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第8話 アニメみたいな言動をリアルでやると逮捕される


 私立真月(まつき)学園付属おおみち幼稚園。


 それが俺と未亜の通うことになった幼稚園だ。

 私立と言うだけあって敷地はやたらめったら広い。

 グラウンドは野球ができそうなほどだし、遊具はやけに高級感あふれる木造ばかり。

 “おゆうぎしつ”は体育館みたいな規模だし、保育室のエアコンはプラズマクラスター付き。

 絵本どっさりの図書室もある。

 なんだこのブルジョワジー。


 とはいえ園児たちはべつにお高く止まっているわけでもなく、馴染むのはとても簡単だった。

 子供ってのは向こうの世界にいた妖精族(フェアリー)と大差ない。

 面白そうなことをやってれば勝手についてくる。

 砂場を掘り返して巨大トンネルを作ってみたり、ダンボールでロボットを作ってみたり。

 俺は存分に「子供時代」というものを満喫していた。


 けれど、妹の未亜はそうじゃなかった。 


「未亜、ちょっといいか」

「どうしたの、兄さん」

「今からみんなでかくれんぼをやるんだ。未亜も来ないか」

「気持ちは嬉しいけど、子供、苦手なの」


 未亜は、幼稚園ですっかり孤立していた。

 ワーキャーと叫ぶ園児たちに冷たい視線を送り、遊びに誘われても「興味ない」の一点張り。

 自由時間は図書室に籠り、ひたすら絵本を読む毎日。

 この「静かな問題児」に、幼稚園の先生たちも頭を悩ませているようだった。


「いや、世間的にはおまえも子供だぞ? このまま卒園まで図書館の番をしてるつもりか?」

「まわりと精神年齢が違い過ぎるんだもの、仕方ないじゃない」


 嘆息して、絵本を閉じる未亜。

 今日はウォーリーを探していたらしい。

 なるほど、これが「魔王 (の娘) からは逃げられない!」というヤツか。

 だったら俺はこう言わせてもらおう。


「残念だったな、魔王は勇者から逃げられない。……ほら、行くぞ」

「やーだーやーだー」


 子供みたいにダダをこねる未亜。それを強引に引っ張り出し、


「かくれんぼする人この指とーまれ!」


 遊び相手を募集する。

 幸いにして俺は幼稚園でもそれなりの有名人だったので、メンバーはすぐに集まった。


「別にいいって言ったのに……」


 未亜は小さくボヤいたものの、最後はしっかりと楽しんでいた。

 そうして何度か遊びに巻き込むうち、周囲とも少しずつ打ち解けていった。

 よかったよかった。

 ……と、油断していたら、ある日。


「おまえら、いっつも、ベタベタしてるよなー!」


 男子のひとりが、そんな風にちょっかいをかけてきた。 

 そいつは同じばら組の折瀬(おりせ)こうすけ。

 入園当初から俺をライバル視していて、何かというと絡んでくるのだ。


ふーふ(夫婦)かよ、ふーふ(夫婦)!」


 うわー、すっごいベタな煽りだな、おい。

 俺としては聞き流すくらいでちょうどいいと思っていたが、


「な、ななななな……っ!」


 未亜は耳を赤くして狼狽(うろた)えまくっていた。


「なんか言ってみろよー、ふーふ! ふーふ!」

「うう……っ」


 子供のすることだから大目に見てやりたいが、未亜はすでに涙目。

 さすがにこれはアウトだろう。


「おい、そこまでにしとけよ」


 少しだけ本気を出して、折瀬までの距離を一気に詰める。


「な、なんだよ!」

「おまえ、羨ましいんだろ?」

「ち、ちげーし!」

「分かってる分かってる。未亜のことが羨ましいんだよな」


 俺は右手を伸ばし、折瀬の顎をクイと掴んだ。

 そして大声で宣言してやる。


「折瀬は! 俺のことが! だああああああああああい好きだもんなああああああ!」


 ちなみにこの時、ばら組は自由時間だった。

 男子はほとんどが外で遊んでいて、教室に残っているのは女子ばかり。

 あとは幼稚園の先生と、実習に来た女子大生が数名。

 なかなかの女性比率だ。

 彼女らの注目が集まっていることを感じながら、俺は続ける。


「悪かったよ折瀬、これからはちゃんとおまえのことも構ってやるから、な?」


 左手で折瀬の腰を掴み、重心を崩して倒す。

 そこに顔を近づけた。

 傍目には「お姫様抱っこ&キス」のシチュエーションに見えるだろう。


「センパイ、すごいですよあれ!」

「しゃ、写真とらなきゃ」

「尊い……」


 どうやらこの幼稚園、先生も実習生も腐っているらしい。


「わあ……!」

「折瀬くん、いいなあ」

「とうとい」


 ついでに園児も数名、すでに手遅れのもよう。

 ()(まつ)だ。

 間違えた。

 世も(すえ)だ。

 でも語源の「末法(まっぽう)思想」から考えると、「よもまつだ」の方が正しいんじゃないだろうか。

 どうでもいいな。


「わっ、うわわわわわわっ……!」


 折瀬は、未亜よりもずっと動揺しまくっていた。

 耳だけじゃなく頬まで真っ赤だ。

 俺の勝ちだ。

 きっと折瀬の心には深いトラウマが刻まれたことだろう。

 トドメに、勇者だったころによく使っていたセリフを投げつけておく。


「――今日のことを忘れるな、俺はいつもお前を見ているぞ」


 折瀬は、ものすごい勢いで逃げ出した。





 * *





「兄さんって、もしかしてそういう趣味なの?」

「いや、普通に女の子が好きだぞ」

「ほんとにー? あたしのパパ――前世のほうだけど、女だけじゃなくって、男も囲ってたよ」

「魔王パねえ……」


 そして知りたくなかった。

 ときどき魔王が俺に向ける視線がアヤしかったんだが、もしかして背後を狙ってたんだろうか。

 戦闘じゃなく、性的な意味で。


 ひいいいいいい。


 考えないようにしよう。

 俺は恐怖におののきながら一日を過ごし、夕刻、帰りのバスに乗り込む。

 いつものように近所の公園で降りて……あれ?


「夕子さん、いないな」


 いつもなら迎えに来るはずなのに、どうしたのだろう。


「あたしたちだけで帰る?」

「入れ違いになったら困るだろ。しばらくブランコで遊んでようぜ」


 そんな風に未亜と話している時だった。


「ねーえ、芳人クン」


 茶髪の女が、いきなり声をかけてきた。

 顔立ちは西洋系だけれど、日本語の発音は滑らかだ。

 身につけているのは、胸元の大きく開けた薄いドレス。 

 凹凸のある身体のラインがくっきりと浮かびあがっていた。

 とてつもなく煽情的な姿だが、子供に見せつけるようなものじゃない。


 なんだこの女。

 変態か? 誘拐犯か?

 俺は警戒しつつ、未亜を庇うように前へ出た。


「ふふっ、そんなに怖がらないでちょうだいな」


 甘ったるい猫撫で声を出すと、女はパチリとウインクを飛ばしてくる。

 見た目こそ20代中頃といった感じだが、ひとつひとつの仕草がどうにも昭和くさい。


「わたし、あなたのパパの知り合いなの。ううん、もーっと深い関係かしら」

「修二父さんの、ですか」

「ううん、違うわ。芳人クンには本当のパパがいるの。その人に、会ってみたくない?」


 俺は何も言わない。

 沈黙を保ったまま不審な視線を向け、同時に、【鑑定】スキルを発動させていた。





 [名前] マーニャ・ラフィルド

 [性別] 女

 [種族] サキュバス

 [年齢] 33歳

 [称号] 漂流者

 [契約者] 伊城木直樹

 [能力値]

  レベル42

   攻撃力 46

   防御力 34

   生命力 75

   魔力  105

   精神力 80(-65)

   敏捷性 54

 [アビリティ]不明

 [スキル] 不明

 [魔法] 不明

 [状態異常] 不明

 

 マーニャ・ラフィルド、か。

 以前、水華(すいか)さんとの話に出てきたっけな。

 オヤジの愛人だ。

 まさか接触してくるとは思わなった。

 

 俺は、


「助けておまわりさん!」


 いつもこの時間に公園をパトロールする警官(二十八歳独身・ドルオタ)に泣きついた。


「変なおばさんが僕を連れて行こうとするんだ!」(子供特有の純真な目つき)

「な、なんだって!? おいそこの君、ちょっと署まで来てもらおうか」

「ま、待って。わたしは本当に直樹さまの恋人のひとりで――」

「嘘だ! 本当のパパとか言うなら、家まで来て修二父さんと相談すればいいじゃないか!」

「詳しい話は署で聞こう。いいね」

「あ、あうう……」


 なすすべもなく連行されるマーニャを、俺と未亜は暖かい眼差しで見送った。

 


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― 新着の感想 ―
巨大トンネル 土魔導使ってない?
[気になる点] 「砂場を掘り返して巨大トンネルを作ってみたり、ダンボールでロボットを作ってみたり」 トンネルを幼児が通っているとき、砂が崩れたら生き埋めになって死ぬかもね
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