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第19話 山奥で車を見つけると犯罪の予感がする

 フィリスの車は意外にも日本製だった。

 正面から見ると、まるでプレデターかエイリアンみたいなデザインだ。

 トヨタのSAI。

 初めて聞く名前の車なんだが、位置づけとしては、


「プリウス以上レクサス未満、ガ○ダムで言うならド○かしら」


 とのこと。

 なんだ、最近はガンダ○に(たと)えるのが流行なのか? 

 しかもやたら○ム推しだな、おい。

 ともあれ。

 ザ○(アクア)グ○(プリウス)よりはハイスペックだけど、ゲルグ○(レクサス)ほどじゃない。

 きっとそう言いたいのだろう。

 ……伏字が多くて読みにくいなコレ。

 

 

「昔からそういう、中間点にあるものが好きなの」


 どこか遠い表情で、(よわい)数百年を自称する魔女は語る。

 ちなみに【鑑定】でフィリスのステータスを覗くと、その年齢は……おや?

 すまない、誰か来たようだ。

 ちょっと行ってくる。

 






 ――その後、吉良沢(きらさわ)芳人(よしと)の姿を目にした者は誰もいない。




 第二章、完。


 

 

 






 というのは冗談だ。

 まあ、その、ええと。

 フィリスはたった数百年しか生きていないお姉さんです、オーケー?



 

 俺たち四人は車で松来市を出た。

 北へ向けて走ること二時間、トンネルをいくつか抜けた先は曲がりくねった山道だ。

 車のライトだけを頼りにゆっくりと――


「みぎゃああああああああ! フィリス、さん! もうちょっとゆっくり! ゆっくりお願いします!」


 静玖(しずく)の悲鳴が響き渡る。

 フィリスはスピード狂だった。

 しかも無自覚だからタチが悪い。


「えっ? マンガで読んだけど、日本人はこういう山道を全速力でドリフトするんでしょ?」

「藤原豆腐店のばかやろおおおおおおおおおおおおお!」


 そういや昔、『頭文○(イニシャル)D』ってのがあったな。

 結局あの『D』って何だったんだ?

 知ってたら教えてくれ。


 ちなみに俺も未亜も、このジェットコースターじみた運転の影響を受けていない。

 ――《重力術式(グラヴィディティ)》・《我は恒たる不動(クルマヨイシナイヨ)の徒(ヤッタゼ)》。

 あちらの世界の魔法を使ったおかげだ。


「ご、ご主人さまっ! その術式、わたしにもかけてくださいいいいい」


 すまない静玖。

 この魔法、一人用なんだ。


「うわああああああああああん、なんだか気持ちよくなってきましたああああああああ!」

 

 この日、静玖は新たな性癖に目覚めてしまった。

 将来こいつを(めと)る男はいろいろと大変だと思う。


 

 やがて車は開けた場所に出たが、そこには十台以上の車がずらりと止まっていた。


「ここはキャンプ場でもないのに……不思議ですね」


 乱暴すぎる運転で(ほど)けてしまった包帯を巻き直しつつ、静玖が呟く。


「どこかの退魔師がヘルベルトの居場所を突き止めたのかもな」

「それじゃあ急ぎましょう、ご主人さま。早くしないと手柄を取られちゃいます」

「別にいいんじゃないか?」


 一番大事なのは、真月さんが無事に帰ってくること。

 手柄争いなんて馬鹿馬鹿しいことをやるくらいなら、車で峠を攻めるほうがよっぽど有意義だろう。


「私としては急いでもらえるとありがたいわ」


 右手をワキワキとさせながら笑うフィリス。


「ヘルベルトが誰かに連行されちゃったら、制裁を加えるチャンスがなくなってしまうもの」


 うおっ。

 実はけっこうおっかない性格なのかもしれない。


「……兄さん、ちょっといい?」


 未亜が俺の袖をクイ、と引く。

 不安げな表情を浮かべていた。


「うまく言えないけど、すごく嫌な気配がする。前世の、あの地下神殿にそっくり」

「地下神殿って……俺が、邪神と戦った場所のことか?」

「うん、空気が似てる。気を付けたほうがいいかも」

「わかった、ありがとうな」


 俺はポンポン、と未亜の頭を撫でながら考える。


 先程、ヘルベルトをマインドハッキングして手に入れた情報。

 ヤツはこの先の洞窟で、何らかの召喚術式を行使しようとしている。


 どのような存在を呼び出そうとしてるかまでは分からなかったが……まさか、な。

 

 邪神。

 とても人間には発音できない名を持つそいつは、前世の俺が完全消滅まで追い込んだはずだ。

 しかしながら相手は神、何があってもおかしくない。

 警戒はしておくべきだろう。


 



 * *



 

 

 俺たちは車から降り、坂道を下っていく。

 しばらくすると美しい渓流に辿り着いた。

 このまま川沿いを歩いていけばヘルベルトのいる洞窟なんだが――


「ご、ご主人さま、あれ……!」


 ヒッと小さく悲鳴を漏らす静玖。

 彼女の指さす先、洞窟の入り口。

 そこには何人もの男たちが倒れていた。


「三人ともここで待ってろ。先に行く」


 俺は周囲の気配を探りつつ、男たちの方へと歩み寄る。

 皆、深手を負っていた。

 人数は十名。

 そのうち七名がすでに息絶え、二名は朦朧としている。

 かろうじて意識を保っている一名も、身体のあちこちに風穴を開けられている。

 通常の武器ではありえない傷。

 おそらくは魔法によるものだろう。


「誰、だ……?」


 男はかすれた声でこちらに話しかけてくる。

 肺が破れているのだろう、ゴブリと口元から血があふれた。


「喋るんじゃない。今、応急処置をする」

「なんだ、ガキじゃ、ねえか。どこの家のモンだか知らねえが、さっさと、逃げろ。オレは、もう、助からねえ……」


 知ったことか。

 俺は男にかまわず魔法を発動させた。


「――《時間術式(クロックリィ)》・《汝の血肉は(ループ)逆巻き()に流れる(ループ)》」

「ばか、やろう……、何の魔法か、知らねえが、そんなのは魔力の無駄に決まってんだろうがこのスットコドッコイっていうかあれオレの傷が全部消えてんだけどどうなってんだこりゃ」 


 答え。

 肉体の時間を巻き戻した。

 回復魔法はいろいろとあるが、そんなのより身体情報を弄ったほうが早い。

 

 ほかの9人にも同じように《時間術式》を施す。

 まだ死にたてホヤホヤだったおかげか、息絶えた連中も簡単に蘇った。

 とはいえ最初のひとりみたいに完全回復はさせない……というか、できない。

 そこまでやろうとしたら、先に俺の魔力が尽きてしまう。

 

「マジかよ……」


 男が息を呑む。

 そこに。


「ふふん、これがわたしのご主人さまです。えへん」


 やたら得意げな様子で静玖が歩み寄ってくる。


「お前、相鳥(あいとり)のとこの……」

「お久しぶりです、鳩羽(はとば)さま。相鳥家の静玖です」


 どうやらこの二人、知り合いらしい。


「相変わらず妙ちくりんな格好をしてやがるんだな、相鳥の」

「エセ時代劇の鳩羽さまに言われたくはありません」


 確かにその通りだ。

 この鳩羽という男、まるで時代劇に出てきそうな格好をしている。

 江戸時代の素浪人風、と言えばイメージがつくだろうか。

 後ろで乱雑にくくっただけのボサボサ髪に無精ヒゲ。

 浅黄の陣羽織を纏い、足には下駄を履いていた。


 ……退魔師にはコスプレイヤーしかいないのだろうか。


「馬ッ鹿野郎、こいつは古くから鳩羽家に伝わる正装でだな――」

「つまり先祖代々みんな頭がおかしい、と」


 待て静玖。

 自分の格好をよく見るんだ。

 意味もなく右目に巻き付けた包帯とか、『ヒビ割れ十字』のロングコートとか。

 どう考えても人のことを言えないぞ。


「くそっ、テメエの家だって変な方向に西洋かぶれしてるじゃねえか。その服で昼間っから外を歩けるのかよ」

「なっ……それを言ったら戦争ですよ、鳩羽兵衛(ひょうえ)!」

「痛ッ!? 髭を引っこ抜くんじゃねえ! 男の魂だぞ!」

「不潔なだけですよこんなもん! そこに直りなさい、汚らしい顎をツンツルテンにしてやります!」

「やめろぉ!」


 なんだこれ。

 さっきまでの緊張感はどこへいった。

 男は見たところ二十代中頃くらいなのだが、静玖と同じレベルで言い合っている。

 はあ。

 なぜ人は争うのだろう。

 俺は悲しみのあまり咳払いして、ついでに魔法で近くの石を爆発させた。


「おわっ!?」

「ご、ご主人さま!?」


 突然のことにビクリと身をすくませる二人。

 俺は言う。


「口喧嘩なら後でやってくれ。今はとにかく何があったか教えてくれないか?」


 



 

 男の名前は鳩羽(はとば)兵衛(ひょうえ)

 組織には所属せず、独自に活動を行っている退魔師だという。

 その実力は確かなものであり、ときどき神祇局が協力を要請するほどらしい。


「三日前だったかな、神薙(かみなぎ)家の……相鳥の、おめえさんと同い年のガキがいるだろ?」

玲於奈(れおな)さんですね。神薙玲於奈」

「そう、そいつだ。玲於奈ってのから依頼がきたんだよ。――真月家の娘さんが連れ去られた。その救出を手伝え、ってな」

「ほほう。続けてください」

 

 いま相槌を打っているのは静玖だ。

 俺はあえて口を差し挟まず、静かに思考を巡らせていた。

 神薙(かみなぎ)

 その苗字には聞き覚えがある。

 たしかオヤジの愛人に、神薙(かみなぎ)真姫奈(まきな)という女がいた。

 魔を祓う古流剣術を使うとかなんとか。

 神薙玲於奈とやらも、その関係者だろうか。

 なんだかキナ臭くなってきたな……。


「この玲於奈って嬢ちゃん、若ぇのに中々のやり手でな。フリーランスの有名どころを片っ端から掻き集めて、真月綾乃の救出部隊を編成しちまったんだよ」

「規模はどれくらいですか?」

「ここにいる10人が後詰で、洞窟に入っていったのが20人。……一応言っとくが、この人選はくじ引きだぞ。腕前とは無関係だからな」


 慌てたように付け足す鳩羽。

 その言葉に嘘はなさそうだ。

 こっそり【鑑定】させてもらったが、そのステータスは雉間をかるく上回っている。

 

「オレら後詰の仕事は、まあ、退路の確保だな。ヘルベルトが応援を呼んでるかもしれねえし、交代で周囲を見張ってたんだよ」


 鳩羽と他9名。

 いずれも鉄火場を潜ってきた人間であり、その心に油断はなかったらしい。

 だが。


「気付いたら、すぐ懐に潜り込まれてたんだよ。……黒づくめの魔導士にな」


 黒づくめ。

 思わず俺は静玖を見た。


「えっ!? ええええええっ!? わたし、ご主人さまと一緒にいたじゃないですかっ!?」

「冗談だ」

「むー!」

 

 くるくると表情を変える静玖が可愛らしい。


「……さっきから聞きそびれてたんだが、おまえさん、何者だ? 静玖の弟って感じでもねえしよ」


 鳩羽は俺のほうを向き直る。


「見たところまだ3、4歳ってところだろうが、とんでもねえヤツだってことは分かる。どこかの家の秘蔵っ子か? まさか鴉城(あじろ)本家の――」

「そういう話は後にしよう……しましょう。先に魔導士のことを教えてください」


 遮るように俺は言う。

 相手が年上なのを思い出し、途中で丁寧語に言い直した。

 俺が何者かについての説明は……まあ、そのうち思いつくだろう。

 頑張れ未来の俺。

 このまえ未来の自分に丸投げして酷い目に遭った気もするが、まあ、気のせいだな。うん。


「分かった。確かに魔導師の件のほうが重要だな」


 鳩羽曰く。


 そいつは黒一色のローブに身を包み、顔には仮面を被っていたらしい。

 また変態か。

 俺は呆れた気持ちになりつつも、鳩羽の話に耳を傾ける。


 なんでも無詠唱でさまざまな魔法を操り、1分もしないうちに後詰の10名を全滅させたのだとか。


「情けねえ話だが、その後のことはサッパリだ。中に入った連中を追いかけたのか、まだこの辺に潜んでるのか。……何にせよ、オレが出会った中では最悪の相手だったぜ」


 他の9名の実力だが、ステータス的には鳩羽と遜色ない。

 そんなメンバーを秒殺している以上、「黒づくめの魔導士」は相当の力量と見るべきだろう。


 まいったな。

 予想外の不確定要素が入ってきたぞ。


 俺はヘルベルトから記憶を吸い出したわけだが、それによれば協力者なんていなかったはずだ。

 つまり「黒づくめの魔導士」は、退魔師側でもヘルベルト側でもない、第三勢力の可能性がある。


 ――結果。


 未亜と静玖はここに残り、負傷者に回復魔法をかけてもらうことにした。

 俺がやったのはあくまで一時凌ぎ、放っておけば死の淵に逆戻りしてしまうからだ。

 

 そして二人の護衛を鳩羽さんに頼み、念のためにいくつかの術式をあちこちに仕込み――


「気を付けてね、兄さん」

「ご主人さまの無事を祈っております」

「帰ってきたらおまえさんが何者か、きーっちり教えてもらうからな」


 3人に見送られ、


「ふふっ、これもデートかしら」


 フィリスとともに、洞窟へと足を踏み入れた。

 

 


 * *



 

 岩壁に覆われた洞窟の中を、進む。

 

「奇妙な場所ね。まるでコンピューター・ゲームのダンジョンみたい」


 フィリスの言うとおりだ。

 トンネル状に刳り貫かれた道は、どこか人工的な雰囲気を漂わせている。

 いつ、誰が、何のために?

 ヘルベルトでないことは確かだ。

 あの男は真月綾乃を攫って、ここにやってきただけなのだから。


 やがて5分ほど歩いたころだろうか。


「……ヨシト」

「ああ」


 俺たちはあらためて気を引き締める。

 血の匂いが、漂ってきたからだ。


「フィリスは俺の後ろに。最悪の場合、先に逃げろ」

「……ふふ」

「どうした?」

「ううん、ちょっと嬉しかっただけ。マトモに女性扱いしてもらったの、にせんね――数百年ぶりだったから」


 今、2000年って言いかけなかったか?

 ……いや、詮索はよそう。本能が危険を告げている。


 俺はフィリスを庇うように前へ出て、血の匂いのするほうへと進む。

 少し開けた場所に出た。


 そこは、洞窟の入り口以上にスプラッタな光景だった。


 首、手、足、内臓――人間がパーツごとに分断され、あちこちにバラまかれている。

 地面はすべて赤一色に染まっており、屍山血河(しざんけつが)とはこのことだろう。

 果たしてここでどのような激戦が、いや、惨劇が繰り広げられたのか。

 想像するだけで背筋が寒くなる。


「貴方がたは……?」


 か細い声が聞こえた。

 壁際に目を向けると、ひとりの少女が刀を抱くようにして座り込んでいる。

 その身に纏うのは、紅白の巫女装束。

 またコスプレか。

 ただし全身血塗れで、せっかくの衣装が台無しだ。


 少女はヨロヨロと立ち上がると、こちらに視線を投げかけた。

 

「フィリスイリス・F・クラシアよ。困ったちゃんの弟子をぶちのめしにきたの」


 俺が口を開くより先に、フィリスが答えていた。


「貴女こそ何者かしら、先に突入した連中がいるって聞いたけれど、その生き残り?」

「ええ、はい」


 淡々と少女は答える。


「わたくしは、神薙家三女の玲於奈(れおな)と申します。有志の方々とともに真月(まつき)綾乃(あやの)の救出に向かったのですが、その――」

「ここで返り討ちに遭って、貴女だけが生き残った。そんなところかしら」

「……はい」

 

 凛とした顔立ちに、悔恨の表情を浮かべる玲於奈。

 そういや鳩羽さんの話だと、彼女が救出作戦のリーダーだったか。


「ヘルベルトはこの先に番人を立たせています。……もしよろしければ、同行させていただけませんか? 皆の仇を討ちたいのです」

「……ふうん」


 興味なさそうに相槌をうつフィリス。


「私はどっちでもいいわ。ヨシトはどうする?」

「そうだな……」


 俺は少し考えて。


「仲間は一人でも多いほうがいい。――手を貸してくれ、神薙さん」

「ありがとうございます。必ず、お二人の役に立ってみせますので……」


 フッ、と口元を緩めて笑みを浮かべる玲於奈。

 そのままタタタタッとこちらに歩み寄り、


「――ま、全部嘘ですが」

「悪いな、全部嘘なんだ」


 同時に、2つのことが起こった。

 

 神薙玲於奈は神速の抜刀でもってフィリスの首を獲ろうとした。

 俺は、道すがら拾った小石に魔力を込めて投げつけ、神薙玲於奈の心臓をぶち抜こうとした。


 互いが互いの意図に気付き、即座に、防御行動に移る。


 神薙玲於奈は後ろに飛び退いた。

 俺はフィリスの周囲に《結界術式(エリアリィ)》を展開した。


「気付いていましたか」

「当たり前だ」


 玲於奈の服装を見ればわかる。

 血に染まってはいるものの、布自体はどこも破けていない。

 他の連中が無残な屍に変わっている一方で、それはあまりにも不自然だ。


 細かいことはよく分からないが――

 彼女はヘルベルトの件を利用してフリーランスの実力者を集め、ここで背後から急襲したのだろう。


レオナさんはこの先生き残ることができるのでしょうか(予告)

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