
「もしかして、芳人様が?」
「イエスアイドゥ」
「ありがとうございます。危うく私もあの男の毒牙にかかるところでした」
「男として当然のことをしたまでさ、可憐なお嬢さん」
「か、か、可憐っ!? わ、私が……?」
ん?
なんかおかしくないか?
「って、俺、喋ってる!?」
「直樹さま、大変です! 芳人様が喋ってます!」
「えっ、なんだって?」
どうやらうちのオヤジは難聴系みたいだが、それはともかく俺の身体に何が起こってるんだ?
ちょっと解析してみよう。
……なるほど。
魔法の影響だろうか、声帯のあたりに魔力がこびりついている。これが原因かもしれない。
「本当です、本当に芳人様がさっき言葉を――」
「うーん、聞き違いじゃないかなあ」
二人のやりとりを聞いているうち、俺はだんだんと眠くなってくる。
この感覚は、魔力切れ、だな。
水華さん、俺が寝ている間に、オヤジに騙されたりしないでくれよ……。
* *
後で聞いた話だが、俺の「母親候補」は他に5人もいたらしい。けれどみんな隙あらば結婚を迫ってくるため、適度な距離にある水華さんを選んだんだとか。
……そのくせ無自覚に攻略しようとするあたり、オヤジはほんとうに女の敵だと思う。
「芳人様、あの時のご恩は忘れません。短い期間ですが精一杯お世話させていただきます」
「だうどあばばばばばびぶぶべだうだ、びびぶば」
「ミルクが欲しいのですか?」
「ばう、だうばだい」
俺は再び赤ちゃん言葉に戻っていた。
魔力を声帯に集めれば日本語を話せるだろうが、先日の『ロケットパンチ』で貯蔵魔力は底を尽き、まだ幼いせいか日々の回復量も微々たるもの。ちょっと喋るだけで気絶しかねない。
「まだだうだうーうーあーばっばばー」
「粉ミルクは飽きてしまったのでしょうか。ですが母乳は出ませんし……」
うーんと考え込む水華さん。
この人 (猫?) 根はマジメなんだけど、ときどき変な方向に吹っ飛んでいくからなあ。
ものすっごく危なっかしいんだよ、色々と。
「わ、私はそんなに大きくありませんが、せめて、気分だけでも……」
ブラウスのボタンを外し始める水華さん
つややかな肌に、細い肩。
鎖骨のくぼみからさらに視線を下げていけば、白いブラに押し込められた二つのふくらみが目に入る。
これで「大きくない」というのは謙遜しすぎだろう。
水華さんは恥ずかしげに俯きつつ、
「さあ、どうぞ」
ブラジャーの右側をめくるようにずらした。
露わになるのは、ツン、と立ち上がった薄桃色の……ゴクリ。
本能のままに吸い付きたくなるが、なんというか倫理的にアウトな気もする。
肉体は0歳でも、精神はそうじゃないわけで。
うう。
「やはり、ミルクも必要でしょうか……」
哺乳瓶を手に取る水華さん。
それを俺の口ではなく、自分の胸元に近付けていく。
ポタポタと、乳白色の液体が胸の先端に落ちた。
「んっ……」
妙に艶めかしい吐息が漏れた。
なんかもう、いろいろとやばい。
ど、ど、どどどどどうする――。
この顛末については、えっと、ノーコメントで。
とりあえず、俺はヘタレだった、とだけ言っておく。
・魔法はイメージが大事です。
・燃焼反応を思い浮かべるより、「ブレスト〇ァイアー!」と叫んだ方が早く発動します。
・足りない魔力は勇気で補ってください。