プロローグⅠ 忘れ物チェックのせいで忘れ物をした
勇者ですが忘れ物のせいで死にそうです。
すべての黒幕である邪神は倒せましたが、崩壊する最終ダンジョンから脱出できません。
「どうしたのですか、ヨシトさま! 早く地上に戻りましょう!」
「くそ、あちこち崩れてやがる! ボヤボヤしてると間に合わねえぞ!」
「勇者殿! まさかここに残るつもりではありますまいな!?」
仲間たちはみんな『転移の宝玉』を持っている。
地上にワープできる便利アイテムなんだが、定員は1個につき1人。
……おかしい。
俺のぶん、道具袋に入ってないぞ。
まさか宿に置いてきたのか?
出発前に忘れ物チェックはしたんだが、袋に戻し忘れたような。
あははは、やっちまったぜ。
どうしよう。
「ヨシトさま!」
「ヨシト!」
「勇者殿ォ!」
うるせえ急かすんじゃねえチクショウ。
背中に冷や汗をダラダラと感じつつ、俺は必死に考える。
1.入口まで全力ダッシュ ―― どう考えてもダンジョンの崩壊のほうが早い。
2.誰かに宝玉を譲ってもらう ―― 命惜しさに仲間を犠牲にするとか人間としてアウト。
3.神に奇跡を祈る ―― それで解決するほど世の中あまくない。
うん、ダメだこりゃ。
皆に相談したところで他の解決策は出てこないだろうし、そんな時間も残っていない。
もともと自分のドジで起こった事態なんだし、責任は自分が引き受けるべきだ。
俺はここで死ぬ。
覚悟を決めよう。
異世界に召喚されて早3年、すっかり俺の死生観は乾いてしまっていた。
ただまあ「勇者は忘れ物のせいで死にました」なんて話が後世まで残ったらあまりにも格好悪いし、仲間たちも微妙な気分になるだろう。せっかく邪神を倒したんだから、気持ちよく地上へ凱旋してほしい。
そういうわけで、少しばかりウソをつくことにした。
「みんなは先に行ってくれ。まだやり残したことがあるんだ」
「やり残したこと、ですか……?」
「邪神が蘇る可能性はゼロじゃない。……俺の命を使って、封印をかけておくよ」
「待てよヨシト、命を使うってことは、まさか――」
「ああ、俺はここまでだ。みんな、後の世界は頼んだぜ!」
「ゆ、勇者殿ォ!」
「宿屋に『転移の宝玉』が置きっぱなしになってるけど、わざと置いて来ただけだからなー! 勘違いするなよー!」
さらばだー!
俺はダンジョンの最深部へと駆け戻る。
誰も追いかけてくる様子はない。
ミッションコンプリート。
『RPGの前日譚みたいなテンプレを信じ込ませよう作戦 ~勇者は命がけで邪神を封じました、という設定~』は成功したらしい。
ふっ、自分の演技力が怖くなるぜ。
でも死ぬのはそれ以上に怖いです泣きそう。
助けて神様。
世界を救ったご褒美に、奇跡のひとつやふたつ大安売りしてくれませんかね。
「……くれるわけないよな」
神様がどうにかしてくれるんだったら、そもそも勇者なんて必要ない。
* *
ふたたびダンジョンの最下層に戻ってくる。
奥には祭壇があり、少女の亡骸がひとつ。
ミーア・グランズフィールド。
魔王の娘。
邪神の生贄にされ、身体を乗っ取られた女の子だ。
本当なら助けてやりたかったが、世界を救うためには彼女ごと邪神を葬るしかなかった。
「ゆう、しゃ、さま……?」
って、あれ?
生きてる?
もしかして今から真の最終決戦が始まるのか?
答えは――否だ。
邪神の気配はまったく感じられず、ミーアも正気に戻っているようだ。
とはいえ彼女の胸中はどれほどのものだろう。
なにせ邪神に意識を乗っ取られ、気がついたら瀕死の重傷なのだ。
普通ならパニックを起こしていてもおかしくない。
しかし、
「あはは、困ったな」
ミーアは、むしろ穏やかな様子で苦笑いを浮かべていた。
「あたしに構わず逃げてほしいから、死んだふり、してたのに」
邪神を倒した時点でダンジョンは崩れかかっており、一刻の猶予も残されていなかった。
ここでもしミーアが生きていると知ったら、俺はどうしていただろう。
決まっている。
何としても助けようとした。
彼女は邪神に操られていた被害者に過ぎないし、こんなところで死ぬのは間違ってる。
あるいは『帰還の宝玉』を譲り渡していたかもしれない。
まあ、実際は宿屋に置いてきたわけだが。
「あたしは、もう、ここまでだよ。だから、気にしないで……ゴホッ、ゴホッ!」
咳き込むミーア。
その口元からひとすじの血が垂れた。
「ほら、もう行きなよ。ね?」
「……できない」
「あたしに同情してくれてるの? そんなの気の迷いだよ。ほら、早く地上に――」
「『帰還の宝玉』を忘れたんだ。たぶん、昨日泊まった宿にあると思う」
俺は正直にそう告げる。
お互い助かる可能性はゼロなわけだし、隠し事をする必要もないだろう。
「そっか」
ゆっくりと頷くミーア。
「勇者様って嘘が下手だね。でも、いいよ、信じてあげる」
んん?
ちょっと待った。
なんだか妙な誤解が生まれているような、いないような。
「あたしが寂しくないように、ギリギリまでそばにいてくれる気なんでしょ。……ありがと。勇者様って優しいね」
ミーアは微笑む。
消える寸前のロウソクみたいに儚い表情だった。
「それとも、ほんとに一緒に死んでくれる、とか? ……冗談だよ、冗談。気にしないで。寒くなってきたし、手、握ってほしいな。
実はね、あたし、前から勇者様のことが――」
そこから先は覚えていない。
おそらく天井から落ちてきた瓦礫に、二人揃って押し潰されたのだろう。