第13話 昔はワルだった自慢を聞くと身体がムズ痒くなる
紙飛行機を折って、魔力を注ぐ。
視覚と聴覚をつなげれば、使い魔のできあがり。
ほら、簡単だろ?
みんなもやってみてくれ。
……というのはジョークだが、遊び道具としてはものすごく楽しいんだよな、コレ。
魔法で飛ばしてるから、基本的に落ちない。
のんびりと夜の空中散歩を楽しむことができる。
俺の住む松来市は、それなりに賑わいのある地方都市だ。
とくに中心部の『新松来駅』周辺は、百貨店や大型書店、ファーストフード店が立ち並んでいる。
夜遅くでもチラホラと若者の姿があり、その様子をウォッチングしているとなかなか面白い。
金髪ピアスの男四人がマックで狩りゲーをやってたり、裸にコート一枚の女が人目を憚りながら歩いてたり。
いやあ、春じゃなくても変な人はいるんだなあ。
それは、俺がコート女を上空から紳士的に見守っている時だった。
公園のほうから気になる会話が聞こえてきた。
「君たちと話すのはカロリーと酸素の無駄だ。地球環境のためにもさっさと消えたまえ」
「ああン? なんだテメエ、やんのかコラ」
「へへ、マサルさんは昔ボクシングジムに通ってたこともあって、プロテストを受けたこともあるんスよ。落ちましたけど」
「余計なことを言うんじゃねえ!」
「痛ッ! なんで殴るんすか、マサルさぁん」
少女ひとりと、男ふたり。
こんな時間に女ひとりで出歩くのもどうかと思うが、面倒な連中に絡まれているらしい。
「衝動的かつ暴力的、控えめに言ってクズだな。君たちのようなサルから情報収集を試みた私が間違いだったよ」
「マサルさんだけにサルってことッスね!」
「サブロウ、おまえあとで殺す」
男は、どちらも渋谷系でガイアに囁かれてそうな雰囲気だ。
くすんだ色のジャケットに、ダメージジーンズ。
丈が妙に短くて足首が丸見えなんだが、これが最近のオシャレなんだろうか。
若者文化はよく分からない。
とはいえ、少女のファッションに比べればまだマシだろう。
額から右目にかけては包帯でグルグル巻きで隠され、両手には指出しグローブ。
黒い軍服のようなオーバーコートに身を包み、背中には「罅割れた逆十字」が刺繍されている。
ものすごく痛い格好だ。
見ているだけで魂が削られる。
唯一の救いは、少女の容貌が整っていることくらいだろうか。
彼女は不敵な笑みを浮かべたまま、コワモテの男たちに対し、
「もう君たちに興味はない。どこか遠くで、生産性のない人生を送るがいい」
喧嘩を売っているとしか思えない言葉を投げつけまくっていた。
「くそっ、ナメやがってこのアマ。ガキと思って甘く見てりゃ調子に乗りやがってよぉ」
「ボコって茂みに連れてきましょう、マサルさん。こいつに生産性のある行為をしてやるんスよ」
「ほう、歯向かうのか。ならば結構、軽い肩慣らしといこう。
――私の魔法の杖を目にして、生きて帰ったものはいないのだがね」
少女は、ボスキャラみたいな風格を漂わせつつ、コートのポケットに手を入れた。
そして。
「……あれ?」
首をかしげる。
「どういうことだ? 宿から出る時、ちゃんとコートに入れたはずだぞ……?」
さっきまでの威厳はどこへやら、やたら焦った様子で体中を探し回る。
しかしながら魔法の杖とやらは見つからなかったらしく。
「残念だったな。今日は星の位置が悪いようだ」
くるりと後ろを向いて、その場から逃げ出そうとした。
「おう、待てやこら」
「待てと言われて待つ者は……ふぎゃわっ!?」
ズテーン。
足まで覆うオーバーコートだったのが裏目に出た。
少女は足をもつれさせ、そのまま地面に転んでしまう。
「へへっ、人をコケにした罰だな」
「見事にコケたッスね」
「さーて、今からお楽しみといくか。サブロウ、ちゃーんとカメラで撮ってろよ」
「もちろんッス!」
おいおい。
途中からコントを眺めてる気分だったが、これってわりとマズい状況じゃないのか?
マサルと呼ばれていた男は、倒れている少女に手を伸ばす。
この状況。
俺のとるべき行動は、ひとつしかない。
女の子のピンチを見捨てるわけにはいかないし、なにより。
――忘れ物をしたせいで絶体絶命。
彼女に対して、大きな共感を覚えずにいられなかった。
そういうわけで、よし。
紙飛行機部隊、突撃だ。
「おらガキ、ちょっとは抵抗してみやが――ぎゃああああああああああっ!」
「ああっ! 視力2.0が自慢のマサルさんの左目に、どこからともなく飛んできた紙飛行機が!」
「な、なんだこれは――って、ぎゃああああああああああああ!」
「うおお、さらに別の紙飛行機が右目に!」
「いったい、どうなって……んががががががががっ!」
「紙飛行機が次々に特攻してくるッス! 神風ッス! バンザイ!」
妙に解説セリフな子分はさておき。
俺が操っていた紙飛行機は一機だけじゃない。
毎晩ちょっとずつ並列操作の練習をしていたおかげで、今では二十機ほど同時に動かせる。
そいつらをかき集めて、マサルさんとやらに突撃させたわけだ。
あ、眼球には当ててないぞ。視力2.0が落ちたらかわいそうだし。
「……ほう」
ふと。
少女が、地面に落ちている紙飛行機のひとつを手に取った。
『珍しい使い魔だな。誰だか知らんが感謝するぞ』
っ!?
頭の中に、声が響く。
念話だ。
まさかこの子、ホンモノの魔法使いなのか?
『私は相鳥静玖だ。そちらは?』
名乗り返すべきだろうか。
やめておこう。
こういう時は、正体を明かさないのが最高にクールだからな。
『名乗るほどのものでもないさ、可愛いお嬢さん』
『かっ、か、かっ、可愛いっ!? わた、わた、私が……?』
あんまり褒め言葉に耐性がないんだろうか。
ポン、と顔が一瞬でゆであがっていた。
向こうの世界だと、これくらいは挨拶みたいなものなんだけどな。
『照れてる場合じゃない。さっさと逃げ――』
逃げろ。
そう告げようとした矢先。
『……ッ!?』
異様な気配に、息を呑んだ。
相鳥静玖と名乗った少女も同じだった。
『まさか、このタイミングで遭遇するとは……』
絶望の色彩すら帯びた呟きを、漏らす。
――――――――――ガシャン。
――――――――ガシャン。
遠くから聞こえてくるのは、金属と金属が打ち合うような音。
――――――ガシャン。
――――ガシャン。
どんどんこちらへと、公園に近づいてくる。
「な、なんだ……?」
「マサルさん、これ、なんかヤバいっすよ」
男二人も何かを感じ取ったのだろう、顔を真っ青にして震えている。
――ガシャン。
ガシャン。
そして。
月のない夜。
頼りなく地面を照らす街灯の下に、そいつは現れた。
日本の地方都市では、まずお目にかかることのない姿だ。
漆黒の、フルプレートアーマー。
そのフォルムはひどく禍々しく、牙を剥いた獣を思わせる。
首には、血のように赤いマフラー。
重圧を伴った殺気が、一帯を支配する。
暴力的なまでの魔力がその鎧の下で渦巻く。
俺は、茫然としていた。
戦うか、逃げるか。
そんな判断もつかないほど、思考が飽和していた。
なぜなら。
俺はこいつに見覚えがある。
直接会ったことはない。
喋ったことも、戦ったこともない。
けれど、見たことがある。
どうなってるんだ。
本当にわけが分からない。
そいつの姿は。
前世、異世界で中二病を発症していた時期の俺と、まったく同じだった。




