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第30話 この干しイカ、蠢いてるんですけど!

2章の中盤に出てきた、人生200m自由形の選手が再登場します。

 ――もしかしたら荒事が起こるかもしれない。


 どう考えても荒事が起こるフラグですありがとうございましたマジかよ。

 綾乃がかつての力をどの程度まで取り戻したかは分からないが、彼女なりに何かを掴んだ結果、俺を京都へ送ることにしたのだろう。

 情報源は……自分で使い魔なり眷属なりを飛ばしたか、あるいは、宗源さんを通して真月家の人間を動かしたか。まあ、そこは別にどうでもいい。


 問題は、俺がいいように動かされているということ。

 ガキくさい反抗心なのは自覚しているが、誰かの掌の上ってのはあんまり好きじゃない。


「芳人様、お腹は空いておりませんかな」


 京都へ向かう車内。

 執事の時田さんはやたらめったら俺にものを食べさせようとしてくる。

 具体的には、綾乃に手渡されたビン詰めの干しイカだ。


「これはお嬢様がわざわざ芳人さまのために作ったものです。ぜひご賞味くだされ」

「すみません、俺、実は車酔いするほうなんです。京都についてからの楽しみってことで」


 というか。

 食べて大丈夫なのか、コレ。

 なんか魔力が漂ってるし、ときどき視界の端で蠢いてるし。


 頭をよぎるのは、宗源さんを絡めとっていた触手。

 あれ、かなりイカっぽかったんだよな……。


「ところで干しイカには車酔いを予防する効果があったようななかったような……」

「ないと思います」


 そんな微妙な攻防戦を繰り広げているうち、車はやがて新名神高速道路に乗った。

 左右に広がるのは青々しい山の稜線。

 トンネルをいくつか抜けた先、土山というSA(サービスエリア)で休憩となった。


「折角ですからここでイカをお召し上がりになっては――」

「そうはイカんですよ」

「……」

「……」

「よ、芳人様はイカしたセンスをお持ちですなあ」

 

 時田さんの表情はまるで父親のように優しかった。

 イカたまれない(居た堪れない)気持ちになった俺は外に出る。

 ……さすがに今のは無理やりだったな。


 土曜日だけあってか、SAには人の姿が多い。

 金があれば地雷也の卵焼き (300円) やスエヒロの近江牛の牛串 (500円) を食べてたんだけどな。


「時田さんに相談するか? けど、『金が()()()()、なら干しイカを食べろ』ってなりかねないし……」


 俺が売店の近くでうっかり寒いダジャレを呟いた、その時。


「わー、おもしろーい(かっこ)(ぼう)(かっことじる)


 どこかで聞いたような声が響き、両目を塞がれた。


「だーれだ。しかしお前に名乗る名前はない。神薙(かみなぎ)玲於奈(れおな)です、どもども」


 うわあ。

 予想外のタイミングでとんでもないのに出会ってしまったぞ。


「というわけで答えをどうぞ。だーれだ」

「いや、さっき自分で言ってなかったか」

「それでも答えてほしいのが乙女心なんですよ、ええ」

「神薙玲於奈」

「ノー、正解は越○製菓です」


 もう意味が分からない。

 後ろを振り返ると、名乗った通りの人物が立っていた。

 神薙玲於奈。

 綾乃の誘拐事件で交戦し、なぜか俺のことを気に入ったらしい人斬り少女。

 温度を感じさせない双眸がこちらを見つめている。

 前に会った時は紅白の巫女装束だったが、今日はなぜか黒レザーのライダースーツだった。

 空気抵抗の少なそうな体つきによく似合って……ギャー!

 俺は玲於奈にほっぺたをつねられていた。


「不躾な視線を感じました」

「すみませんでした」

「前も言ったでしょう、胸なんて飾りだ、と。わたしはとても傷つきました。慰謝料を請求します」


 サッと玲於奈の手が閃いたかと思うと、干しイカの入った瓶を奪われていた。

 ……んん?

 

「なあ、玲於奈」

「返しませんよ」

「それは別にいいんだが、俺、いつのまにその瓶を持ってたんだ?」


 おかしいな。

 干しイカは車の中に置いてきたはずなのに。


「何を言ってるんですか。最初から大事そうに持っていたでしょうに」


 えっ。

 なにそれ怖い。

 もしかして自動追尾機能でもついていたんだろうか。

 

「ふむ」


 干しイカに視線を落とす玲於奈。


「なにやら面妖な気配がしますね、これ。……そーい」


 やる気のまったく感じられない声。

 玲於奈は瓶を水平にチョップしていた。

 そのとたん、干しイカがクタリと(しお)れてしまう。


「今、何をしたんだ」

「原井玉枝さんと清女玉枝さんです」

「……祓いたまえ清めたまえ?」

「イエスアイドゥ」

 

 ものすごく日本語なまりした返答だった。

 というかこの場合、アイでもドゥでもないだろ。


「腐っても私は神殺しの神薙、浄化は得意分野のひとつです。あ、腐ってると言っても男性同士のナントヤラが好きなわけではありません。ものの(たとえ)なのであしからず」

「その注釈、必要なのか……?」

「なんだか貴方はそういう系統の女性に好かれそうな顔をしているので、あえて逆を攻めておこうかと」


 まあ確かに幼稚園じゃ、腐女児から熱い視線を注がれている。

 最近は浩介のほうを見ただけで「とうとい」とため息をつかれる始末だ。


「ちなみに私の見立てだと、貴方はヘタレに見せかけた鬼畜攻めですね」


 そういうフレーズが出てくるあたり、玲於奈も実は腐ってるんじゃなかろうか。


「さてさて、小粋な会話も終わったところで一戦交えたいところですが……ああ、別に性的な意味ではありませんよ。それがお望みでしたらせめて中学生くらいになってからお願いします」

「いや、別に望んでないぞ……」

「それはそれで悔しいので、10年後くらいに夜這いすると宣言しておきましょうか。安心してください、最近、不死だけじゃなく不老も実装しましたんでずっとピチピチですよ。まあそういうキャラほど死にやすかったりするんですけど、現実だから大丈夫でしょう。……って、また話が逸れてしまったじゃないですか。反省してください」


 その言い分はあんまりにも理不尽じゃないだろうか。


「ともあれここで殺し合いになると家族連れの皆さんにも迷惑をかけてしまいます。そういうわけで平和的に行きましょう。食べたいものがあれば奢りますよ。私のおすすめは地雷也の卵焼きとスエヒロの牛串です。そのあと外の出店でタピオカドリンクを飲みましょう」


 なにこの相性ピッタリさん。

 俺が食べたいものとまったく同じじゃないか。

 玲於奈への好感度がMAXになった。

 ほんとに俺ってチョロイン、いや、男だからチョーローか。長老、いや張魯。三国志にそんなのいたよな、西の方で、なぜか中盤まで生き残ってる勢力。『信長○野望』で言うなら姉小路枠。


 


 

 2人でひとしきり土山SAのグルメを満喫したあと、俺は玲於奈から100円を借りて別れた。

 ちなみに彼女はここまでバイクで来たようだ。

 そういや前に「姉さんを裏切ってそっちに行きます」なんて口走っていたが、あの話はどうなったのだろう。玲於奈のことだし、ナチュラルに忘れてそうな気もする。ま、それならそれで構わないんだが。


 俺は1人になった後、あるところに電話をかけた。

 それから悠々と車に戻る。 

 

「お帰りなさいませ、芳人さま。――おや、干しイカはどうされたのですかな」

「えっと、知り合いの女性に偶然会ったんですけど……その人が持っていきました」

「はい?」


 心底驚いたような表情を浮かべる時田さん。

 それから慌てて携帯電話を取り出し、


「少々お待ちください」


 外へと駆け出していく。

 いったいどうしたのだろう。


 時田さんの背中に使い魔を張り付けておいたし、ちょっと盗み聞きしてみよう。


 以下、時田さんと綾乃の会話。


『お嬢様、緊急事態です。干しイカを何者かに奪われてしまいました』

『どういうことかな。あれは芳人くんから離れられないように呪いをかけてあるはずだよ』

『こちらでも状況を掴みあぐねておりまして……』

『まあ、生きてれば予想外のことはたくさんあるよね。とりあえず予定通り京都へ向かってくれる?』

『承知いたしました』


 どうやら玲於奈の登場は、綾乃も想定していなかった事態らしい。

 


 時田さんは何事もなかったかのように運転席へ戻ってくると、車を発進させた。


 俺は景色を眺めながら考える。


 


 一年前のこと。

 真月綾乃の誘拐事件。


 あの時、俺は2人の強敵と戦っている。

 神薙玲於奈、そして、アリア・エル・サマリア。

 どちらも取り逃がしてしまったわけだが、アリアには『隠しカメラ』と『盗聴器』を付けておいた。

 

 機能したのは一度きり。

 ただし、とても重要な情報を得ることができた。

 俺の父親――伊城木(いしろぎ)直樹(なおき)は死んじゃいない。

 飛行機事故を生き残ったのか、それとも最初から乗っていなかったのか。

 いずれにせよ自分の存在を伏せ、密かに何かを企んでいるのは確かだ。

 

 けれど『盗聴器』で訊いた話じゃ、「3年くらいは南の島でバカンス」してるはずなんだよな。


 玲於奈が別行動でふらふら出歩いているだけなのか、それとも、オヤジかその愛人が面倒事を起こそうとしているのか。


 できれば前者であってほしいと思う。

2章ラストにあった「黒幕の会話」ですが、アレは芳人くんが盗聴した内容です。

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