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第11話 非処○で経○婦とかヒロインとしてアウト

タイトルは作中人物の発言です

第一章クライマックス、ちょっとシリアス

 マーニャの姿は、淫魔族だけあってなかなかに淫靡だった。


 たわわな胸を両側から包み込む、黒革のボンデージ。

 正中は丸いリングで留められているだけで、谷間が惜しげもなく露わになっている。

 キュッとくびれた腰は外気に晒されており、申し分程度の下着が臀部に食い込んでいた。


 どうしてわざわざこんなことを説明してるのかというと、俺の気持ちを分かって欲しいからだ。


 マーニャが未亜に襲い掛かったのと同時に、俺は拘束魔法を発動させた。

 魔法はイメージだ。

 こんな色気たっぷりの肢体を前にして、男だったらどんなことを想像する?

 そりゃ、緊縛プレイ的な雑念が入ってもしかたないよな? な?


「んっ……やあっ――」


 虚空から現れた光のロープは、瞬く間にマーニャを縛り上げていた。

 ロープは胸の前で交差し、その大きさを殊更に強調する。

 さらに手を背中側で拘束し、両足の間を通って、首へ。

 身体を動かせば動かすほど、擦れながら締め付けを増していく。

 マーニャの口元から、濡れた吐息が零れる。

 ここまでのシーンをネットに流したなら、ハンパなユーチューバーなんてメじゃないだろう。


「兄さん、これはちょっと……」


 俺にジト目を向けてくる未亜。

 ち、違う。誤解だ。

 べつにSM趣味があるとかじゃなくってだな、なんかこう、つい。


「普通の縛り方に戻してあげて」


 それは残念……じゃなくて、了解。

 俺は改めて術式を組み直す。

 無詠唱でやるとエロいことになりそうなので、可能な限り詠唱に集中する。

 

「――《拘束術式(バインドリィ)》・《汝が手足は(ケンゼンニ)枷のままに(シバリマス)》」

 

 光のロープがニュルリと動き、マーニャの手足だけをグルグル巻きにした。

 

「ふぅ……」

 

 マーニャはなんだか名残惜しそうにため息をつくと、視線をこちらに向け、


「芳人、クン……?」


 俺が誰なのかに気付いたらしい。


「どういう、こと? 《拘束術式(バインドリィ)》は、あっちの世界の魔法なのに……」

「不思議ですね」


 手の内をわざわざ明かす義理はないし、早口で煙に巻くことにする。


「ところで不思議って言葉のルーツを知ってますか。『不可思議』って仏教用語なんですけど、10の80乗を意味しています。それだけの不思議が世の中にあふれてるんですし、俺がどんな魔法を使ってても大したことじゃありませんよね? ね?」

「えっ、あ、うん?」

「それより疑問なんですけど、俺からの好感度を稼いだってオヤジとの結婚には繋がりませんよ。だって俺、妙に遠ざけられてますし」

「で、でも、みんなが『逆にアリ』って言うから……」

「みんなって、誰です?」


 俺がそう問いかけると、マーニャは四人の名前を挙げた。


 伊城木(いしろぎ)(ゆえ)

 アリア・エル・サマリア。

 鴉城(あじろ)深夜(みや)

 神薙(かみなぎ)真姫奈(まきな)


 つまり、彼女を除いたオヤジの愛人全員だ。

 ここから考えられる真実は――


「マーニャさん、騙されてませんか?」


 策略ともいえないお粗末な話だが、愛人ズで結託して彼女を追い出そうとしたのではないだろうか。

 

「……そんなの、最初から分かってたわよ」


 暗い声で答えるマーニャ。

 それからキッとこちらを睨み、


「でも、他に方法がなかったの!」

 

 ヒステリックな叫び声をあげる。


「みんなの提案を断ったらそれはそれで立場が悪くなるし、どうしようもなかったのよ! ――うっ、ううう、うぁぁぁぁぁっ…………」


 そしてとうとう、布団に顔をうずめて泣き始めてしまった。

 防音結界は張ってあるので、他の宿泊客の迷惑にはならないだろう。

 それより、この情緒不安定っぷりはどうしたものやら。


『ねえ、兄さん』

 

 うむむと考え込む俺に、未亜が念話(テレパス)を飛ばしてくる。


『マーニャさんのステータス、ちょっとチェックしてみて。精神がひどいことになってるから』


 前に見たときは「[精神] 80 (-65) 」だったっけな。

 たぶんハーレムでのストレスによるものなんだろうが、まさか、悪化してるのか?

 【鑑定】を使ってみよう。





 [名前] マーニャ・ラフィルド

 [性別] 女

 [種族] サキュバス

 [年齢] 33歳

 [称号] 漂流者

 [契約者] 伊城木直樹

 [能力値]

  レベル42

   攻撃力 46

   防御力 34

   生命力 75

   魔力  105

   精神力 80(-65)(-15)

   敏捷性 54

 [アビリティ]不明

 [スキル] 不明

 [魔法] 不明

 [状態異常] 錯乱

   ※ もともとの「-65」は本人のストレスだけど、さっきのグロ画像がとどめになったみたい。

     おねーさん、やりすぎはよくないと思うな。ぷんぷん。(by 女神アルカパ)





 久しぶりにアルカパの名前を見たな。

 なんだか懐かしい気持ちになるが、「ぷんぷん」ってのはどうなんだ。

 ともあれ。

 俺のグロ画像、そんなに威力があったのか……。

 マーニャの記憶が飛んだり、未亜にいきなり殴りかかったのもそのせいとすれば、ええと。


『もしかして俺が悪いのか?』

『あたしは違うと思うよ』


 即座に否定する未亜。


『根本的な原因は、ハーレムに身を置いてたことだよね。それで精神的(精神力)に磨耗(-65)したところを他のメンバーにつけこまれたわけだし。正直、今の人間関係から隔離してあげたほうがいいと思うの』


『まあ、そりゃそうだろうな』


 ただ、俺たちにそこまでしてやる義理があるかどうか。

 なにせこっちは被害者で……んん?

 よく考えたらあんまり被害を受けてないな。


 公園で声をかけられる → 警察に通報

 部屋を覗かれる → グロ画像で精神崩壊に追い込む


 相手を警戒するあまり、過剰報復になってしまった気もする。

 他のハーレムメンバーにハメられたという経緯を考えれば、マーニャに同情したくなってきたぞ。


 えーと。

 よし。 

 

 ――自分のオンナに手綱をつけられないオヤジが悪い。


 そういうことにしておこう。

 男って損だよな。

 

 さて、その上で、だ。

 マーニャ・ラフィルドという女をどう扱っていこう。

 困ったことに、問題だらけだ。


 未亜の提案どおりハーレムから引き離すとしよう。

 なら、いったいどこに匿えばいい?

 まだ俺たちは幼稚園児でしかなく、ツテなんて持っちゃいない。

 かといってオヤジのところに突っ返すのはかわいそうだし、そもそも、この女は色々と知りすぎた。

 

 俺があちらの世界の魔法を使えること。

 未亜が、前世において魔王の娘であったこと。


 どちらも可能な限り伏せておきたい。

 すべての条件を満たすクールな解決策は……ダメだ、ひとつしか思いつかない。



 殺害だ。



 死ねば彼女も楽になるし、俺たちの秘密も保たれる。

 万々歳。

 んなわけあるか。

 後味が最悪すぎるだろ。

 こっちは伊達と酔狂で生きてるんだ、もうちょっとマシな選択肢を探したい。

 

『未亜、いい考えはないか』

『うーん、向こうの世界に帰してあげる、とか? でも方法がないんだよね』

『……いや、どうだろうな』


 マーニャさんはさっき、「元の世界に帰る方法を見つけられなかった」と言っていた。

 裏を返せば、探すことは探してみたのだろう。

 もしかしたらその中に、有用な情報があるかもしれない。

 ためしに訊ねてみよう。


「すみません、ちょっといいですか」

「うう、何よう……、わたしのことなんて放っておいてよう……」


 子供みたいにいじける彼女をスルーして、俺は続ける。


「マーニャさんが元の世界に帰るために調べたこと、全部教えてもらえませんか? もしかしたら力になれるかもしれませんし」



 * *



 さて、ここで衝撃の事実をひとつ。


「昔、直樹さまとみんなで研究してたのよ。あっちの世界に行く方法をね」

 

 これはマーニャを故郷に帰してあげるためだろうか。

 だとすると、オヤジは思ったほどクズじゃないのかもしれない。


「でも十年前に、いきなり直樹さまが中止にしちゃったの。『ずっと僕のそばにいろ』なんて言われて、舞い上がって……馬鹿よね。わたしだけでも続けていればよかったわ」


 前言撤回。

 そばにいろと言っておいて、この現状はどうなんだ。

 マーニャが精神的に追い詰められても放ったらかし、その挙句、俺のところに飛び火させている。

 それ、男としてどうなんだ?

 ちゃんと最後まで責任とってやれよ。

 

「今はみんなで別の研究をしてるみたいだけど、いつのまにかわたしは蚊帳の外で……ふふ、もう用済みってことかしら。あっちの世界の知識は吐き出せるだけ吐き出しちゃったし、ね」


 自嘲ぎみに呟くマーニャ。


「さっき大泣きしたおかげかしら、なんだか気持ちがすごくスッキリしてるの。今なら分かるわ。わたしは利用されてただけなんだ、って」


 そう語る彼女の様子は、どこか、オヤジとのフラグが折れたあとの水華(すいか)さんに似ている。

 水華(すいか)さんはオヤジを「異性を取り込む(おぞ)ましい何かの持ち主」と評した。

 息子である俺には、その「何か」を打ち消す力があったりなかったり……ってのは、さすがに考えすぎか。

 

「それで芳人クン、わたしをあっちの世界に送る方法は見つかりそう?」

「……いますぐ、ってのは難しいと思います」


 俺はこのとき、マーニャの荷物にあったノートパソコンとにらめっこをしていた。

 オヤジたちの研究。

 異世界へと転移する方法。

 向こうの世界の知識を合わせれば、実用レベルに持っていけるだろう。


「マーニャさん、この資料、コピーさせてくれませんか」

「それならノートパソコンごとプレゼントするわ。わたしが持ってても、荷物にしかならないもの」

「分かりました、丁重にお預かりします。必ず帰還のための術式は見つけますので、待っててください」

「信じてもいいのかしら」

「俺はオヤジとは違います。……ああ、そうだ。ハーレムを離れるなら、契約術式を切っておいたほうがいいですよね」


 手を伸ばし、マーニャの肩に触れた。

 指先から魔力を浸透させ、彼女の内部に侵入する。


「ん、やっ……いきなり、中に、あっ――」

 

 煩悩退散。

 水華(すいか)さんの時といい、どうしてこうも艶っぽい声を出すのだろう。

 まあいい。

 表向きの契約はオヤジのままにしておいて、いつでもマーニャのほうから解除できるようにしておこう。

 いますぐ解除してしまっても構わないんだが、それだと俺が怪しまれるかもしれないしな。


 よし。

 ミッションコンプリート。

 オーイエー。


「あん、もう終わりなの……?」


 そんな物欲しそうな目で見られても困る。

 あと背後から未亜の視線が突き刺さってくるんですが、後でお説教コースですかねコレ。

 

「まさかこんな簡単に契約を変えちゃうだなんて……芳人クン、あなたいったい何者なの?」 

「不思議ですね。ところで不思議って言葉のルーツを――」

「詮索するな、ってことね。分かったわ」


 ご理解いただけて幸いです。


「ついでに、未亜のことも内密にお願いします」

「当たり前じゃない。生まれ変わったとはいえ、魔王様の娘に仇なすようなことは絶対にしないわ」

「もしバラしたら、マーニャさんの身体はこうなります」

 

 俺は右手を握って、開く。

 ドカン。

 爆発のジェスチャア。


「……芳人クンが言うと、冗談にならないんだけど」

「確かめてみますか?」

「やめておくわ。せっかく向こうに帰れるかもしれないのに、命を無駄にしたくはないもの」

   

 是非そうしてください。

 マーニャが死んだら、未亜も悲しむだろうし。 


「それじゃあ、ちょっと早いけれど出発するわ」

「明日の朝でもいいんじゃないですか?」

「ううん、ゆっくりしていられないわ。たぶんハーレムの誰かがわたしを消しに来るはずだもの」


 なんだよその修羅の国。

 まさに修羅場だな。ハーレムだけに。

 ……というジョークはさておき。


「手を貸しましょうか」

「ううん、大丈夫。逃げるのは得意なの。どこかに身を潜めて、術式の完成を待ってるわ。……ああ、でも、それだとわたしが一方的に得するだけよね」

「別にいいですよ。女性に優しくするのが趣味なんで」

「ダメよ。わたしの気がすまないもの」


 きっぱりと言い切るマーニャ。


「芳人クンがオトナになったら一晩、ううん、一週間くらいずっとこの身体を好きに……ひっ!?」


 彼女が悲鳴をあげたのは、早くも刺客がやってきたから――ではない。


「いいんですよマーニャさん」


 未亜だ。

 未亜が笑顔を浮かべつつ、全身から威圧感を発していた。


「兄さんは善意で言ってるんですから、そのまま受け取ってください。ね?」


 絶対零度の殺気。

 魔王の風格と呼ぶべきものが、あたりに満ち満ちている。


「は、はい」


 マーニャはすっかり萎縮し、ぎこちなく返事した……かと思いきや。

 すっ、と。

 一瞬の隙をついて、俺の左手になにやら文様を描いた。

 そして小声で言う。


「わたしの加護を与えておいたわ。この世界にも淫魔がいるけど、あの子たちの魅了くらいなら弾き返せるはずよ」




 

 * *


 


 その晩のうちに、黒いボンデージ姿の女はこの街を出て行った。

 北を目指し、走る、走る、走る。

 だが。



「待ちなさい、マーニャ・ラフィルド」


 途中、黒髪の女性に呼び止められた。


「勝手に芳人さまに接触するばかりか、警察とトラブルまで起こす。あなたの愚鈍ぶりにはお兄様も呆れています」


 年のころは20代後半だろうか。

 女性にしてはやや長身な立ち姿に、白い和装。

 実家にいたころ写真で見た覚えがある。

 オヤジの義妹、伊城木(いしろぎ)(ゆえ)だ。


「お兄様からの伝言です。

 ――『非処女の経産婦とか、正直どうかと思ってた』。

 わたくしも同感です。お兄様以外の男を知っている女など、お兄様の近くにいるべきではありません」

 

 月はあまりにも身勝手な論理を振りかざし、そして。


「冥府に落ちなさい、売女。恨むならばわたくしたちの口車に乗せられた自分自身を恨むことです」


 一瞬だった。

 月が右腕を振り下ろすと、ボンデージの女は三つに引き裂かれていた。

 首、上半身、下半身。

 それぞれが赤い粒子に変わって、空気に溶けていく。

 

「……呆気ない。“力”を使うまでもありませんでしたか」


 月はそれを見届けると、満足げに立ち去った。





 さて。


 最後にネタばらしだ。

 いま殺されたのって、マーニャじゃないんだよな。

 ハイクオリティなニセモノだ。

 製作者はもちろん俺。

 そいつの目と耳を通して、今まで実況中継していたわけだ。

 

 つまり、伊城木(いしろぎ)(ゆえ)はまんまと騙されたことになる。

 いつか彼女の前にマーニャを連れていって「ねえねえどんな気持ち!?」と煽ってみたい。

 

 本物のマーニャはまだ街に潜伏していて、明日の朝にどこかへ旅立つはずだ。

 身を隠すためのマジックアイテムを即席で作って渡したから、まあ、たぶん大丈夫だろう。

 別れ際に【鑑定】を使ってみたら、彼女の精神からマイナス補正は外れていた。



 マーニャとの話が終わった後、俺たちはこっそりと家に戻った。

 時間はもう0時を回っている。

 

「じゃあ未亜、おやすみ」


 俺は二段ベッドのハシゴに足をかけて、


「待って、兄さん」

「なんだ?」

「今日は、その、ありがと」

「帰還術式の研究か? 別にいいさ。面白そうだしな」

「それもそうなんだけど、兄さん、あたしのことを守るって言ったよね。実際、マーニャさんが襲ってきたときは助けてくれたし……」


 未亜の言葉はだんだんと尻すぼみになっていき、ついにはモゴモゴと何を言っているか分からなくなる。

 しばらくの沈黙。

 やがて、意を決したように。


「兄さん、今日は下で寝ていいよ」


 そんなことを、言い出した。


「なら、未亜が上か」

「ううん、あたしも下」


 どういうことだ?

 にわかに俺は混乱する。

 すると、未亜は。


「色々と頑張ってくれたごほうびに、かわいい妹が添い寝してあげるってこと。……嫌、かな」


 少し不安げに訊ねてきた。 

 もちろん返事は決まっている。


 その夜、俺たちは並んで眠った。

 もしかすると未亜には、マーニャへの対抗心みたいなものがあったのかもしれない。











 * *




 その数日後。

 とある飛行機が、ヨーロッパの山中にて墜落事故を起こす。

 乗員乗客合わせて二百余名がすべて死亡・行方不明。


 そのリストの中に、伊城木(いしろぎ)直樹(なおき)と伊城木(ゆえ)の名前も入っていた。

 ただし、死体は確認されていない。



 一応言っておくが、犯人は俺じゃないからな。

 いや、ほんとに。




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