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第9話 闇に浮かぶドライアイ

 マーニャは人間の姿のまま、おとなしく連行されていった。

 実際には魅了系のスキルを使おうとしたみたいなんだが、おまわりさんのステータスはコレだしな。


 [名前] 笹山(ささやま)隆弘(たかひろ)

 [性別] 男

 [種族] 人間

 [年齢] 28歳

 [称号] 偶像を崇拝せし者 

 [職業] 警察官

 [階級] 巡査部長

 [能力値]

  レベル5

   攻撃力 6

   防御力 6

   生命力 7

   魔力  0

   精神力 10(+30)(+30)

   敏捷性 8

 [アビリティ]

  偶像崇拝Ⅷ

   彼のアイドルに対する熱狂ぶりは信仰の域に達している

   精神力に大きなボーナス。魅了系スキルの対抗判定時、さらにボーナス。

 [スキル]

  空手Ⅵ 柔道Ⅳ 剣道Ⅳ 他不明


 人間ってすごい、そう思った。

 笹山さんは応援を呼んだのだろう、彼と入れ替わるように制服の婦人警官がやってくる。

 ちょっと小太りで優しそうな中年女性だ。

 膝を曲げて俺たちに目線を合わせ、


「じゃあ、おばちゃんにちょっと話を聞かせてくれるかしら」


 と、訊ねてくる。

 俺は一通りの経緯を説明する。

 幼稚園のバスを降りた後、「本当のパパに会いたくない?」と話しかけられたこと。

 明らかに誘拐っぽいので、近くを通りかかった笹山さんに助けを求めたこと。


「なるほどなるほど、ボクちゃん、まだ三歳なのにしっかりしてるのねえ」


 よしよし、と頭を撫でられた。

 ちょっと気分がいいぞ。

 えへん。

 そうするうちに夕子さんがやってくる。

 

「えっ、そんなことが……」

「でもお宅のお坊ちゃん、全然だまされなかったの。よくできた子ねえ。

 うちの息子もこれくらいしっかりしてくれたら……はぁ」


 事情については婦警さんが説明してくれたが、最後は主婦同士の雑談みたいなことになっていた。

 

 それから家に戻って、夕食。

 珍しく早く帰ってきた修二さんは、ううむ、と渋面を浮かべた。


「『本当のパパ』か……」


 現状、俺は吉良沢(きらさわ)家の子供として育てられている。

 ある程度の年齢になったら「お前には本当の父親がいるんだ」と明かされるんだろう。

 その時は「俺にとっての父親は修二さんだけだよ」みたいなセリフで感動の嵐を呼ぶ予定なんだが、まあ、それは先の話だ。


「春はおかしな人間が多い。芳人(よしと)未亜(みあ)も注意しなさい」 

 

 速報、『本当のパパ』については流される模様。

 あのサキュバスさんは「おかしな人間」扱いのようです。

 まあ、客観的に見れば当然だよな。

 本人は「謎の美女」めいた雰囲気を出したかったんだろうが、どうにも常識的な目線ってのが欠けていた。

 含みを持たせた言葉なんてのは、事情を知らない人間からすればただの妄言だ。

 なにより昼間の公園にヒラヒラのドレスというのがありえない。

 TPOに合わせた格好ってのは、コミュニケーションの大前提だからな。

 

「夕子、念のために今日はしっかりと戸締りをしておこう」

「町内会のLINEにも話を流しておくわね」

「ああ、そうしてくれ」


 そうか、最近の近所づきあいってネットも絡むのか……。

 もうSFの世界に足踏み入れてるよな、俺たちの現実。

 

 夕食のあとは修二さんがレンタルしてきたDVDを見た。

 実写映画の『るろ剣』だ。1作目。

 修二さんは高校の剣道部で顧問をやっていて、なにかと剣がらみの作品を借りてくる。

 もしかすると俺か未亜に剣道をやらせたくって、幼児期から刷り込んでいるのかもしれない。


 ともあれ、俺としては女の子がいっぱい出てくる剣道アニメを借りてこないことを祈るばかりだ。

 日本語に訳したら「竹刀」になるようなアレとか。

 最弱で最強を打ち破る落第騎士のアレとか。

 非オタクの大人はときどき無自覚にやらかすから困る。

 親の前でああいうのを見るのはかなり気まずいんだよ、俺の感覚だと。


 むしろ時代劇とかどうだ。

『剣客商売』とか好きだぞ。

 あー、でもそっちはそっちできわどいシーンがあるよな。

 くそっ、なんて時代だ!



 そんな感じでいらんことを考えつつも、俺はそれなりに映画を楽しんでいた。

 一方で、未亜はといえば。 


「……――」


 むー、と微妙な表情をテレビに向けるばかり。

 いつもなら目をキラキラさせてるんだけどな、とくに切った張ったのシーンとか。

 修二さんも未亜の様子を見て、


「二作目は借りてこない方がいいか……?」

 

 と、悩んでいる。

 俺としては続きが気になるので、是非レンタルしてきてほしい。

 まあ、前世の時点で単行本は全部読んだんだけどな。

 実写のほうは嫌な予感がしたんで回避してたんだ。

 今になって思うと、ちょっと勿体なかったかもしれない。

 そういうわけで続きプリーズ。


 映画は、頬に十字傷で逆刃刀の主人公が、心の一方なる催眠術めいた技をつかう人切りを倒したところで終わった。

 原作的にもちょうどいい区切りだと思う。

 時計はもう21時を回っている。

 幼稚園児はおやすみの時間だ。


 寝る場所については、


「兄さんがいれば、ひとりで寝れるわ」


 という未亜の矛盾きわまりない発言により、すでに両親とは別になっている。

 二段ベッドで、俺が上、未亜が下。

 

 ふたりともそれぞれ布団に入り、


『未亜、ちょっといいか』


 俺は念話(テレパス)を飛ばす。


『どうしたの、兄さん』

『おまえ、今日ちょっと様子がヘンじゃないか?』

『そう、かな……?』

『ああ。あのマーニャって淫魔に声を掛けられてからずっとな。

 こっちの世界にも魔族っぽいのがいたから、気になって仕方ないのか?』


 ちなみに未亜も【鑑定】スキルを持っている。

 あの女が人間じゃないことは分かっているはずだ。


『えっと、そういうわけじゃなくって、うーん』


 なにやら考え込む未亜。


『でもあたしの勝手な想像で兄さんを混乱させたくないし……』

『そんなの気にするな。俺は兄貴で勇者なんだぞ、もっと頼ってくれ』


 未亜は何かと遠慮がちだからな。

 むしろ俺としては甘えられたいぞ。


『もしかしてあのマーニャって女、前世の知り合いなのか?』

『うそっ!? どうして分かったの?』


 ただの当てずっぽうなんだが、ここはちょっと格好を付けておこう。


『おまえのことはいつも気にしてるからな。このくらい楽勝だよ』

『うう……』

『どうした?』

『も、もう一回言ってくれる?』

『おまえのことはいつも気にしてるからな。このくらい楽勝だよ』


 下のベッドで未亜がプルプル震える気配がした。


『えへへ、兄さん、ちゃんとあたしのこと見てくれてるんだね』

『当たり前だろ。それで、マーニャとはどういう関係なんだ?』

『えっと……血のつながらない叔母さん、かな? パパの側室の一人なの』


 ここでいう「パパ」とは前世の親、つまり魔王のことだろう。


『もしかしたら人違いかもしれないけど、淫魔族だし、名前も同じだし……』


 まったく関係のない話をしていいだろうか。

 大発見だ。

 可愛らしい女の子の声で「淫魔」って言われると、すごいエロい。

 さっきのボイスを脳内でしばらくリピートしたいくらいなんだが、


「ひっ……!?」


 未亜の、小さな悲鳴に掻き消される。 


『どうした未亜、しゃっくりか?』

『ち、ちちち、違う! ま、窓っ、窓に!』


 なんだなんだ、何かいるのか?

 俺は目を開けて、部屋の窓に目を向ける。

 いた。

 しわくちゃのクラゲみたいな半透明のナニカが、外に浮かんでいる。

 そいつはギョロリとした目玉をひとつ持っていて、閉め忘れていたカーテンの向こうからこちらを覗いていた。


 ゴースト・アイ。

 あっちの世界でよく見かけた、偵察用の使い魔だ。

 ……これを怖がっていいのか、魔王の娘。

 まあ、今は人間だし仕方ないかもな。


 何はともあれ【鑑定】しておこう。 

 


 [名前] かわきめ

 [性別] 男

 [種族] ゴースト・アイ

 [年齢] 3時間

 [主] マーニャ・ラフィルド

 [称号] なし

 [能力値]

  レベル1

   攻撃力 1

   防御力 1

   生命力 2

   魔力  10

   精神力 5(-1)

   敏捷性 10

 [アビリティ]

  情報収集Ⅰ:聴覚・視覚情報を主へと送る

 [スキル]

  隠蔽Ⅲ 浮遊Ⅲ

 [状態異常]

  ドライアイ:精神にマイナス補正

 

  

 やっぱりマーニャか。

 あの女、何がしたいんだ。

 ついでにネーミングセンスが最低すぎる。

「かわきめ」ってなんだ、「かわきめ」って。

 目薬してやれよ!


 コホン。

 とりあえずこの使い魔をハッキングしておくか。

 この程度、いちいち詠唱する必要もない。

 適当にダミー情報を送って……よし、折角だしインターネットに繋げて、グロ動画を見せてやろう。

 気になるヤツは「ウォーリーを探さないで」で検索だ。

 ただし自己責任でよろしく。


 さて。


『未亜、今から出かけるか』

『えっと、どこに?』

『マーニャって、おまえの親戚かもしれないんだろ?』


 前世の俺があっちに召喚されたみたいに、向こうからこっちの世界への召喚もあるかもしれない。

 例えばほら、オヤジが怪しげな儀式をやってマーニャを捕まえた、とか。

 

『向こうの居場所ならとっくに把握してる。直接会ってみようぜ、せっかくだし』

『兄さん、いつの間に……?』

『あの女、警官相手に動揺しまくってただろ。隙だらけだったし、使い魔を寄生させておいたんだ』


 ゴースト・アイみたいな図体ばかりのコケ脅しじゃない。

 勇者謹製、米粒サイズの虫型使い魔だ。

 隠密性を重視したために機能は少ないものの、位置情報の発信のほかにも、誰かを襲おうとしたら鳴り響くアラートなんかも積んである。あと、小石につまづきやすくなる呪いとか。

 俺から離れすぎると機能しないのが難点だが、ま、今後改善していけばいい。


 ともあれ。


「ほら、行くぞ」


 俺は二段ベッドから飛び降りると、未亜の身体を抱き上げた。

 筋力を魔法で底上げしたので楽勝だ。


「ひゃ、ひゃっ!?」

「あんまり大声を出すな、父さんたちにバレるだろ」


 未亜の口を指で塞ぐ。

 俺は窓に足をかけ、外へ飛び出した。


 はてさて、これがオヤジの差し金なのか。

 あるいはマーニャとやらの独断・暴走なのか。

 そのへんもハッキリさせておきたいな。


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