第14話 黒騎士に「れ」を一文字足すと黒歴史になるぞ
今もはっきりと覚えている。
師匠の言葉。
「いや、アタシにその気はなかったっつーか……勘違いさせて、ごめんな?」
異世界に勇者として召喚され、いろいろあって剣の手ほどきを受けること3ヶ月。
そうしてついに訪れた旅立ちの日に、俺は苦い失恋を経験した。
深い悲しみに包まれた俺は、漆黒の全身鎧を纏って旅立つ。
部下とイチャイチャしてそうなイケメン上級魔族をターゲットに、勇者としての戦いを始めたのだ。
リア充死すべし是非もなし。
どう考えても私情100%だ、当時の俺。
――ガシャン。
――ガシャン。
一歩、一歩。
黒騎士が近づいてくる。
そのシルエットは、かつての俺とまったく同じ。
考えられる可能性としては、
1.偶然、同じデザインの鎧がこの世界にも存在した。
2.マーニャ以外にも転移者がいて、そいつがあの鎧を再現した。
3.当時の俺が何らかの手段で召喚された。
と、いったところか。
現実的にありえるのは1か2なんだが……
鎧騎士の持つ魔力の波長は、完全に俺と一致していた。
本当にわけがわからない。
都市伝説でよく言われる、ドッペルゲンガーというヤツなんだろうか。
――ガシャン。
――ガシャン。
無機質に響く、鎧の音。
それはまるで死刑執行のカウントダウンのようで――
「ひぃっ、あっ、わわわっ……わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「ま、マサルさん!? お、置いてかないでくださいよぉぉぉぉぉぉぉっ!」
チンピラ二人は悲鳴を上げて逃げ出した。
黒騎士は、彼らを追わない。
「どうやらヤツの狙いは、この私のようだな」
セミロングの髪をかきあげる静玖。
果たして彼女の言う通りだった。
黒騎士は立ち止まって剣を構えると、その切っ先をこちらに向けた。
高まる緊張感。
『なあ、アイツは一体何なんだ』
俺は念話で静玖に問いかけた。
『教えてやりたいのはやまやまだが、ならばひとつ条件がある。私は魔法の杖がなければ無力なんだ。君には時間を稼いでもらいたい』
『……それは難しいぞ、かなり』
『何を言っている。この紙飛行機があるだろう。さっきみたいに片っ端から突撃させれば――』
『あれで打ち止めだ。すまん』
紙飛行機たちは、マサルに特攻させた時点でほとんど魔力切れに陥っていた。
もはや飛ばすことも不可能だ。
まともに動かせるのはせいぜい、静玖の手元にある一機くらいだろう。
『う、嘘、やんね……?』
ポロリとこぼれたのは、関西っぽいイントネーション。
こっちが素なのだろうか。
『いや、マジで』
俺がそう答えるのと、ほぼ同時。
「――――――――――――――――――――!」
黒騎士が、獣のような雄叫びを上げた。
大気が激しく震え、公園の街灯が砕け散る。
そして。
「――!」
弾丸のような速度で、騎士が斬りかかる。
『偽竜剣・斬』。
当時の俺がそう名付けていた技だ。
ぐはっ……。
思い出すだけで精神に大きなダメージ。
やるじゃねえか。
黒騎士だけに黒歴史だ。
……というジョークはさておき。
刃が、静玖に迫る。
「きゃああああああああっ!」
悲鳴。
このままなら少女の死体がひとつ生まれてしまうだろう。
しかし。
「……可愛らしい声も出せるんだな」
間一髪だった。
俺は静玖を横抱きに持ち上げると、すぐさま黒騎士から距離を取った。
何が起こってるかわからないって?
簡単だ。
ここまでの間、俺はただ単に静玖と楽しく念話していただけじゃない。
家を抜け出し、公園に向けて全力疾走。
かくしてギリギリのタイミングで間に合ったわけだ。
ちなみに未亜は家で寝ている。
なにせもう夜の11時だ。
起こすのはかわいそうだし、危険な場所に連れていきたくない。
なにより。
俺の黒歴史を目撃されるのは、ちょっと、なあ?
「あなた、は……?」
「紙飛行機の主だ。君を助けに来た」
四歳児なので決まらないことは承知の上だ。
それでも俺はキザったらしいセリフを吐く。
照れくさいし恥ずかしいが、今はあえて中二病に感染する必要があった。
さもないと、俺の黒歴史そのものといえる黒騎士を直視できない。
剣を交えるより先に、精神力が尽きてしまう。
幸いにして静玖もアレな人種っぽいし、ドン引きされることはないだろう。
「……素敵」
あれ?
静玖さん、なんでそんなキラキラした視線を俺に向けてるんですかね。
いまはお姫様抱っこの姿勢なわけですが、戦いにくいんで降りてくださいよ。
なんで首に手なんか回しちゃったりしてるんです――って、おお、けっこう胸あるなこの人。
「――――――――――――――――――――!」
黒騎士の咆哮で、俺はハッと我に返る。
言葉にならない言葉だったが、そこに込められた意思は嫌というほど伝わってきた。
――俺の前でイチャコラするんじゃねえぶっ殺すぞ。
いや、これは不可抗力というか事故というか、見逃してくれませんかね。
「――ッ!」
ダメだった。
黒騎士は剣を担ぐように構えると、俺めがけて一直線に飛び込んでくる。
「ちぃっ!」
俺は再び後方へと飛び退いた。
「静玖、ここは俺が引き受ける。さっさと魔法の杖を取ってこい」
「は、はい! ……め、命令、されちゃった。えへへ」
なんだか妙に嬉しそうな様子で公園から駆け出す静玖。
しかし。
「け、結界です! 結界が張られてますご主人様! 公園から出られません!」
誰がご主人様だ、誰が。
しかもキャラ変わってるぞお前。
もっと不遜なしゃべり方だっただろ。
なんで急に丁寧語なんだよ。
それにしても、結界、か。
目の前の黒騎士がやったのか?
まあいい、詮索は後だ。
結界の質としては、中の上といったところ。
10秒あれば破壊できるだろう。
とはいえ現状、それだけの隙を晒すのはハイリスクすぎるだろう。
ゆえに。
「先に決着をつけるしかない、か」
俺は小さく呟き、それから静玖に念話を飛ばした。
『静玖、この騎士について知っていることを教えろ』
『ひゃわっ!? ご主人様の声が、私の中に……!』
『そういうのはいい。さっさと言え』
『ああ、冷たいところもキュンときます……!』
いっそコイツの頭から直接記憶を吸い出してやろうか。
廃人になるのもやむなし、ということで。
『えっと、時間がないんで手短に伝えますね』
『さっさと言え』
『この騎士は私の追っている魔道研究者が生み出したものです。なんでも異世界の記録にアクセスして、歴史に残るような英雄を、全盛期の状態でコピーするとか……』
『英雄の名前、わかるか?』
『えーっと』
数秒の間、そして。
『ヨシトンです。勇者ヨシトン』
誰だよそれ。
『なんでも邪神を倒した唯一の英雄だとか。あ、ヨシトだったかもしれません。でも異世界にそんな日本人っぽい名前の人がいるわけないですし、きっとヨシトンですよ』
えーっと。
たぶんそれ、ヨシトで合ってると思うぞ。
つまり前世の俺だ。
まあ、邪神をやっつけたんだし名前は残るよな。
うーん。
あの世界の連中、わりと日本人に近い気質だったんだよな。
なんでも萌え化するというか、業が深いというか。
千年後くらいに「勇者ヨシトは美少女だった!」とか言い出してゲームを作りそうな気がする。
興味がないわけじゃないが、それよりも目の前の黒騎士だ。
前世の、全盛期の、俺。
師匠にフられて暴走していたころを「全盛期」とされるのは正直フクザツな気持ちだが、そのへんは広い心で許そうと思う。
『ご主人様、私にお手伝いできることはありませんか?』
『魔法が使えないんだろ。だったらすみっこで、可愛い置物でもやっててくれ』
『か、可愛いって、可愛いって、また言った……!』
『真実だから仕方ないだろ?』
あー。
たぶん今のセリフ、後で思い出して死にたくなるパターンだ。
俺の黒歴史がまた1ページ。
くそっ。
この黒騎士をとっちめたら、原因になった魔道研究者とやらもボコってやるからな。
* *
さて。
ふざけるのはこれくらいにしておこう。
まずは【鑑定】スキルの結果を紹介しておく。
[名前] 黒騎士ヨシト
[性別] 男
[種族] 中二病
[年齢] 18歳
[称号] 勇者
[能力値]
レベル34
攻撃力 244(-100)
防御力 231(-100)
生命力 211(-100)
魔力 234(-100)
精神力 221(-100)(-50)
敏捷性 253(-100)
[アビリティ]不明
[スキル] 不明
[魔法] 不明
[状態異常] 劣化召喚・失恋
やっぱり勇者だけのことはあって、低レベルでも能力値がやたらと高い。
懐かしいな。
黒騎士だったころはステータスまかせの力押しだったんだよ。
そのあと色々あって、能力値が百分の一までダウンしたんだっけ。
で、技術中心の戦い方に変えたんだよな。
数字だけ見れば、確かに黒騎士時代が「全盛期」だろう。
けれど。
そんなものは、やり方次第でいくらでもひっくり返せるんだ。
比較のために静玖のステータスも出しておこうか。
[名前] 相鳥静玖
[性別] 女
[種族] 中二病
[年齢] 14歳
[称号] 相鳥家第八代当主 (見込み)
[能力値]
レベル52
攻撃力 54(-30)
防御力 51(-30)
生命力 40(-30)
魔力 82(-70)
精神力 35
敏捷性 56(-30)
[アビリティ]不明
[スキル] 不明
[魔法] 不明
[状態異常] 忘れ物:魔法の杖を持たないため魔法の使用が困難。能力値にマイナス補正。
今更だけど、静玖ってただの中二病少女じゃなかったんだな。
どうやら本当に魔法が使えるらしい。
とはいえ現状、やっぱりただの置き物だ。
忘れ物には気を付けましょう。マジで。
* *
「――――――ッ!」
黒騎士の刃が疾る。
横薙ぎ、袈裟、切り上げ――。
どれも覚えのある太刀筋だ。
当たり前だよな、こいつは俺自身なんだから。
「すごい……!」
静玖が感嘆のため息を漏らしているが、こっちにしてみれば別に大したことじゃない。
黒騎士の手の内は把握できてるし、思考パターンだって本能的にわかる。
ある種の「同キャラ対戦」なんだよ、これ。
だからもちろん、弱点も把握してる。
当時の俺は単純バカで、予想外の事態に弱かった。
例えばこんなのはどうだろう。
前世の自分が知るはずのない、超常的な力。
「土能生金――《金遁幻術》」
簡単に言えば、分身の術だ。
土塊から自分の偽物を生み出し、光の屈折によってあたかもナマの人間のように見せかける。
ネコマタに伝わる妖術のひとつ。
水華さんに教えてもらった技だ。
「――――! ――ッ! ――――――!」
卑怯者が、正々堂々と戦いやがれ……とでも言っているのだろうか。
黒騎士は片っ端からニセモノを切り伏せていく。
その斬撃に巻き込まれ、パンダの遊具が胴体から真っ二つになった。
公園のベンチが叩き潰され、さらには衝撃で地面にクレーターが生まれる。
なんて馬鹿力だ。
直撃すれば一巻の終わりだろう。
黒騎士と戦い始めておよそ数分。
わずかな時間だが、いまや公園は見るも無残な光景に変わっていた。
遊具という遊具はひしゃげ、舗装された道もひっくり返っている。
修理費、俺のところに請求こないよな?
黒騎士を呼び出したヤツが払うべきだと思う。
「早いとこケリをつけて、真犯人をとっ捕まえないとな……!」
さて。
ここまでの間、俺はただ単に逃げ回ってただけじゃない。
「――《拘束術式》・《重力縛鎖》」
公園のあちこちに描いていた魔法陣を連結させ、術式を発動させる。
超高位の拘束魔法だ。
全盛期の俺だろうと、解除するのに手間がかかる。
もちろん動きを止めること自体が目的ってわけじゃない。
公園中を走り回りつつ、魔力切れに陥った紙飛行機を回収していた。
それらを改めて、空中に浮かべる。
いずれも魔力はフルチャージ……のさらに上。
オーバーロードを起こしている。
ほんの少しの刺激で大爆発を起こすだろう。
俺は右手を振り下ろす。
その動作に同期し、紙飛行機が一斉に黒騎士へと殺到した。
轟音とともに、熱風が砂塵を巻き上げる。
視界は火焔に包まれていた。
こういうときに「やったか!?」と言うと、失敗フラグなんだよな。
『やりました、か……!?』
静玖さん、イヤな念話飛ばしてこないでください。
丁寧語に変えればいいってもんじゃないですよ。
これで生きてたらどうしてくれるんですかね。
やがて炎は消え、砂煙も薄れていく。
その向こうで。
「――――――――――――ッッッ!」
いまだ、黒騎士は健在だった。
『《雷鳥は大地に堕ちる太陽の如く》が効いてないなんて……!』
勝手に技名をつけないでいただけませんかね、静玖さん。
「――! ……! ………ッ」
ふむ。
どうやらさっきの攻撃、まったくの無駄というわけではないらしい。
黒騎士の左手はダラリと垂れ下がっている。
両足もあまり力が入っていないらしく、立っているのもやっと、という雰囲気だった。
「念のため、持ってきてよかったな」
俺は懐から、折り紙でつくった手裏剣を取り出す。
魔力を込めて、投げつけた。
キィン!
それは黒騎士の兜に弾かれた――ものの、ヒビだらけのそれを砕くには十分な威力だった。
兜が割れ、その下の素顔が曝け出される。
おそらくは前世の俺そっくりのヤツが出てくるだろう……と、予想していた。
だが。
「なんだよ、これ……?」
俺は絶句する。
鎧の下に隠れていたのは、人間とは言えないシロモノだった。
真っ黒な、ドロドロとした、タール状の、何か。
グネグネと蠢き、触手のようなものを伸ばし――――危ないっ!
「ご、ご主人さまっ!?」
タール野郎 (仮称) は触手でもって静玖を貫こうとしていた。
寸前のところで庇うことはできたが……まずいな。
右の脇腹を抉られてしまった。
「ぐっ……あっ……!」
激痛。
額に脂汗が浮かぶ。
触手が、傷口から俺の体内に侵入していた。
臓器を内側から弄られるような、不快感。
侵食は肉体だけではなく、精神にも及んでいた。
――師匠にフられた悲しみ。
――世のカップルへの嫉妬。
――イケメンに対する憎しみ。
様々な感情が、俺の心を塗りつぶそうとする。
どうやらタール野郎は、俺という存在を取り込もうとしているらしい。
でも、さ。
もともとこれは、俺が持っていた感情だ。
黒色の絵の具に、黒色の絵の具を足したらどうなる?
簡単だ、何も変わらない。
そして当時の俺より、今の俺のほうが精神力では勝っている。
重ねた年月が違う。
それに――家で、未亜が待ってるからな。
いまさら過去の失恋がなんだってんだ。
深呼吸する。
俺を乗っ取ろうとするタール野郎の意識を、逆に、侵食してやる。
失恋の腹いせで暴れまわるとかマジないわー。
しかも黒騎士とか名乗っちゃうあたり、めちゃくちゃ痛いよな。痛すぎだよ。
それで女の子にモテると思ってたのか? 安心しろ前世の俺、おまえは死ぬまで童貞だ。
自分自身の古傷を抉るような発言を繰り返すたび、タール野郎の意思はだんだん弱くなっていく。
そうして五分くらい罵倒を続けた末、
「………………!」
声にならない声とともに、タール野郎は消滅した。
危ない勝利だった。
あと一分持ちこたえられていたら、俺の精神が持たなかったと思う。
果たしてこのタールは何者だったのか。次回に続く!(予告)




