第17話 若年性中二病VS高齢型中二病
「フィリスさん、や、やめ……やぁっ…………んっ……」
「ミアは声が出やすいのね。――ここ、どうかしら」
「うぅ……兄さん、見ないで、お願い……」
先に言っておく。
R18じゃないからな。
四歳児のそれとか需要はないだろ、たぶん。
未亜はいま、フィリスから「魔力を拡張するためのマッサージ」とやらを受けている。
「やっ、いや……」
「じゃあ、やめる?」
「う、ううん。続けて。続けて、ください……」
俺はロリコンじゃない。
決してロリコンじゃないんだが――どうにも妙な気持ちになってくる。
雑念を振り切るように、窓のほうへ目を向けた。
今日は金曜日。
明日は休みなので、多少の夜更かしは大丈夫だ。
俺と未亜はフィリスのアパートを訪れていた。
もちろん外を歩いてきたわけじゃない。
ベッド下のゲートを使ったのだ。
はじめは俺の診察がメインだったのだが、いつの間にやらこんな百合百合しい展開に。
まったく、最近の世の中はどうなってるんだ。
「ふぅ……」
タバコを吸うような動作でため息をつき、日本の行く末に思いを馳せる。
消費税はいつの間にか8%になったし、財政赤字は改善しちゃいない。
「こればっかりは、勇者でも解決しようのない問題だよな……」
悟ったような表情を浮かべ、俺は呟く。
ふっ、決まったぜ。
意味もなく流し目なんかもキメてみる。
ちょうどそのタイミングだった。
突然、ガラリと窓が開いた。
そして。
「お邪魔します!」
突然、何かが、飛び込んできた。
黒い軍服のようなロングコート。
その下の、赤いチェックのスカート……のさらに奥、白い下着が見えたあたりで、強烈なキックが俺をぶちのめした。
「ぬわっ!?」
しまった。
ぱんつに気を取られ、防御魔法を使うのが遅れたでぱんつ。
衝撃を殺しきれず、俺はどんがらがっしゃんとマンガのような擬音を立ててふっ飛ばされたでぱんつ。
そのまま壁に叩きつけられてめちゃめちゃ痛いでぱんつ。
いいかげん正気に戻れ、俺。
前世を含めてはじめてのパンチラだからって思考を汚染されすぎだ。
「す、す、すみませんご主人さまっ!?」
パタパタと駆け寄ってくる気配。
この声は、静玖、か?
目を開けると、果たしてその通りだった。
右目から額にかけて無意味に包帯を巻いた少女が、申し訳なさそうな表情でこちらを覗き込んでいる。
「格好良く登場するつもりでしたけど、まさかご主人さまに危害を加えてしまうなんて……ああっ、どうか罵倒を、お仕置きを!」
静玖はあいかわらずの調子だった。
このテンションにはちょっとついていけない。
誰か引き取ってくれないだろうか。
中二病属性も、需要はあるにはあるだろうし。
「……兄さん」
気づくと、未亜が冷ややかな視線をこちらに向けていた。
「その人、誰? 『ご主人さま』って、なに?」
目が笑っていない。
漂うのは凍てつくような威圧感。
そういや静玖の人柄については説明してなかったよな。
くそっ。
なんて問題を先送りにしやがったんだ、過去の俺。
時間が巻き戻せるならぶん殴ってやりたい。
「えっと……」
静玖はキョロキョロと視線を彷徨わせる。
「この子、ご主人さまと同じ指輪をしてますね」
かつて俺は未亜におもちゃの指輪をプレゼントしている。
二つ同じデザインのペアリングだ。
フィリスさんの部屋に行くにあたり、なぜか、未亜がそれをつけていこうと言い出したのだ。
「なるほど、謎はすべて解けました」
勝手に祖父の名を賭けることで有名な高校生探偵みたいな調子で静玖は言う。
「つまり彼女はご主人様の妻――若奥さまですね!」
なんだそりゃ。
ひどい迷推理もあったもんだ。
俺としてはポカーンとする他なかった、のだが、
「そ、そんな、若奥さまだなんて……へへっ、えへへ」
未亜はちょっと、というか、かなり嬉しそうだった。
「も、もう一回言ってもらっていいですか?」
「わたしは相鳥静玖と申します。何なりとお申し付けください、若奥さま」
その場に跪く静玖。
まるでお屋敷の執事みたいな動作だ。
「そ、そう。よろしくね、静玖さん」
「承知いたしました。誠心誠意仕えさせていただきます、若奥さま」
「はう……」
さっきまでの殺気 (ダジャレじゃないぞ) はどこへやら、すっかり未亜は蕩けてしまっている。
なるほど、これがチョロインというヤツか。
「未亜ちゃんが奥さんなら、私は何かしら?」
ふと、横でフィリスが呟く。
静玖はすこし考えてから、
「年甲斐もなく入り婿を狙うお婆様でしょうか」
「おうこら小娘ぶっ殺すぞ」
* *
「奥さま、お茶はいかがですか」
「ありがとう、静玖さん」
「さ、フィリス様もどうぞ」
「あら、気が利くのね」
なんだこの空気。
静玖の執事プレイに乗っかる形で、妙にキャッキャウフフな女子会ムードが形成されていた。
俺だけが蚊帳の外だ。
男1人に女3人。
ま、ハーレムなんて夢物語だよな。
男は爪はじきにされる。
それが現実ってヤツだ。
ちくしょう。
「ところで静玖、弟子の件はちゃんと伝えてくれたかしら?」
煎餅をかじりながらフィリスが問い掛ける。
四畳半の和室。
生活感あふれる空間ながら、彼女の仕草はやっぱり優雅だった。
「あ、はい。実は、その……」
静玖は言う。
彼女の所属する機関――『宮内庁神祇局』とやらは今回の件をまったく把握できておらず、さらにはその責任の押し付け合いで調査はまったく進んでいない。
かろうじて把握できたのは、フィリスの弟子がひとりの女の子を誘拐したことくらい。
その子の名は、真月綾乃。
先週の日曜日、家族とともに遠出した先でのことらしい。
「真月、ね」
意味深げに呟くフィリス。
「もしかしなくても、あの真月かしら」
何の話だろう?
俺は未亜に視線を投げかけたが、彼女もまた首を傾げるだけだった。
それを見て、静玖が説明を加えてくれる。
「真月家は神祇局の設立にも関わった一族です。退魔師の家系ではありませんが――」
「資金面で多大な援助を続けている重要なスポンサー、でしょう?」
続きを引き取るようにフィリスが言う。
「そんなありがたい家のお嬢様が攫われたのに、神祇局はまだ足を引っ張り合っているの?」
「ええ、お恥ずかしながら……」
申し訳なさそうに俯く静玖。
「捜査よりも内輪揉めが先立つばかり、それがこの国の現状です」
ひどい話だ。
いくらお偉いさんが一度に死んだからって迷走しすぎだろう。
……裏で混乱を煽ってるヤツがいるんじゃないか?
まあ、情報が少なすぎるからただの推測だが。
「ただ、解決に向けて積極的に動いている一派も、いないわけでは、ありません」
それは喜ばしいことのはずだろう。
なのに静玖は、ひどく苦々しげな表情を浮かべていた。
「雉間家当主、裕二郎さまからの書面です……」
ポケットから取り出したのは、白い厚手の封筒。
恭しい動作でフィリスへと差し出す。
「私への協力要請かしら? まあ、内容次第では検討しないわけではないけれど――」
ヒシ、と。
書類に目を通し始めたフィリスの表情が、固まる。
よほどひどい内容が書いてあったのだろうか。
「ねえ、静玖」
「な、なんでしょうか」
「…………日本語が難しすぎて、読めないわ」
あー。
そりゃそうかもしれない。
フィリスは流暢に日本語を喋っているものの、明らかに外国の生まれだ。
役所の文章ってのは変に特徴的だし、理解しにくいのも当然……って、おい、
なんじゃこりゃ。
――今や日ノ本の天下は分かたれ、民は疲弊し、此れ誠の危急存亡の秋なり。
――然るに我らは内に怠らず、以て国を憂うばかりである。
漢文の書き下しみたいな文章がずっと続いている。
なんというか、和風方向に目覚めた中二病、といった印象だ。
ところどころに現代めいた言葉遣いが混じっていて、どうにもチグハグ感がぬぐえない。
「これ、もしかして静玖が書いたのか?」
「ち、違います。雉間さまは、ちょっと懐古趣味というか、感性が先祖返りを起こしてまして……」
なるほど。
雉間裕二郎という人物、静玖とはまた別の方向でアレな人種なのだろう。
「英文訳とか、そういうのはないのか?」
これはフィリスに宛てた文書だという。
だったら相手が読めるよう、ほかの言語でも書いておくべきだろう。
けれど。
「雉間さまが、『ここは日本だから、日本語を読めないヤツは死ね』と……」
ひいい。
なんだか凄くヤバそうな雰囲気が漂ってきたぞ。
解決に動いてる一派と聞いて「よかった、退魔師にもマシなヤツがいたんだ」と思ったが……ううむ。
事態がよけいにこじれそうな気がする。
「と、とにかく、わたしが簡単に内容をまとめてお伝えしますね」
静玖の話した内容は、まあなんというかひどいものだった。
要するに、
――西洋の魔導師はみな悪魔の使徒である。だからフィリスも殺すし、その弟子も殺す。
――ただし、フィリスがすべての研究成果を雉間家に提供するのなら見逃さないでもない。
――弟子の不始末は師の責任。これを断るようであれば、畜生と同列と見做して直ちに排除する。
あまりにも頭の悪い、宣戦布告だった。
せめて「弟子の不始末は師の責任」→「だから我々に協力しろ」という内容だったら納得できたんだが、冒頭で殺害予告をかましているあたりがいただけない。
あー。
わかった。
最初に一発ガツンと脅して、言うことを聞かせようとしてるんだな。
まるでヤクザのやり口と同じだ。
しかも研究成果をよこせなんて、今回の事件とは関係ないだろ。
他の派閥を出し抜きたい。そんな意図が見え見えだ。
「……博物館に飾っておきたくなるくらい、ろくでもない勧告ね」
フィリスは呆れたように肩をすくめ、
「こんな怪文書を運ばされるなんて、静玖が可愛そうだわ。辛かったでしょう。お煎餅、食べる?」
なぜか傍の『おやつボックス』から、おにぎりせんべいを取り出した。
「あ、いただきます」
パリポリ。
なんだか間の抜けた音が部屋に響き、やがて。
「――なにをやっておるかァ、相鳥ィ!」
ガン、と。
鍵のかかっている玄関を強引に蹴破って、大柄な男が入ってくる。
まったく。
静玖といいこの男といい、退魔師のあいだではダイナミックなお邪魔しますがブームなんだろうか。
「これだから相鳥家の人間はッ! 西洋魔術などやっておるから軟弱になるのだッ!」
そう喚き散らす男は、なんとも古めかしい格好をしていた。
紫の袴に、白装束を重ねている。
頭にはピョコンと上方に飛び出た黒い帽子。
烏帽子、というやつだろう。
いかにも陰陽師っぽい格好だ。
脂っぽい顔にはシワも多く、年齢は40代か50代に見える。
「吾輩は雉間家第三十八代当主、裕次郎である。フィリスイリス、その書面の通り、我々に従ってもらおうか」
傲慢そのもの、といった表情で言ってのける雉間。
「嫌よ。捜査に協力するならともかく、貴方たちの派閥争いに巻き込まないで頂戴」
「ほう、そうかそうか」
雉間は予想通り、といった様子でうなずく。
「後ろめたいことがないなら研究内容を提供できるはずだろう。それを断るということは、つまり、お前も真月綾乃の誘拐に関わっているということだな」
それは、論理としてあまりにも強引じゃないだろうか。
「まあ、大義名分などどうでもいい」
って、いきなり話をぶん投げたぞ、おい。
「何百年生きてるかは知らんが、所詮、貴様など安全な場所でチマチマ火遊びをしていただけの研究者にすぎん。四十年以上も最前線で戦ってきた吾輩に勝てると思うなよ。すぐに捻り潰してくれるわ」
雉間は懐から縦長の紙片を取り出す。
そこには何やら細々とした文字が書き込まれており、ひとつひとつから魔力が感じられた。
呪符。
前に水華さんから聞いた覚えがある。
退魔師の多くは陰陽系の術を学んでおり、呪言を記した符を通して力を行使する、と。
「安心しろ、貴様の研究成果は雉間家が飛躍するための踏み台にしてくれる。安心して地獄に帰るがいい」
あたりに、だんだんと禍々しい気配が立ち込めていく。
ところで。
この場には、相鳥静玖がいる。
彼女もまた神祇局の人間だ。
ならば当然、フィリスに敵対する……のかと思いきや、動かない。
おにぎりせんべいを口の端につけたまま、固まっている。
「どうした相鳥、交渉は決裂したのだ。さっさと戦闘態勢に入れ」
命令する雉間。
「吾輩が神祇局のトップとなった時には、異端である相鳥家の扱いも考えてやる。そう言っただろう?」
やけに馴れ馴れしく、静玖の肩に手を置こうとする。
しかし。
「――セクハラはやめてください。訴えますよ」
静玖は立ち上がると、勢いよく雉間の手を払いのけた。
「どういうつもりだ、相鳥」
「今更ですけど、やっと心が決まりました」
くるり、とフィリスに背を向ける静玖。
そのまま、雉間を睨み付ける。
「ほう、神祇局を裏切るか」
「裏切りでもなんでもありません。雉間さま、だってこれ、あなたの独断専行じゃないですか」
言いながら静玖は、右手を掲げる。
そこには青色の球体が浮かんでいた。
彼女の言う魔法の杖とやらは、これなのだろうか。
「相鳥家の当主としては、ここでフィリスさんを敵に回すのは得策ではないと考えます。ただ単に独断と独断がぶつかってるだけ。最近よくある派閥争いですね、これ」
それに、と静玖は続ける。
「雉間さまは、わたしの服装をどう思いますか?」
「は?」
唐突な話の変化についていけなかったのだろう、一瞬、雉間は不審げに目を細める。
「貴様という人間の薄っぺらさを象徴した、軽佻浮薄そのものの格好だ。それ以外に言うことはない」
「ではやはり、貴方はわたしの敵です。――だってフィリスさん、私の服装をオシャレと言ってくれましたから」
そして。
静玖はフィリスのほうを振り返り、
「ここは私が時間を稼ぎます。どうかご主人さまと若奥さまを連れて逃げてください」
決然とした表情でそう宣言した……ものの。
「あれ?」
どうやら静玖は、今になってやっと気づいたらしい。
「えーと、ご主人さまと若奥さまは、どちらに?」
ここです。
俺は背後から、雉間裕二郎の背中に手を触れた。
「――《雷撃術式》・《汝の手足はもはや汝のものならず》」
「んがっ!?」
間の抜けた声とともに、雉間の全身がビクリと跳ねる。
この男が部屋に入ってきた瞬間、俺も未亜も《隠形》を発動させていた。
そして雉間がフィリスや静玖に気を取られている隙を狙い、こっそりと後ろへ。
敵を目の前にしてくっちゃべるとロクなことにならない。
そういう話だ。
バタリと白目を剥いて倒れる雉間。
戦いはあっけなく終わった。
「えーっと」
困ったように頬を掻く静玖。
「あの、ここってほら、アニメとかマンガなら盛り上がるシーンですよね? 悲壮な覚悟で戦うものの追い詰められて、新しい力に覚醒、みたいな」
「すまん静玖、ここは現実なんだ」
だいいち、若年中二病と高齢中二病の対決なんて恐ろしすぎる。
夢のカードすぎるので、もうこのまま夢のままであってほしい。
というか。
「口の端におにぎりせんべいをつけたままでキメ顔をしても、正直、ギャグシーンでしかないぞ」
「えっ!? ど、どこっ、どこについてますか?」
「ここだ」
俺はちょっと背伸びして、静玖の口元についたままのおにぎりせんべいを取ってやる。
ラブコメなんかだとここで「ヒョイ→パク」と間接キスの流れなんだろうが、リアルでそれをやるのはセクハラというものだろう。
ティッシュにくるんでゴミ箱に捨てる。
「あっ……」
静玖が、少し物足りなさそうな声をあげた。
次回にステータスを開示しますが、いちおう、雉間さんも実力者なんです、ええ。
……INTが足りなくってずっと前線勤務ですが。そして混乱に乗じて夢を見ちゃったようです。




